汽車旅の再開 2
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夕食をレストラン車両ですごしたのち、就寝時間が近くなると、ベンジャミンは自分のコンパートメントに戻っていった。
ベンジャミンによれば不審人物はいなかったとのことだが、念のため、内鍵をしっかりかけて就寝するように注意を受け、ベアトリスとエドワードは扉と窓の施錠を徹底してからベッドにもぐりこんだ。
あと三日後には、モロニー・ロイヤル・エクスプレスはヘンウッド国の王都にあるヨーク駅に到着する。
ヨーク駅で降りた後で城に向かう予定だが、ヘンウッド国内は現在、どういう状況だろうか。
暴動が起きているとか、内乱が起きているとか、そういった類の話は耳にしていない。
とはいえ、貴族たちの動向はどうだろう。
プリチェット公爵は派閥をどれほど大きくしたのか。
ベアトリスは父王や兄王太子に求心力がないとは思わない。
母方のミューア公爵だって国王派閥で、ミューア公爵の求心力はヘンウッド国内においてプリチェット公爵に劣らないだろう。
過半数よりも多くの貴族がプリチェット公爵に味方しているとは思いたくないし、ベアトリスが三年離れていたからと言って、さすがにそこまでの勢力拡大には至っていないはずだ。
城内は正直わからないが、国全体で見ればまだ国王派閥に分があるはずである。
ベアトリスがヘンウッド城で生活していた時、プリチェット公爵は城内に出入りしている貴族たちを味方に引き入れるように画策しているようだったが、地方貴族にまで注力していなかった。
地方に住む領地持ち貴族たちは、国王側についたままのはずだ。
領民を守ることを優先する彼らは、不用意に国が乱れることを望まない。
内乱にでも発展し、領地から戦力を出せなどと言われたら、領民たちも犠牲になる。
ゆえに、平和主義者の現王支持から、そう簡単には離れない。
(と、思いたいだけかもしれないけど……)
しかし、三年前までの情報を整理して推測した結果がそれなので、多少のずれはあっても大きく離れてはいないはずだ。
もし勢力図がひっくり返るようなことがあれば、きっと、兄ニコラスはもっと早い段階でベアトリスに召集をかけていた。
それが今までなかったのだから、最悪な事態ではないということ。
「どうした? 眠れない?」
「そうね……。ヘンウッド国に戻ったら、わたしはどういう動きをするのが最善かしらと考えていたの」
「それならば簡単だ。身の安全を最優先してくれ」
エドワードならこういうと思っていた。
ベアトリスは彼の腕の中でくすりと笑ってから首を横に振る。
「プリチェット公爵の派閥の勢力を削いでいけばいいだけなら、比較的簡単なのよ。やりすぎると貴族の数が激減してしまう危険性はあるのだけど、派閥内で特に力を持っている貴族を狙えばいいの。下級貴族は案外簡単に意見を翻して派閥を変えたりするもの。ただ、プリチェット公爵の場合、これはあまり意味がないと思うのよね」
「というと?」
「派閥を勢力を削ごうとしたことは、前にもあるの。わたしがオルブライト国に嫁ぐ前に、城内にいたプリチェット公爵派閥の人間で、それなりの地位にいた貴族を何名か罪に問うたし、左遷したりしたわ。でも効果がなかった。つまり彼の場合、頭をつぶすしかない」
「プリチェット公爵自身を直接狙い撃ちにするのか」
「そうしなければ、止まらないと思うの。不思議よね。派閥の勢力が削がれて、状況が悪化したら、あきらめたり大人しくなったりするものでしょ? プリチェット公爵は、たとえ状況が不利になってもその傾向がなくて、すぐに何か手を打って盛り返そうとしてくる。何かの執念のようなものを感じるのよ」
国王たちはプリチェット公爵の暗躍に気づいている。
裁くだけの証拠がないから手を下せていないだけで、国王派閥はプリチェット公爵を敵と認識している。
それ自体、プリチェット公爵もわかっているだろう。
それなのに、プリチェット公爵は手を緩めない。
何かに取りつかれたように、次、また次と、新たな手を講じてくる。
