第18話 説得
「伯爵ご夫妻のご心配はごもっともだと思います。しかし、アナベルはお嬢様の死の真相を巡って、非常に良い着眼点でサポートしてくれております」
スペンサーとセドリックは、ブラッドフォード伯爵家の応接室で、伯爵夫妻と向き合っていた。
「しかし、アナベルはまだ18歳です。コーディリアの件は、私たちだって悔しい思いです。あの子が自殺だなんて、私たちだって思っていない。しかし、もしアナベルが事件に巻き込まれるようなことになったら……」
伯爵の言葉に夫人は顔を覆った。
「アナベルのことは必ず私が守ります」
セドリックは、はっきりと伯爵にそう告げた。その瞳に迷いはなく、あまりにはっきりとした口ぶりに、伯爵はセドリックの顔をまじまじと観察しているようだった。
「もちろん、あなたを信じていないわけではありませんが」
「アナベルは、一人でもお嬢様の死の真相を追いかけようとする。そうは思いませんか?だとすれば、私たちと行動を共にしてもらった方が安全です」
食い下がる伯爵に、スペンサーはそう問いかけた。
スペンサーの言葉に、伯爵夫妻は不安げな顔をした。アナベルならやりかねない、ということなのだろう。
「それは確かにそうですが、ただ、それではあなた方にご迷惑も……」
「アナベルがいなければ、ここまで捜査も進んでいません」
中々納得してくれない伯爵にセドリックは、説得を重ねた。伯爵は、再びセドリックの顔をじっと見た。伯爵が先ほどからのセドリックの言葉に、妙な熱意を感じているようだ。
(そういうことなら、違う方から攻めるか)
「そうそう。それに、こちらにも利点があるんですよ」
「利点……?」
伯爵の視線が、セドリックの横顔に引っかかっているのが分かった。スペンサーはセドリックをチラッと見ると、悪い笑みを浮かべた。
「伯爵もお気づきでしょう。セドリックは、アナベル嬢のこととなると、ずいぶん熱心なのです」
ブラッドフォード伯爵は、スペンサーの話に目を瞠った。
「セドリックは、アナベル嬢と夜会に参加するのを、甚く楽しみにしているんですよ」
「おい、スペンサー」
「それって、どういう……」
「伯爵に建前は通用しない。本音を言うべきだ。本当はドレスだって贈りたかったんだろう?」
「それは……。アナベルが困っていたから」
「困っているからと言って、未婚女性にドレスを贈る意味を知らないわけはないだろう?」
しれっというスペンサーに、セドリックは耳を赤くして黙った。
「え? あら? もしかして……」
セドリックの反応に、夫人は嬉しそうに、伯爵は少し戸惑いながら互いに目を合わせた。
「では、そういう……?」
伯爵夫妻の反応に、セドリックはますます顔を赤くしていた。その反応に、夫人はすっかり満面の笑みを浮かべた。が、伯爵は眉間に皺を寄せると、コホンと咳ばらいをした。
「しかし、ブライトン卿とアナベルでは身分が……」
「セドリックは家を継ぐ立場にはありませんし、幼い頃から騎士として自分の道を歩んできました」
「それはそうでしょうけれど」
「ブライトン家から反対されることはないと思いますよ」
スペンサーの売り込みを理解しつつも、伯爵は黙っているセドリックの方を見た。
セドリックからの言葉を待っているようだった。
「私の事情は……スペンサーがお話した内容で概ね誤りはありません」
セドリックは、期待している夫人から少し視線を反らした。
「アナベルに……無理強いはしたくはありません。彼女はコーディリア嬢のことで頭がいっぱいだと思いますので、いま私のことで悩ませるつもりもありません」
「それは……ブライトン卿ご自身は、アナベルとのことを考えていると受け止めて良いのですか?」
セドリックは少し耳が赤くなりながら、伯爵夫妻をまっすぐに見た。伯爵はセドリックの飾り気のない言動に好感を覚えているようだった。
「……そういう、ことです」
伯爵夫妻は、セドリックの返事にほっとした顔を見せた。
「そういうことでしたら、私たちがあれこれ言うことはありませんわよね」
「ああ、もちろん。それはそうだが」
伯爵は、チラッとセドリックを見た。
「何か?」
「いや、その……。ブライトン卿は、ずいぶん女性たちからも人気なので」
スペンサーは、伯爵の心配を察した。
「伯爵、セドリックがアナベルを泣かせるようなことをしないことは、騎士の名誉にかけて誓えますので」
「そう。ですか」
セドリックは、伯爵を真剣に見て、深く頷いた。
「誓います」
セドリックの誓いに、夫人は「キャッ」と悲鳴をあげた。
伯爵夫妻と話を終え、玄関ホールに行くとアナベルがいた。心配そうに待つアナベルに、セドリックは「話は終わった」と声をかけた。
「え? 大丈夫だったんですか?」
「ああ」
伯爵から苦言を呈されるとでも思っていたのだろう。
あっさりと王宮への夜会の参加許可が下りたことに驚いているようだった。
「それでは、また」
セドリックは、それ以上は説明せずに、スペンサーとともに邸をあとにした。
アナベルが二人の背中を見送っていると、伯爵がアナベルに声をかけてきた。
「アナベル、二人から話は聞いた。君がコーディリアのために、動いてくれていることは有難いことだよ。でも、前も言った通り、私たちはアナベルに危険なことはしてほしくはないんだよ」
「はい。もちろん、危険なことは……。それに、騎士様もおりますので」
安心させるつもりでそう言うと、伯爵は微かに嬉しそうな顔をした。
「ああ。ブライトン卿は噂とは違う男のようだ」
ブラッドフォード伯爵夫妻は、見つめ合って微笑んだ。
「ええ。あんな情熱的に言われてしまったら断れるわけないわ」
「じょ……情熱、的?」
「ブライトン卿であれば、アナベルのお相手としても良いと思うわ」
「お相手って……?」
「何、若い二人なんだ。ゆっくり育めばいいさ」
(育むって……一体何を育むと思っているのだろう)
「折角王宮の夜会に行くんだもの。アナベルにも、楽しんでほしいのよ」
ブラッドフォード伯爵夫妻は、久しぶりに心からの笑みが零れていた。
(セドリック様……一体何を言ったの!?)
否定することができず苦笑いをするアナベルに、奥様はコーディリアのパンプスをアナベルに譲ってくれ、ダンスやマナーなども指導してくれることとなった。




