第20話 ランド商会
ドレスのサイズ合わせも終わり、貸衣裳屋を出た。帰るのかと思ったら「もう少し付き合ってくれ」とセドリックはアナベルの手を引いた。
「女性が一緒の方がいい」
「どこへ行くのですか?」
セドリックは口の端を上げ、「すぐに分かる」と笑った。
セドリックがアナベルを連れて来た店は、ランド商会だった。
「ここは……」
「ここからは、何も話さなくていい。笑って俺に寄り添っていればいいから」
店内は女性客で賑わっていた。アナベルとセドリックが連れ立って入店すると、セドリックを目にした女性たちが色めき立った。セドリックも女性たちに愛想よく微笑んで見せた。アナベルはそんなセドリックを少し呆れて眺めた。
(慣れたものね)
「いらっしゃいませ。初めてのお越しでしたでしょうか?」
「ええ。こちらのお店で素晴らしい化粧水があると紹介されまして、ぜひ彼女にも、と」
アナベルは店員に愛想笑いを浮かべた。店員は一瞬、私たちを値踏みするように視線を巡らせると「そうでしたか」と微笑んだ。
「どなたからのご紹介でしょう?」
店員はセドリックに小さく囁いた。セドリックも周囲に配慮しながらそっとローズの名を告げた。ローズの名を聞いた店員は「ご案内いたします」と、先ほどよりも一層満面の笑みを浮かべ、店の奥へと案内した。個室に案内されると、先ほどの店員が上等なガラス瓶に入った化粧水を1本持参した。
「こちらは特別なお客様にしかお出ししていないものなのです。表に出してしまいますと、すぐに売り切れてしまって」
「そうでしたか。とても肌が白くなると聞いて彼女が欲しがっていたんです」
セドリックは、アナベルの手に触れ、そっと持ち上げると、「今も美しい肌なんですけどね」と、アナベルの手を撫でた。
「ええ。本当にきめ細やかで、美しいお肌ですわ」
「そうでしょう?」
これがお芝居だとは分かってはいたが、セドリックに撫でられると身体が固くなる。社交辞令と分かっていても、どう反応していいか分からず、ただ身を小さくした。
「まあ、1本でも購入させていただけるならラッキーだな。ローズ様にも御礼をお伝えしないと」
セドリックの言葉に店員はにこりと微笑んだ。購入者名を記入する書類には、セドリックはエイムズ伯爵令息の名を記載していた。
「シンディー様のお兄さまでしたか。ローズ様とも、お親しいので?」
「ああ、実をいうとシンディーから、ローズ様にご紹介いただいたことを聞いたんだ」
「そうでしたか」
「あ、でも。私がここに来たことは妹にはどうか内密に。恋人に甘い姿を妹に知られるのは、恥ずかしいからね」
セドリックが微笑むと、店員は少し顔を赤らめていた。上機嫌な様子でセドリックが買い物を済ませ、店員に恭しく送られた。
「あの、なぜエイムズ伯爵令息の名を」
「ああ。この化粧水は、検査に回す。商会が毒物を入手できる経路を持つか、調査の手掛かりにするからね。オブライエン侯爵家に購入歴を探されると今後が面倒だろう?」
「そういうものなのですね」
「エイムズ伯爵令息は、令嬢と顔立ちも雰囲気も違う。こういう店では顔を知られてなさそうだから、名前を拝借した」
「そうでしたか」
店から十分に離れたことを確認すると、アナベルはセドリックの腕をそっと離した。もうランド商会からも大分離れた。これ以上カップルの振りをする必要はないだろう。
「なんで離れるんだ?」
セドリックは、身体を離したアナベルの腕を軽く掴んだ。
「以前も言っただろう。街中は危ない」
「ここは、以前のような裏通りではありませんし」
「裏通りでなくても、女性が一人で歩くのは危ない」
セドリックはアナベルの手を握り直すと、ゆっくりと歩いた。アナベルは傍らに立つセドリックの横顔を見つめることができず、下を向いて歩いていた。
「アナベル、ちょっとここに寄っていい?」
「え?」
もう帰るのだと思っていた。が、セドリックはふと立ち止まった。見上げると、店のウインドウには女性用の帽子が並ぶ。店名を見ると、人気の小間物屋「サロモン」だった。
「ここは?」
また、アナベルの質問には答えなかったが、入店前にセドリックは自分の腕を差し出した。アナベルはまた捜査の一環だと思い、セドリックの腕に自分の腕に絡ませた。チラッと見上げると、心なしか嬉しそうなセドリックと目が合った。
(な……なんで、そんな風に、見るの?)
アナベルはパッと下を向くと気持ちを落ち着かせた。そんなアナベルの心境を知ってか知らずか、セドリックは何食わぬ顔で入店した。
「いらっしゃいませ」
店主のサロモンは、セドリックに親しげな笑みを浮かべた。やはり店内の女性客は、遠巻きにセドリックを見て何やら囁いていた。今回は先ほどの店でのサービス精神は発揮せず、軽く微笑むとすぐに店主に向き合った。
「今日はどういったものをご用意しましょう?」
「シルクのリボンを出してくれないか? 淡い色合いのものがいい」
店主はセドリックの要望に応じて、淡い色味のシルクのリボンを用意した。
「ちょうど昨日西国から珍しいものも入って来まして。こちらの図柄は希少なものです」
セドリックは店主に勧められたリボンをアナベルの髪に合わせると、アナベルにリボンを見せた。
「どうだ? こういう図柄は好きか? 気に入ったものがあれば言ってくれ」
「え?」
(どういうこと?)
一体何が始まったのか分からなかったが、セドリックに訊ねることもできずアナベルは店主が出したリボンを眺めた。
「これはどうだ?」
セドリックは、エメラルドグリーンのシルクのリボンを見せた。セドリックが選んだリボンは、華やかで、品もあり、肌触りもよい。
「素敵だと……思いますけど」
「それは最高級シルクのものなのですよ。こちらのレースのものと合わせると、より一層華やかに引き立ててくれますよ」
そういうと店主はいそいそとレースのリボンも勧めてきた。二つのリボンを重ねると、確かにより一層華やかになって美しかった。
(お嬢様がいたら、ヘアアレンジを楽しめたわ)
店主がセドリックに見せている繊細なレースのリボンは、明らかに手の込んでいるものだった。セドリックは再びアナベルに意見を求めた。アナベルは「素敵だと思います」としか言えなかった。
(だって、どれも素敵なものばかりなんだもの)
さすがは人気店。アナベルも何度か店に足を運んだことがあるし、コーディリアのものを購入したこともある。その際には、店主にアレンジ方法なども教えてもらっていた。この店は仕入れも良いが、店主のアレンジのセンスがよい。だから、街へ出てくるときは買えずともウインドウを覗いたりしたものだ。アナベルが店内の商品を、目を光らせながら見ているとセドリックが小さく笑いを漏らした。
「もう少し見るものがあるから、ゆっくり見たらいい」
セドリックは優しくアナベルに声をかけた。店内の女性たちがセドリックに見惚れているのが分かった。そして、自分もまた、彼から目を離せなくなっていることに気づいた。
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