それほどまでにヘンウッド国を手に入れたいのだろうか。
宰相という地位にまで上ったのに、まだ満足できないのだろうか。
国王という椅子に、それほどまでに魅力を感じているのだろうか。
正直なところ、ベアトリスには理解できない。
国王とは確かに大きな権力者だが、ヘンウッド国は小国だ。小国の玉座を得ることに、そこまでの執念と情熱を注げるだろうか。
宰相の地位にいるプリチェット公爵ならば、国王が華やかなだけの存在ではないことを知っているはずだった。
王の椅子に座るというのは、とても大変なのだ。体力的にも、精神的にも。
常に人の視線にさらされて、心休まる時間は非常に少ない。
王という立場をよく知れば知るほどに、魅力的とは思えない立場だろう。
よほどの目的がない限り、危険を冒してまでその椅子に手を伸ばそうとは考えないはずだ。
(わたし、いまだにプリチェット公爵の人物像がわからないのよね)
会ったことは当然ある。
話したことも、もちろんある。
けれどつかめない。
本心がどこにあるのか、まったくよくわからない男だった。
彼の娘のアンジェリカほど単純であれば楽だったが、性格すらきちんと把握できていないプリチェット公爵を相手にする場合、どのような行動をとればいいのか非常に悩ましい。
「プリチェット公爵を直接狙うのならば、やはりベンジャミンが言っていたラドゥロフ帝国の前皇帝の妻子とのつながりを狙うしかないだろう」
「そうね。実際に皇帝の妻子の身柄を拘束して、プリチェット公爵とのつながりを公にできれば、彼にとっても大打撃よ。……それができれば、だけどね」
言葉にするのは簡単だが、実際にそれができるかといえば別の話だ。
そもそも、プリチェット公爵がラドゥロフ帝国の前皇帝の妻子をかくまっていたとしても、彼らをどこにかくまっているのかはわかっていない。
下手につついて墓穴を掘る可能性だってある。
まずはラドゥロフ帝国の前皇帝の妻子がどこに潜伏しているか、プリチェット公爵は彼らをかくまって何をしようとしているのか、それを確かめる必要があった。
ベンジャミンと彼の味方のラドゥロフ帝国の新皇帝一派がどれほど情報を集めることができるのか、それによっても状況は大きく変わる。
ラドゥロフ帝国の新皇帝一派は後顧の憂いを断つために、前皇帝の妻子を逃がすことはできない。
ベンジャミンのようにひそかにヘンウッド国にもぐりこませている仲間を使って、前皇帝の妻子がどこに匿われているのか、必死になって探っている最中だ。
この件についてベアトリスが動いたところで大して役に立つとは思えないため、前皇帝の妻子の居所の捜索は彼らに主導させておいたほうがいい。
「ラドゥロフ帝国の前皇帝の妻子なんて存在は、プリチェット公爵にとっても諸刃の剣だと思うの。なのにどうして、彼らをかくまうなんてしているのかしら」
「君の見立てでは無意味なことをする人間ではないのだろう? では、プリチェット公爵にとって都合のいい何かがあるのだろう。だけど、ここで議論しても、情報が少なすぎて答えが出るわけじゃない。ベアトリス、夜はきちんと休むべきだ。答えの出ないことを考えすぎて寝不足になって体調を崩せば元も子もないだろう?」
「……はい」
エドワードの言うとおりだ。
寝不足でまた熱でも出したら、エドワードは再びびっくりするほど過保護になる。まあ、いつも過保護なのだが。
エドワードがベアトリスの背中をぽんぽんと叩いた。
これ以上考え事を続けたら怒られそうなので、ベアトリスは素直に目を閉じる。
――あなたは、アナスタージア様によく似ていらっしゃる。
ふと、眠りに落ちる寸前に、プリチェット公爵と交わした昔の会話を思い出した。
ベアトリスは確かに母アナスタージアにも似ているが、父の面影も色濃く受け継いでいる。
だからよく似ているといわれてもピンとこなかったが、プリチェット公爵は感情の読めない瞳で、じっとベアトリスを見下ろして言った。
――ああ、本当に……忌々しい。
あの時の声は、氷のように冷たかった。
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