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狙い 1

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「なるほど、それなら私は別行動を取ったほうがいいかもしれませんね」


 ベアトリスとエドワードから話を聞くと、ベンジャミンはそう判断を下した。


「そのヒュームと言う男が来た時に私が席を外していてよかった。私としては、モラン公爵夫妻のことは利害関係のある仲間だと認識していますが、ニコラス王太子殿下のことは正直なところまだ信用できません。王太子の息のかかったものがいるのであれば、私は別行動を取ったほうがいいでしょう。あちらに行けば、あなた方の護衛役も充分でしょうからね」

「別行動って、連絡はどうするつもり?」

「そうですね……」


 ベンジャミンは少し考えこんだ。


「あなた方がマクローリン辺境伯館に到着して二、三日のうちに、私が使用人に扮して館に潜入しますよ。私のほうからコンタクトを取るので、それまでは何事もなく過ごしてください」


 すると、エドワードはあきれたように半眼になった。


「ベン、君は器用だな。どこにでも潜り込めるのか」

「どこにでもというわけではありませんけどね、人が多いところは比較的潜入しやすいですよ。マクローリン辺境伯館ともなれば、館の維持のために相応の数の使用人がいるでしょう? 辺境伯という立場上、私兵も多そうですし」


 辺境伯という名前が形骸化しているとはいえ、国境に面したところに領地があるため、ほかの貴族より抱えている私兵は多い。

 隣国からの侵略を警戒しなくてよくても、不法入国や密輸などの警戒は怠れないからだ。

 館も大きければ、雇っている私兵も多いとなると、それに見合う使用人が必要となる。ベンジャミンにとっては潜り込むのに難しくない環境ということだ。


「わかったわ。じゃあ、マクローリン辺境伯館で落ち合いましょう。ところで、情報は集まった?」

「多少は。王都に大きな混乱はなさそうでしたよ。気になったことと言えば、ニコラス王太子の婚約者が決定しそうだという噂でしょうか。商人たちが稼ぎどころだと息巻いていましたからね」

「お兄様が婚約⁉」


 ベアトリスにとってそれは寝耳に水だった。

 ニコラスはプリチェット公爵の問題が片付くまで安心はできないといって、婚約者を決めることを渋っていたのだ。

 しかも、ニコラスは表向き、毒の影響で寝込んでいることになっている。

 ニコラスが率先して婚約者を選んだとは思えない。


 となると――


(周囲からの圧力ってことかしら。でも、どっちの圧力?)


 プリチェット公爵派閥か、国王派閥か、それによって状況は大きく違う。

 国王派閥も、王太子がいつまでも結婚しないことにやきもきしていたので、あちらが派閥内の貴族令嬢をニコラスのあてがおうとしてもおかしくはないのだ。

 しかし、これまではアンジェリカの妨害があった。兄はアンジェリカの妨害を逆に利用いて婚約者を決められるのを避けていたのだが、今回は妨害がなかったということだろうか。


(まさかアンジェリカが相手ということはないでしょうし)


