第15話 セドリックの落胆
「よお。大丈夫か」
騎士団の執務室へ顔を出すと、セドリックが一心不乱に書類仕事に精を出していた。
(こいつ、考えごとするとき、いつもこうだな)
「……スペンサー」
山積みの書類の中から、セドリックが顔を出した。
明らかに生気が抜けていた。
他の騎士たちは、気味が悪いのか遠巻きに見ていたようだ。
「ずいぶん仕事が捗っているな」
「……どうだったんだ?」
「何が?」
知らん顔をすると、セドリックはムッとした顔で立ち上がった。
「お前が、何とかするって言うから俺は引き下がったんだ!」
――何があったか知らないけど、これ以上は嫌われるんじゃないか? 俺が何とかしてやるから任せろって。
さっきアナベルとセドリックが押し問答をしているとき、スペンサーはそう囁いてセドリックを納得させていた。
いつもなら、空気を読んで女性の嫌がることはしないはずの男なのに、あのときは明らかに嫌がるアナベルに強引に迫っていた。
(本当に自分のことになると、なんでこんなに不器用なんだ)
睨みつけるセドリックに、「冗談だよ」とスペンサーは微笑んだ。
「きちんとお前が知りたいことは、情報収集したから」
「本当か?」
「本当、本当。任せて。今すぐ話したいけど、俺も書類仕事が溜まっているから、それが終わった後にゆっくり、な」
「書類仕事の、あと?」
「ああ。このあと警備の当番も入っているから、その後だなぁ」
「……何が残っているんだ?」
「え? 報告書の作成と収支決算書の確認と……あと、購入予定品のチェックが……」
「貸せ」
「え!? やってくれるの?」
スペンサーは内心ほくそえみながら、驚いた振りをした。
セドリックが頷くと、スペンサーは溜まった書類の束を渡した。
「こんなに溜めていたのか……」
セドリックが呆れたように呟いた。
スペンサーは「やっぱり悪いから自分でやるよ」と言うと、セドリックは「いい」と受け取った。
「お前を待っていると、どれだけかかるか分からない」
セドリックは席に座ると、書類と向き合った。
「セドリック、悪いな。お前の見回りもやっておくから」
「頼む」
「じゃあ、終わったら、食事でもしながら話そう」
セドリックはスペンサーの呼びかけには答えず、黙々と書類に目を通していた。
そんなセドリックに、スペンサーは上機嫌に執務室を出ていった。
「かんぱーい!」
スペンサーはワイングラスを掲げると、セドリックのグラスにぶつけ、「カチン」と音が鳴るのを楽しんだ。テーブルには、ウサギのロースト肉、ミートパイ、白パン、チーズなどが並んでいる。
「いやあ、やっぱり仕事終わりの酒はうまい!」
スペンサーはワインで喉を潤すと、ミートパイをナイフで切り分け、大口でパクッと食べた。
「んんー。やっぱり、この店のミートパイは最高だな。セドリックも食べろよ」
セドリックは、ワインを飲みながらチーズを摘まんでいた。
スペンサーの勧めに応じるまま、ミートパイを一口食べた。
(確かにうまいが――……)
「スペンサー、それより……」
「ああ、分かってるよ。アナベルのことだろう?」
セドリックは素直に頷いた。
「話す前に質問だけど、アナベルとなんかあったのか?」
「……エイムズ伯爵令嬢と話していたところを、見られただけだ」
「エイムズ伯爵令嬢?」
(ということは、ベタベタしていたところを見られたってことか。なるほどなぁ)
「アナベルにはなんか言われたわけ?」
「言われてはいないが……」
「誤解されてそうだったってことか」
「だから、説明しようと思って」
「説明って何言うんだよ。仕事でイチャイチャしていましたって言うのか?」
「……それは」
(言えるわけがないからなぁ)
スペンサーは、セドリックのことが少し哀れに思えた。
(職務に真面目なのが裏目に出たな)
「まあ、でもさ。気にしているってことは、お前を意識しているってことだよな」
「え!? そんなこと言っていたのか?」
セドリックは期待した目でスペンサーを見た。
「まあ、侍女の中でお前がカッコいいと言われているとは言っていたな」
「カッコいい?」
「ああ、アナベルもお前をカッコいいと言っていたぞ」
セドリックは上機嫌に、ミートパイをパクパクと食べ始めた。
