マリガン駅にて 1
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
モロニー・ロイヤル・エクスプレスが運行を再開して四日目の朝。
汽車は今日の昼過ぎにはヘンウッド国の国境を超える。
ヘンウッド国の最初の駅であるマリガン駅に到着するのは午後の十四時頃。
目的地であるその次の駅、王都にあるヨーク駅に到着するのが午後十九時半頃の予定だ。
ここ二日ほどは天気がよく、温度差で白く曇った窓をぬぐえば、外にはよく晴れた綺麗な空模様が見える。
とはいえ、気温はさほど高くはなさそうだ。
窓から見える山や田畑、民家の屋根は白く雪化粧されていた。
ヘンウッド国で最初に到着するマリガン駅は海沿いにある。
実はベアトリス、マリガン駅のあるマクローリン地方を訪れたことはない。
三年前にオルブライト国に向かった時に汽車の窓からは見た。
しかし実際に降り立ったことはなく、田園風景の続くのどかな地域と、辺境伯が治める地に相応しく、高い外壁に囲まれた無骨な要塞都市が共存していることを耳にした程度だ。
とはいえ、近隣諸国との関係に神経をとがらせていたのは、国際同盟に加入するまでのこと。
今では国防を担う「辺境伯」という名前も形骸化し、櫓に見張りが立てられることも、王都とマクローリン辺境伯領で鷹文が交わされることもなくなった。
本来ならば王都と辺境伯領は馬車で十日ほどかかったが、線路を通すことでわずか数時間の直線距離で結ばれた。行き来も容易になっている。そのため、かつて辺境伯が担っていた役割はほとんどなくなったというわけだ。
武人が多く暮らしていたマクローリン辺境伯領は、今では国境付近というその立地と、鉄道が通っているという利点を生かし、すっかり商人の町になっている。
無骨な要塞都市の中は、王都にも負けず劣らない活気ある商店街が立ち並んでいるとか。
「ベアトリス、マリガン駅では二時間停車するらしいよ。車両整備を行うんだそうだ。駅のある街でも歩いてみる?」
マリガン駅のある町はブルートンという名前で、マクローリン辺境伯領の中で二番目に大きな町だ。
ブルートンの町は要塞ではなく、山と田園と海に囲まれた中に作れた新しい町だった。駅の建設に合わせて作られたのだ。
ブルートンの町から海が近いので、新鮮な魚介料理が有名なのだとエドワードが言う。
「エドワードのほうがわたしよりブルートンの町に詳しいみたい」
「俺もこれを読んだだけだよ」
エドワードは手に持っていた車内新聞を開いて見せた。
車内新聞の観光案内ページにブルートンの町のことが書かれていたらしい。
「見せて。今日の新聞にはまだ目を通してないの」
「はい、どうぞ」
ベアトリスはエドワードから新聞を受け取ると、一人がけのソファに腰を下ろした。
ベンジャミンがドアのところのベルを鳴らして乗務員のオーデンを呼ぶと、紅茶とお菓子を頼む。ちゃっかり三人分頼むあたりがベンジャミンだ。
新聞にはブルートンの町の見どころと、それから魚介料理が三つほど紹介されていた。
「美味しそうね」
「俺はエビのたくさん入ったスープが飲みたいな」
「わたしはシンプルに炭焼きにしたものが食べてみたいわ」
マクローリン辺境伯は国王派の貴族だ。
だからと言って、プリチェット公爵の手のものが潜入していないとも限らないので、安全と言い切ることはできない。
ベアトリスは葛藤した。
車両整備の間の二時間をこのコンパートメントで過ごすか、それとも駅の周りを見て回るか。
(情報収集も必要よね。わたしはまだ、今のヘンウッド国の状況がどうなっているのか把握していないわ。それなら、派閥内の貴族の領地で聞き込みしてみるというのも悪くないかもしれないわ)
国が乱れていたら国民もそれを感じ取る。
逆にマクローリン辺境伯領の領民が何にも気づかず、普段通りの平和な生活を続けているのならば、問題は表面化していないということだ。
マクローリン辺境伯領は商人の出入りが激しい場所なので、王都の噂はすぐに広まる。
商人は国の様子に敏感だ。商売に大きくかかわるからである。
雲行きが怪しくなれば逃げ出す者もいるだろうし、逆に武器や情報を売って荒稼ぎしようと考える人も出てくる。
オーデンが紅茶とお菓子を運んで去っていくと、ベアトリスは顔を上げた。
「少し歩いてみるわ。ベンはどうする?」
「もちろん同行しますよ。護衛は多いほうがいいでしょう?」
護衛というが、ベンジャミンの視線はベアトリスが読んでいた新聞の、美味しい料理の紹介に釘付けだった。護衛ついでに魚介料理をいただこうということだろう。
「マクローリン辺境伯に連絡を入れなくていいのか?」
「移動中だし、急に連絡をしたら驚かせてしまうわ。それに、お兄様がわたしのことを周囲に話しているかどうかはわからないもの。わたしがヘンウッド国に戻ることは秘密にしているのかもしれないし」
「それもそうか」
秘密にしていても、王都のヨーク駅に到着すれば嫌でも気づかれるだろうが。
とはいえ、ぎりぎりまで内緒にしておけば、プリチェット公爵一派を欺けると、兄のニコラスならば考えるだろう。
ベアトリスなら逆に大々的に知らせて周囲の目を集め、プリチェット公爵一派が下手に手を出せないように仕向けるが、このあたりは兄とベアトリスの考え方は違う。
ベアトリスは状況に応じて自分を犠牲にする方法を作戦に組み込むが、王族は守られてしかるべきという考えを捨てられないニコラスは、ベアトリスの犠牲を最小限に抑えようとするはずだ。
兄ニコラスの中で、ベアトリスを使って優位に事を運べることと、ベアトリスを犠牲にすることは分けて考えられている。
ベアトリスからすればそれは非常に近しい問題で、わざわざベアトリスの安全確保に努める必要はないと考えるが、ニコラスはそうではない。
ニコラスは妹よりも、自分の身の安全のほうが重要だと考えるけれど、だからと言ってベアトリスを壊れてもいい道具にするつもりはない。
オルブライト国で過ごして感じたことだが、ベアトリスの家族は少々いびつな愛でつながっている。
お互いを愛していないわけではない。
大切にしていないわけではない。
けれども、優先するものが違う。
ニコラスは、王太子という自分の立場と自身が生き残ることを何よりも優先し、そのためはベアトリスを多少危険にさらしても問題ないと考えるが、かといってベアトリスを失いたいわけでもない。
(お兄様は自分よりも優先して他人を守るという考えを持たない人だものね)
自分の安全が確保されていたらベアトリスを守ろうとするが、そうでなければ自らは動くまい。
ベアトリスはそれを不快に思ったりしないし、立場上当然だろうと考えるけれど、エドワードや彼の家族と触れ合っていると、自分の家族は歪なのだなと思うわけだ。
(だって、エドワードなら自分よりわたしを優先するもの。……そしてきっと今のわたしは、自分よりエドワードを優先するのでしょうね)
下手をすれば、ヘンウッド国よりもエドワードを優先したくなるかもしれない。
彼から離れて一人でヘンウッド国に戻ろうと考えたのは、エドワードを危険にさらしたくなかったのと同時に、自分の中で迷いが生じそうだったからでもある。
そのくらい、この三年でベアトリスは変わった。
その変化が、いいのか悪いのかは、わからないけれど、後悔はしていない。
ベアトリスは懐中時計を確認した。
時刻は午後一時五分。
マリガン駅に到着するまで、あと一時間弱だった。
面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ








