狙い 2
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辻馬車が到着したので、ベアトリスたちはヒュームに教えられた東門へ向かった。
そこにはマクローリン辺境伯の紋の入った黒塗りの馬車が停まっていた。
ヒュームの姿もある。
マクローリン辺境伯館のあるギフトの町まで、ここから馬車で四十分ほどだそうだ。
しばらく汽車での移動が続いていたせいか、馬車の窓から見える景色の移り変わりがとてもゆっくりに思えた。
雪化粧された田園には人影はない。
春が来るまでは、農民たちは冬籠りの期間だ。
秋に冬支度をして、食糧を貯え、各々が家の中で過ごす。冬の間は農作物が育たないからだ。
多くの農民は冬の間、機織りの内職をしたり、農工具の整備をしたりするという。
「この辺りは海沿いだからかしら。他と比べて雪はあまり深くいないみたいね」
「南から湿った風が吹きつけるからな」
外の景色を見ながらそんな話をしていると、四十分はすぐだった。
馬車が、高い石壁に囲まれた要塞都市ギフトの跳ね橋を渡り、ゆっくりと中に入っていく。
ギフトの町は、中央に向かって緩やかに勾配が上がっていく作りだ。
町の中央、一番勾配の高いところに、マクローリン辺境伯館がある。
館の周囲も高い石壁に覆われており、守りを重視して作られたことが一目でわかった。
マクローリン辺境伯館の玄関前で馬車が停まる。
ベアトリスとエドワードが馬車から降りると、玄関前にずらりと並んでいた使用人が一斉に頭を下げた。
「お待ちしておりました、ベアトリス王女殿下、エドワード王子殿下」
マクローリン辺境伯とその妻が使用人たちの前に立って礼を取る。
「お久しぶりです、マクローリン辺境伯、辺境伯夫人」
ベアトリスは、マクローリン辺境伯夫妻とは城で何度か会ったことがある。
エドワードは初対面だろう。
マクローリン辺境伯と辺境伯夫人はともに四十代半ばだ。
マクローリン辺境伯は武人肌でがっちりとした体格で、夫人のほうは対照的にほっそりしている。
辺境伯たちに挨拶をすませたのちは、ベアトリスたちは客室に案内された。
今夜は歓迎の晩餐会を開くが、それまではゆっくりして旅の疲れを癒してほしいということだ。
客人が到着早々歩き回ると迷惑だろうから、ベアトリスとエドワードは晩餐に呼ばれるまでは部屋で過ごすことにした。
兄ニコラスの依頼が気になるには気になったが、到着早々急かすのは不躾だろう。
晩餐の席にでも、ニコラスから連絡が来ていないか聞いてみよう。
ほかにも、国王派閥の状況やプリチェット公爵派閥の動向など、マクローリン辺境伯が知っていることがあるかもしれない。
荷物の片づけはメイドがしてくれるというので、ベアトリスとエドワードは、メイドが運んでくれたお茶とお菓子をいただきながら休憩を取ることにした。
「汽車に揺られたり馬車に揺られたりしていたから、揺れないところにいると少しだけ不思議な感覚がするわね」
「そうだな。なんだか、揺れていないのにたまに揺れているような錯覚を覚えるよ」
「歩く時も、汽車に乗っていた時のようについつい慎重に歩いてしまうわ」
ふふっと小さな笑みをこぼして、ベアトリスは紅茶に口を付けた。
部屋は暖炉で温められているが、移動中に体が冷えていたので、熱い紅茶はホッとする。
メイドが荷物を片付けて部屋から去ると、エドワードはクッキーに手を伸ばしながら言った。
「ニコラス殿下が君をここに移動させたということは、ここでの情報収集が目的か?」
「わからないわ。でも、マクローリン辺境伯は国王派の中枢にいる人で、探るようなことはないはずよ。ということは、ここから王都とは別のどこかに移動してほしいのかもしれないわね」
「君の兄は妹使いが荒いな」
エドワードが肩をすくめた。
「いいのよ。わたしもお兄様が何を気にしているのか知りたいもの」
プリチェット公爵を追い詰める情報なのか、はたまた自分たちの首を絞めることになる情報なのか、それはまだ判断がつかないけれど、ニコラスがベアトリスを動かしたほうがいいと判断した内容のはずだ。よほどのことだろうと思われる。
「そういえば、君はニコラス殿下から呼び出しを受けてヘンウッド国に戻ってきたわけだが、義父上は知っているのか?」
「お父様には、お兄様が伝えているんじゃないかしら?」
「義父上も、君に戻ってきてほしいと?」
「それはちょっとよくわからないわね。わたしがいて有利に働くのならばそう思っても不思議ではないけれど……、お父様はお父様で、プリチェット公爵の派閥に国の中枢が乗っ取られないように必死だから、余計なことにまで気を回していられないと思うの」
国の中枢から邪魔者を排除すればいいという話でもない。
プリチェット公爵派閥に属する貴族は多く、彼らを排除すれば国が回らなくなる。
だからこそ、彼らをどこに配置し、どこに自身の見方を配置するか、父はそれを考えるだけで手いっぱいだろう。油断していたらいつの間にか重要な役職にプリチェット公爵派閥の人間が紛れ込んでいたりするのだ。
ベアトリスがいた三年前までは、彼女が気づいて進言していたが、今、その代わりをする人はいないだろう。父とその側近が把握し、不審に思われないような人事異動を行いつつ、自分や味方が不利にならないように配置を考えなければならないのだ。
政治的な混乱がなくとも、気が付いたら周りが全員プリチェット公爵の派閥の人間だったなんてことになれば目も当てられない。
(尻尾をつかませず、はっきりした目的もわからない。……この三年、お父様はとってもやりにくかったでしょうね)
ベアトリスがオルブライト国に嫁ぐことで、国王派閥の権力は強化された。
正直、それでプリチェット公爵があきらめてくれればいいと思っていた。
だけど、ブルートンの町でエドワードが言った通り、プリチェット公爵の目的だが、ただの権力でも王権奪取でもないのだとすれば、国王派閥が強化されたからという理由であきらめなかったのも納得がいく。
はっきりした目的もわからない相手と対峙することほど難解なことはない。
相手の目的がわかれば先回りもできるが、わからなければ先回りしたところで見当違いだったということも往々にしてあるのだから。
「派閥というのなら、君がオルブライト国でしていたように、女性の社交である程度把握できないものか?」
「お母様のことを言っている? お母様は、そうね……お茶会とかは頻繁に開く方だけど、暗躍とかは得意な方ではないのよ。有力情報があればお父様に教えていたみたいだけど、たいした情報は得られていなかったみたい」
それ以上に、母を溺愛している父が、あまり危ないことはしてくれるなと母を止めるのだ。
なので、母の動きはあてにできない。
「でも、お兄様のこともあるし、お母様はきっと、すごく心配しているでしょうね」
ベアトリスはおっとりと微笑む母の姿を思い出して、そっと息を吐きだした。
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