第19話 貸衣装選び
「髪をおろしたのか。そういうのも似合うな」
「ありがとうございます」
迎えに来て早々に、セドリックはアナベルの髪形を褒めた。アナベルは、そんなセドリックにお礼を言いながら表情がこわばるのを感じた。
今日のアナベルは、髪をハーフアップにまとめていた。いつものように、お団子にまとめていたら「何をしているの!?」と奥様が慌てて現れたからだ。
「何って……」
「今日はブライトン卿とドレスを選びに行くのでしょう?」
「そうですけれど……」
「そんな格好ではダメよ!」
「え?」
「アナベル。夜会のドレスをパートナーと選ぶのですから。淑女たるもの、もっとお洒落をして出掛けないとなりません」
「お洒落、ですか?」
「そうだわ。コーディリアのデイドレスに、アナベルに似合いそうなものがあったでしょう? 小花柄の」
(小花柄のデイドレスは確かにクローゼットにあったわ)
「あれに着替えましょう」
そして、コーディリアの部屋の鏡台で、奥様に髪を整えてもらい、コーディリアのデイドレスに袖を通すこととなった。奥様は鏡に映るアナベルの姿に、満足そうに微笑んだ。その目には、アナベルの姿にコーディリアを重ねているような優しさが宿っていた。
(侍女長も、何かをしている方が、気も紛れていいと言っていた。奥様もそういうことなのかもしれないけれど)
「セドリック様、一体どんな説明をなさったのですか?」
街へ向かう馬車の中で、アナベルは疑問をぶつけた。送り出されるときも、伯爵夫妻はいやに上機嫌だった。二人ともコーディリア様の毒殺犯捜査には否定的だったはずなのに。
(有難いことではあるけれど、こうまで手のひら返しのような対応をされると気味が悪いというか)
「別に、夜会のパートナーとして、君を誘いたいとお願いしただけだ。何か問題でもあったか?」
「いえ、そういうわけではないのですが、夜会に向けてのダンスやマナーの指導は、いつになく熱心で」
「有難いことだろう」
「それは、そうですけど……」
そう言うとセドリックは、アナベルをまっすぐに見た。セドリックの瞳に見つめられると、緊張に体がこわばることに気が付いていた。
「そのデイドレスも、似合うな」
セドリックは髪型に続き、ドレスのことまでサラッと褒めてきた。
(女性慣れしている男性って、こうなのね。確かにジュリアン様もよくお嬢様を褒めていたわ。でも、お嬢様は一々動揺していなかった)
「……ありがとうございます。お嬢様のものなのですが、奥様が着ていくようにと」
「そうか。コーディリア嬢も、君も、肌が白いから、淡い色合いがよく似合う」
セドリックは恥ずかしげもなく、また褒めてくれた。アナベルはセドリックの視線に耐えきれず、小さくお礼を言うと車窓に視線を移した。その後は、奥様から譲り受けたコーディリアのパンプスの話などをしながら、時間が過ぎていった。
「いらっしゃいませ」
アナベルの姿を見た貸衣装店の店主が、営業スマイルを浮かべながら近付いた。
「今日はどういったものをご用意いたしましょう」
「夜会用のドレスを頼む」
アナベルの後ろに立つセドリックが、店主を見下ろした。
「え、あ、今日はお連れ様もいらっしゃいましたか」
「先日借りたものとは違う、王宮の夜会にふさわしいドレスを頼む」
「先日借りたもの」という言葉に妙な圧を感じ、店主の笑顔が引きつるのが見えた。店主は奥のドレスコーナーへと案内した。最先端とまではいかないが、流行のドレスは揃っている。
「パンプスの色は、エメラルドグリーンだったな?」
「はい。ドレスも同系色が良いと思っています」
「ではこの辺りのカラーか」
セドリックは店員に希望を伝えると、エメラルドグリーンのドレスを並べさせた。
コーディリアが着用していたドレスに、色味が近いものもありそうだ。
小花柄の模様も悪くない。アナベルがこれにしようかと思った瞬間、セドリックは並んだドレスをひと通り眺め、店主に視線を戻した。
「もう少し上等なものも見せてもらえるだろうか」
セドリックの提案に、店員は喜んでいたが、アナベルは顔を引きつらせた。
「セ、セドリック様。私はこのドレスが良いと思ったのですが」
アナベルは、セドリックを引っ張ると「予算のこともあるので、あまり高いドレスだと困ります」と囁いた。が、アナベルの申し出は却下され、店主は店員に命じると別のドレスを持って来させた。
「セドリック様、困ります……」
「ブラッドフォード伯爵に頼まれたんだ」
「え?」
「本当は買ってやりたいと言っていた」
アナベルは、嬉しそうに送り出してくれた二人の顔を思い出した。
「貸衣装代は持たせてほしいそうだ」
「でも」
「上等なものを借りさせたのだと、思いたい親心も分かってやれ」
セドリックはそういうと、アナベルの頭にポンと手を置いた。頭に置かれたセドリックの手はアナベルの頭を覆うほどに大きく、温かかった。
慌てて店員が持ってきたドレスは、先ほど見せてもらっていたドレスとは確かに違った。
スカートに縫い付けられた繊細なビジューの刺繍が美しい。
「最初のドレスも悪くなかったが、このドレスのビジューは繊細でいい」
ドレスの刺繍に見入っていると、セドリックが囁いた。セドリックが言うように、この刺繍の豪華さは圧巻だ。
「ええ、素敵です。ふんだんに縫い付けられたビジューがきらきらと輝いて」
「似合いそうだ」
「でも、凄く重そうですね」
「疲れたら、俺に寄りかかっていればいいだろう」
「え!?」
「……そのくらいは、パートナーの役目だろう」
セドリックが再びアナベルの耳元でそっと囁いた。セドリックのハスキーボイスがアナベルの鼓膜を揺らす。ドキッとする一方で、慣れた発言をするセドリックにイラッともした。
「……知りません」
「ん?」
「セドリック様と違って、こんな夜会に行くのは初めてですもの」
アナベルは、セドリックを軽く睨みつけた。
「お忘れかもしれませんが、私はこういうことは、慣れていないんです」
「……別に、俺だって最近は夜会に参加することは減っているし」
何故かセドリックは言い訳をするように、口の中で言葉を探した。
「そうですか」
「なんで怒るんだよ」
「怒っているわけではありません。ただ、セドリック様の余裕が少し鼻についただけで」
「怒っているじゃないか」
「もう、いいです。このドレスにします。これに合うアクセサリーも借りますので、もう少しお付き合いください」
「付き合うに決まっているだろう!?」
自分の言葉に慌てるセドリックに、アナベルは少しだけ溜飲を下げていた。




