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マリガン駅にて  3

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 食事を終えると、ベンジャミンは十五時半には戻ってくるといって、一人、個室から出て行った。

 ベアトリスとエドワードはベンジャミンを待つ間、レストランの窓から町の様子を眺めて過ごすことにした。

 ここは三階なので、町の広範囲が見渡せる。

 個室の中は暖炉が煌々と燃えていて暖かい。

 腹が膨れているせいか、少しだけ眠たくなってきた。


(……帰ってきたのね)


 ブルートンの町並みを見下ろしながら、ベアトリスは複雑な気持ちを味わった。

 祖国ヘンウッド国への愛情はもちろんある。

 けれども、苦い思い出も数多く存在するのだ。

 戻ってきたことを素直に喜べない自分がいた。


「幸せな気持ちで生まれ育った国に戻ってこられないのは、なんだかわびしいわ」

「君の場合は生まれてから国を出るまでの環境が環境だったんだ。もし俺が君の立場でも同じように思うだろう」

「そうね……」


 ベアトリスは王女としての務めを果たすべく戻ってきた。

 だけど一方で思う。

 ベアトリスはいったいいつまで、ヘンウッド国の王女という立場に縛られて生きていくのだろう。

 王族に生まれたのだから仕方がないとは思う。

 けれど、今回プリチェット公爵との問題に決着がついたとして――この先、何か起きるたびに戻って来いと言われ続けるのだろうか。


(平和になったら、わたしのことも放置してくれるのかしら?)


 ベアトリスが、祖国ではなく嫁ぎ先のオルブライト国で、愛する夫とその家族に集中して生きることを許してもらえるだろうか。

 今回エドワードは離縁を選択しなかった。

 だけど、ベアトリスがこの先も何度も祖国に呼び出されていたら、エドワードが是としても、周りが許さないだろう。見方によってはベアトリスがオルブライト国で諜報活動しているようにも取られ兼ねない。


(なにも片付いていないんだから、今からそんな不安を抱くのもおかしな話だけど)


 いつまでも兄を守る盾と矛であり続けることはできない。

 プリチェット公爵の問題に片が付いたら、ベアトリスは今一度、自分の人生について考えてみたかった。


「勝手に一人で出て行った身でこんなことを言うのはおかしいけど、エドワードが追いかけてきてくれてよかったわ」


 ベアトリス一人だけなら、むしろ自暴自棄になっていたかもしれない。

 もう待っている人はいないのだからと、たとえ自分を犠牲にしてでもすべてに決着をつけることだけに集中して、そのあとのことを考える余裕はなかっただろう。

 エドワードがふっと笑って、ベアトリスの肩を引き寄せた。


「そう思うなら、もう二度と俺の前から消えようなんて考えないでくれ。まあ、逃げても地の果てまで追いかけるけどな。そうして、俺から逃げられないんだってことを、心胆に刻み込む」

「なんだか、言い方が怖いわ」

「そのくらい本気だってことだよ。悪い男につかまったんだと思ってあきらめることだ」

「ふふ、エドワードのことを悪い男だなんて思ったことはないわよ」


 まあ、なかなか重たい愛情の持ち主だとは思ったことは幾度となくあるが。

 顔を見合わせて笑いあった時、個室の扉がコンコンと叩かれた。

 エドワードが警戒をにじませて振り返る。


「なんだ?」


 声をかけると、個室の扉が開いて店の店員が一礼して入ってきた。


「おくつろぎのところ失礼いたします。お二人にお会いしたいという方がいらっしゃっていますが、ご案内してもよろしいでしょうか?」

「……その方はどんな方なのかしら?」


 先ほど駅に到着したばかりのベアトリスたちがここにいることを知っている人間は少ないはずだ。

 誰かが訪ねてきたということは、ベアトリスたちの行動を把握している人間に他ならない。


(つけられていた? でも、ベンジャミンは汽車の中に不審者はいないと言っていたわ。だったら、駅に着いたときに見られた?)


 ベアトリスが到着すると思って待ち構えていた誰かがいたのだろうか。


「領主様の使いを名乗っていらっしゃいます」

「マクローリン辺境伯の?」


 マクローリン辺境伯は国王派閥だ。

 父か兄が連絡をし、ベアトリスが到着し次第、連絡を取るように言づけていても不思議ではない。

 ベアトリスはエドワードを見上げた。

 エドワードが固い声で言う。


「わかった。通してくれ」

「かしこまりました」


 店員が下がると、エドワードがベアトリスを背にかばった。


「前には出ないように。……怪しいと思ったら、すまないが俺は剣を抜くぞ」

「ええ……」


 ベアトリスも、護身用の細い短剣をドレスのスカートの下に隠し持っている。とはいえ、武器の使い方を知っているわけではないので、たいして役には立たないだろうが。

 店員が下がって五分もたたずに、一人の男が案内されてやってきた。

 中肉中背の、あまり特徴のない男だった。

 彼は慇懃に頭を下げると、言った。


「ニコラス殿下から伝言を承っております――」





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