「そうか。アナベルは、俺をカッコいいと思っているのか」
「ただ、カッコいい人が好きだとは言っていなかった」
スペンサーは上機嫌になった悪友を、崖から突き落とした。
ウキウキとワインを飲んでいたセドリックの手がピタッと止まった。
「好みの男はマスティフみたいながっしりした、忠実な男がタイプなんだって」
「……マスティフ?」
マスティフはその力強さから番犬によく使用される。
顔はけして美しくはないが、主人に対して忠実な大型犬だ。
「ああ。お前みたいな美男子は好きではないと言っていた」
「……好きじゃ、ない?」
「ジュリアンを思い出すのかもれないな」
「アイツと俺は全然違う!」
セドリックは急に声を荒げて立ち上がった。
あまりの剣幕に、店員や店内の客の視線が集まった。
スペンサーは周囲に頭を下げると、セドリックを座らせた。
「分かってるよ。お前とアイツが違うことくらい。ただ、アナベルとは出会って1カ月くらいなんだから、多少誤解されていても仕方ないだろう」
「……まあ」
「あと、女性にだらしない男も好きではないらしい」
「俺は、だらしくなくない」
「まあ、本来のお前はな」
女性からの情報収集をしやすくため「遊び人」という噂は流しているが。
「……ああ」
テーブルに顔を埋めるセドリックの肩を、スペンサーは「大丈夫か?」と叩いた。
「今日……女性に急に触るのはどうかと思うと……アナベルに叱られた……」
セドリックは完全に弱っていた。
「叱られたって。お前、何、アナベルに嫌らしいことしたんじゃないだろうな」
「そんなこと、するわけないだろう! ちょっと、腕を軽く掴んだだけだ。その、送ると言っているのに、アナベルが逃げそうだったから、つい……」
「なるほどね」
「……しかも、その前に、エイムズ伯爵令嬢の手の甲に口づける真似をしたのを……多分、見られた」
「あぁー……」
(ご愁傷様としか言いようのない不幸なタイミングで、アナベルが現れたということか)
「なるほどね、アナベルからしたら、女とイチャついていた男が、急に自分に触って来たってことか」
「……終わりだ」
「おい。何言ってんだよ」
「嫌われた。どうせクズ男だとでも思われてる」
「おいおい」
「死にたい」
「おい。セドリック」
テーブルに顔に埋めたまま、中々復活しないセドリックに、スペンサーは小さくため息をついた。
「あのさ、セドリック」
「……何だ」
「アナベルはエイムズ伯爵令嬢と接するお前を見て、様子がおかしくなったんだろう?」
「クズだとでも思ったんだろう」
「本当にクズだと思っていたとしたら、そんな態度取るか? 冷静になって考えろよ。動揺したんじゃないのか?」
「動揺……?」
セドリックはその言葉に、身体を起こした。
「好きってほどじゃないのかもしれないけど、アナベルはお前がエイムズ伯爵令嬢とイチャついているのに、ショックを受けたのかもしれない」
「ショック……?」
「嫌いな男相手にショックなんか受けるか?」
「……いや、受けないな」
「そうだろう。しかも、マスティフみたいな男が好きというのも、お前を意識しての可能性も」
「俺を、意識……?」
「その可能性も、あるかもしれないということだ。可能性、だぞ」
「可能性……!」
起き上がったセドリックの瞳は、完全に希望に満ちていた。
(ちょっと、期待、持たせ過ぎたか)
「そうだな。まだ何も始まっていないわけだし、俺だってマスティフ的な要素もある」
「そうか?」
「ああ。割とがっしりしているし、無骨な感じもあるし、頼りにもなるだろう」
セドリックはマスティフとは大分かけ離れた洗練されたマスクで、スラッとした自分の身体に触れながら、自信満々にそう言った。
(自信を持たせ過ぎたかもしれないが……まあ、いいか)
お読みいただきありがとうございました!
「面白い」と思っていただけましたら、ぜひ「ブクマの追加」や「リアクション」、「感想」、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援いただけますと嬉しいです!
皆さんの応援で執筆のモチベーションがアップします!!!
どうぞよろしくお願いいたします。




