第17話 スペンサーの提案
「ど、どうして、セドリック様と私が!?」
アナベルはスペンサーからの提案に動揺した。
傍らに立つセドリックも驚いたようではあったが、その後はアナベルを見ているだけで何も発言しなかった。スペンサーは、人畜無害そうな柔和な見た目をしている。が、接してみると、セドリックよりも余程食えないタイプなのかもしれない。飄々とした様子で、とんでもない提案をしてくる。
「正直、俺たちはアナベルの侍女としての着眼点には一目置いているんだ」
スペンサーが「な」とセドリックに視線を送ると、彼も静かに頷いた。
「いまの君は個人的感情でローズ嬢を犯人だと決めてかかるわけでも無さそうだ。その様子ならローズ嬢と接して何か気付くこともあるかもしれない。それに、君だって早く主人の毒殺犯を見つけたいわけだろう?」
「それは、そうですけど。私は公式の夜会に参加したこともありませんし」
アナベルの社交界デビューは、ブラッドフォード伯爵家で開いた内輪の夜会だ。
「でも、コーディリア嬢の侍女をしていたんだ。一通りの教養を学んでいないわけないだろう」
「それは……」
身に付けていないと言えば、ブラッドフォード伯爵家に失礼になる。
(でも、セドリック様と王宮の夜会に参加するなど……。平静でいられる自信がない)
「君が夜会に参加するのはいい案だと思うんだけどな」
(ローズ様に直接お会いしたい気持ちがないわけではないけれど)
「その……スペンサー様では、ダメなのですか?」
「……スペンサー?」
セドリックの声が、いつもより低かった。
(しまった。……失礼な、言い方をしてしまった)
アナベルは申し訳なさそうにセドリックをチラッと見た。
セドリックの顔は、明らかに引きつっていた。
「どうして、スペンサーは良くて、俺はダメなんだ?」
「いえ、あの、その、そういうわけではなくて……」
「そういうわけではないなら、どういうわけなんだ」
セドリックは口元に笑みを湛えているが、目が笑っていない。
「あの、だって、私がパートナーになんてなったら、この前のご令嬢にも申し訳ないですし」
あの、“庭園の君”に何と言うつもりなのか。
「何を誤解しているのか知らないが、俺に特定の相手はいない」
「でも、『妻にしたい』って……」
「そんなことは言っていない!」
「でも、口づけを……」
「していない! ……真似ただけだ」
「真似?」
口を尖らせるセドリックは、いつもよりも子どもっぽく見えた。
「――詳しいことは言えないが、彼女の機嫌を損ねないためにやっているだけだ」
セドリックは、口を真一文字に結び、そう訴えた。
「そう……だったんですか」
「ああ。だから、そういう問題はない」
「そう、でしたか」
アナベルは思わず下を向いた。あの令嬢が、セドリックの特別な女性ではないと知り、どこかホッとしている自分がいたからだ。もうセドリックのことは、気にしないと決めたはずなのに、自分の心は自分の思う通りには、ならなかった。
「それにね、アナベル。残念ながら、王宮の夜会の招待状は俺には届いていないんだ。セドリックは伯爵家出身だけど、俺は子爵家の出だから、毎回王宮の夜会の招待状は届かないんだよ」
王宮の夜会は、基本的には有力貴族のみが招かれる。
「じゃあ、問題ないということでいいかな?」
スペンサーが話をまとめにかかったところで、ふと現実的な問題が過った。
「いえ。でも、王宮の夜会となると、ドレスの準備が……」
アナベルの給金で、王宮の夜会用のドレスなんて準備はできない。
ブラッドフォード伯爵家にだって、コーディリアの夜会用のドレスはない。
「ドレスは俺が用意する」
セドリックが、アナベルを見た。
「……え? なんでセドリック様が!?」
「君が用意するのは難しいだろう」
「で、でも、セドリック様にご用意いただく理由は」
(婚約者でもない男性からドレスを贈っていただくなんて、有り得ない。変な関係だと思われ兼ねないわ)
「フェザーストーン男爵令嬢として俺の同伴者になった方が、ローズ嬢と接する可能性が上がる。ドレスは必要経費だ」
「で、でも。やっぱり、セドリック様にご用意いただくわけには……!」
「じゃあ、ローズ嬢とどう接点を持つ?」
ローズが参加するようなサロンに参加できるとは思えない。
「それは……」
良い案は浮かばなかった。
「分かりました。でも、ドレスは自分でなんとかしますので」
「なんとかするってどうするんだ?」
「それは、その……。貸衣装屋で探します」
「貸衣装!?」
セドリックには馴染みのない場所なのだろう。
「その、この前のコーヒーハウス前で着ていたものも、貸衣装屋でお借りしたものです」
「あんなドレスをまた借りるつもりか!?」
セドリックの目がつり上がるのが分かった。
「他にもいろいろなドレスがありますので……」
そうだ。貸衣装であれば、アナベルが溜めてきた給金でもなんとかなるはずだ。
「信用ならん」
先日のコーヒーハウスでの衣裳のせいで、アナベルはセドリックから厳しい目を向けられていた。
「大丈夫ですから」
「じゃあ、セドリックも一緒に行ったらいいだろう」
「え?」
スペンサーの新たな提案に、セドリックはあっさり同意した。
「じゃあ、次の休みに予定を合わせよう」
「え? セドリック様も行かれるんですか?」
「当然だ。君に任せたら、また胸元の開いたものを選びかねない」
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