 プリチェット公爵はアンジェリカが好き勝手しているのを放置していたが、おそらく、アンジェリカを王太子の相手には考えていないのだろう思う。

 もし本気でアンジェリカをニコラスの妻にしたければ、プリチェット公爵ならば強引な手段をもって婚約者に据えることは可能だからだ。

 プリチェット公爵は王権奪取を狙ってはいるが、国が乱れることは好まない。そんな気がしている。

 ならば、どう考えても王妃の器ではないアンジェリカをニコラスにあてがうことはしないだろう。

 プリチェット公爵は、アンジェリカが目に余る行動を取り問題視されそうになったらそれを揉み消すが、かといって娘に干渉しているというわけでもなさそうなのだ。


 正直なところ、プリチェット公爵はアンジェリカにたいして興味がなさそうなのである。

 王権奪取を狙う割には娘の愚行は放置している。その点が、正直なところ、ベアトリスはずっと謎だった。

 そして今もまだ謎だ。


 とはいえ、ニコラスの婚約の話が持ち上がったということは、今回ばかりはプリチェット公爵もアンジェリカを抑えつけたということだろうか。

 そう考えると、ニコラウスの相手はプリチェット公爵派閥の人間である可能性が濃厚だが……。


「ベン、その情報、もう少し詳しく調べられる?」

「いいでしょう。マクローリン辺境伯館で合流する前に調べておきますよ」

「助かるわ」

「では、私は失礼しますね。ああ、荷物を運んでいただいてありがとうございました。後日、マクローリン辺境伯館で」


 ベンジャミンは自分のトランクを持って個室を出ていく。

 ベアトリスはレストランの店員の、店の前まで辻馬車を呼んでほしいと伝えた。

 辻馬車が到着したら呼んでくれるというので、お茶をいただきつつ待つことにする。

 エドワードが何気なく窓の外を見ながら、「なあ」と言った。


「俺は前々からプリチェット公爵の目的が正しく理解できないんだ。彼は権力が欲しいのか、王の立場がほしいのか、そのどちらもかもしれないが、だとしても、なんだか非常に回りくどいやり方をしているように感じる」

「どういう意味?」

「単純に権力を欲しているのならば、最も都合がいいのが婚姻だ。娘をしっかり教育し、王太子の妻の座に収めれば、それだけで未来の王の外戚になれる。宰相という立場、それから次代の王の外戚となれば、振りかざせる権力も甚大だ」

「そうね」

「王位が欲しいのならば、王権奪取のためにもっと効率的に動けたと思う。少なくとも、君を傷つけていたアンジェリカはプリチェット公爵の足を引っ張っているとしか言えない。無能な娘がいる公爵を王に戴こうとすれば反発も大きかろう。彼女が王女になった時にどれだけ理不尽な権力を振りかざすか、想像するだけでぞっとするだろう?」


 ベアトリスは頷く。

 今でさえ公爵令嬢という立場を利用して好き勝手しているアンジェリカが、王女の立場を得るのだ。権力を振りかざして城内に、国内に混乱をもたらすだろうことは容易に想像できた。


「プリチェット公爵は、王位継承権を持っている。国王や王太子の暗殺に動いて物理的に玉座を奪い取ってもいいし、なんなら議会を掌握して国王に王座を明け渡すように圧力をかけることも、まあ、できないわけではない。なかなか骨が折れる作業だがな」


 前例はほとんどないが、確かにその方法はとれなくもない。

 王が愚鈍であれば議会を掌握し退位を迫るのはおかしなことでもない。

 ベアトリスの父フランクは愚鈍な王ではないけれど、宰相の立場から王の失策を演出することだってできただろう。

 本気で玉座が欲しいのならば、エドワードが言ったこの二つの選択肢のうちどちらかを選ぶのが効率的だ。


「言われてみたら確かにそうだわ。プリチェット公爵は、なんだかとても遠回りをしているように見える。まるでほかに目的があるみたい」

「ほかの目的とはなんだろうな。派閥を増やし城内を掌握しようとしているのは、権力を求めてのことだと思う。だから権力がほしくないわけではないんだろう。だけど、ほかに目的があるように思えてならない。まるで、あちこちで暗躍しているのは、ほかの目的に気づかれないようにするためのカモフラージュのようにも思える」

「ほかの目的……」


 ベアトリスは考えたが、何も思いつかなかった。

 そもそも、プリチェット公爵のことをよく知らないのだ。彼の人となりがわからない以上、彼の思考回路を予想することはできない。


「ま、これは俺が勝手に思っただけどな。混乱させたのならすまない」

「いいえ、言われるまで気づかなかったわ。ありがとう」


 プリチェット公爵が欲しているのは王の椅子だと思っていた。

 だからこそ、ラドゥロフ帝国の前皇帝の妻子を匿っているとベンジャミンから聞いたとき、違和感を覚えたのは事実だ。

 ラドゥロフ帝国から逃れた前皇帝の妻子の問題は非常にデリケートなもので、国際同盟に知られたら致命的な傷になる。

 情報が洩れれば、プリチェット公爵が玉座につくことは不可能だ。同盟各国から批判が上がる。プリチェット公爵は処罰を受けるだろう。


(今一度、考えてみましょう。プリチェット公爵の目的が果たしてどこにあるのかを)


 もし、大きな思い違いをしているのならば、ベアトリスたちはまったく見当違いの対応をしていることになる。

 気づいたときには取り返しがつかなかったなんてことが起きないように、しっかりと考えて正しい行動を取らなければならないのだ。




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