第14話 アナベルの好きなタイプ
「伯爵にも話があると言っただろう」
セドリックは不機嫌そうにアナベルを見た。
「それは……」
アナベルが困り、助けを求めるようにスペンサーを見た。
アナベルがスペンサーを見ると、ますますセドリックの眉間の皺が深くなった。
「スペンサー。俺がアナベルを送るから」
そういうセドリックから隠れるように、アナベルはスペンサーの背後にスッと隠れた。
「なんで隠れるんだ」
「隠れていません」
「隠れているだろう!?」
先ほどの女性に見せていた甘い顔とは真逆のセドリックは、アナベルに険しい顔で迫った。
「セドリック」
「なんだ?」
スペンサーは、とりあえず背に隠れるアナベルをセドリックから守ってくれるようだ。
「よく分からないけど、アナベルは俺に送ってほしいみたいだから」
「……」
「伯爵に何か言伝があるなら、伝えるけど?」
スペンサーは何事をセドリックに囁くと、チラッとアナベルに視線をやると、セドリックは押し黙った。
「…………後日、伺う」
「じゃあ、アナベルは俺が送るから」
先ほどまでやたらとアナベルを送ることに執着していたセドリックは、嘘のように大人しくなった。
(スペンサー様は、一体何を言ったのかしら……?)
「じゃあ、アナベル。行こうか」
「お手数をおかけします。それではセドリック様、失礼いたします」
アナベルは先ほどまでの非礼も詫びるつもりで、深々と頭を下げた。
セドリックはそんなアナベルを、じっと見ていた。
「それで、一体どうしたの?」
揺れる馬車の中で、スペンサーが訊ねた。
巻き込んだのだから何がしかの理由を説明しようと思ったが、何を話してよいかが分からなかった。
一体どうしたのか。
それはアナベル自身が分からなかった。
セドリックが女性と親密そうにしているのを見て、少し一人で静かに考えたかっただけなのだ。
それなのにセドリックが送ると、言って来たから。
あの女性に対しては優しそうに接していたのに、自分には随分強引に接してきて。
なんていうか……。
「セドリック様に送っていただくのが嫌だったわけではないのです。ただ、その……少し意地になってしまったというか。その、反省しています」
「意地ね」
「巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」
「いや、別に。俺は、巻き込まれに行ったところもあるし」
「巻き込まれに……?」
怪訝な顔をしたアナベルに、スペンサーは不敵に笑った。
「そういえば、アナベル。結婚相手を探しているんだって?」
「探していません!」
セドリックが話したのだろう。
随分歪んだ情報で伝わっているようだ。
スペンサーは、アナベルの反応に愉快そうに笑った。
「冗談だよ。でも、いつまでも伯爵家にもいられないんだろう?」
「……まあ。いられないというか」
「コーディリア嬢と君の絆は深そうだから、中々他家に仕えるというのも、辛いだろう」
正直、他家の侍女として働いている姿はイメージできない。
このまま伯爵家で雇ってもらいたいくらいだ。
お願いをすれば、奥様の侍女の一人に考えてくれそうな気もする。
「結婚を提案したのは、伯爵の親心だと思うよ。伯爵はこの件が落ち着いたら、しばらく領地に戻るんだろう? 良縁を探すなら、王都へいた方が良いだろうし」
「旦那様のお心遣いは分かっております」
分かっているけれど、受け入れられるかはまた違う。
「環境を変えることも、大切なことさ。君の気持ちを変える男が現れるかもしれないだろう?」
スペンサーは、明るく励ました。
「……まあ」
一瞬セドリックの顔が過った気がしたが、すぐに今日他の女性の手に口づけをするセドリックを思い出して、気持ちがずんと沈んでいくのが分かった。
「もしかしたら、目の前にいる男が君の未来を変えるかもしれないよ?」
冗談っぽく言うスペンサーに、思わずアナベルは笑った。
「まあ、それは冗談として。アナベルはどういう男が好きなの?」
アナベルはその質問に既視感を抱いた。
「ご紹介は結構です」
「え?」
「セドリック様も、騎士の中に良い男性がいるから紹介すると」
「え? アイツがそんなことを?」
アナベルはこくんと頷いた。
「へえ。そうなんだ」
「はい。別にセドリック様やスペンサー様のお手を煩わせるほどのことではありません」
「アナベルは良くても、俺たちの方が良くない」
「え?」
「騎士なんて男所帯だから、良い女性と出会う機会も少ないしね。誰か良い女性が入れば紹介してくれってヤツも多いんだよ」
「……セドリック様は、色んな女性をご存知なのでは?」
「セドリック?」
「ええ。侍女の間でも有名ですもの。セドリック様は」
「へえ。どんなことで有名なの?」
「どんなことって……スペンサー様もご存知なのではないですか?」
「侍女の中でなんて言われているかは知らないよ、俺は」
「……別に、悪い話ではありません。女性に優しいですし、かっこいいと憧れている侍女も多いだけです」
遊び人という評判だから、一晩でも良いから相手をしてほしい、なんて希望者の話は口が裂けても言えない。
「かっこいいかぁ。アナベルもそう思う?」
「え!?」
スペンサーは、アナベルに率直に訊ねた。
(セドリック様が、カッコいいか、どうか)
アナベルはセドリックの姿を思い浮かべた。
「それは……」
「かっこいい?」
アナベルはこくんと頷いた。
「でも、かっこいい人と結婚をしたいかは別問題です」
「そうなの?」
アナベルは深く頷いた。
「コーディリア様ともよく話しました。カッコいいだけの方や、女性であれば誰にでも優しい男性は好きではありません」
スパッと言い切るアナベルに、スペンサーは小さく笑った。
「自分だけを、特別に思ってくれる人がいい」
「え?」
「コーディリア様が、そんな風におっしゃっていました」
「……そうだったんだ」
けれど、コーディリアは家のために、ジュリアンと婚約をしなければならなかった。
「貴族の結婚ですから、恋愛結婚のようなことができるとは思っていません。我が家なんて大した持参金も用意できませんし」
揺れる馬車から、車窓を眺めた。
そう。結婚なんて、ロマンス小説とは違う。
コーディリアと流行りのロマンス小説を読んでいた頃が懐かしい。
コーディリアはジュリアンとの結婚に前向きに向き合っていた。
それなのに。コーディリアは、どうして死ななければならなかったのだろう。
アナベルはとても空しい気持ちになっていた。
ぼんやりするアナベルに、スペンサーが明るい調子で訊ねてきた。
「それで、アナベルはどういう男が好きなんだ? 見た目は? セドリックみたいな感じがいいのか?」
スペンサーは重くなった空気を和らげようとしてくれているのだろうか。前向きに声をかけてきた。でも、自分の好みの男性なんて、正直よく分からない。
セドリックのような男性が好きかと言われると……。
「私は、どちらかと言えば、がっしりとした男性らしい見た目の方が好きです」
「がっしり系?」
「はい。マスティフのような」
セドリックとジュリアンは、違うとは思っている。
でも、やっぱりああいう美男子は落ち着かない。
あんな見た目で、甘いことを囁く男性の言うことを真に受けていたら、ロクな目に合わないんだろう。
アナベルは今日感じた動揺を無かったことにするように、スペンサーの質問に、ことごとくセドリックと真逆のタイプの男性を答えていた。
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