束の間の平穏 1
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運行を再開したモロニー・ロイヤル・エクスプレスは、無事にダインリル国のエルガー駅に到着した。
時刻は昼の十二時を過ぎたところ。
汽車の中で殺人事件があったこと、それから国際警察による事情聴取が行われると知り、乗客たちは騒然となった。
モロニー・ロイヤル・エクスプレスは事情聴取のためにエルガー駅に四日ほど停車する予定らしい。
その後、運転を再開すると聞いて、ベアトリスはひとまずほっとした。もしかしたら調査のために別の汽車に乗り換える必要があると思ったからだ。
貴族や富豪向けの豪華寝台列車の方が、乗り降りする客も限られるし、チケット購入の際に身分の確認がしっかりされる。
不特定多数の人間が乗り降りする寝台列車よりもよほど安全なのだ。
実際に暗殺者が乗り込んでいて命を狙われた身で何を言うのかと思うかもしれないが、他と比べるとずっとましなのである。
エルガー駅に滞在する間のホテルは、鉄道会社が負担してくれた。
ベアトリスとエドワードは駅の隣にある高級ホテルのスイートルームが手配された。身分的に配慮されたのだろう。少し申し訳ないが、こちらも護衛の観点から考えると、この手のセキュリティのしっかりしているホテルの方がありがたいので、ありがたく使わせてもらうことにした。
ベアトリスとエドワードからの聴取は明日行われるというので、二人はさっそくホテルに向かった。
「なかなかいい部屋だな」
部屋に入って、エドワードは部屋の隅から隅まで確認をすると、納得の表情を見せた。
「窓は嵌め殺しだし、出入り口は一か所だ。まあ、侵入された時に逃げることを考えるとちょっと難点はあるが、逆に侵入経路が一つしかないのは助かる」
「そうね。バスルームも部屋についているし、ルームサービスも頼めるから、極力外に出なくてもよさそう」
「それは少し残念だな。四日も拘束されるのだから、少しくらい観光したかったんだが」
窓から見える街並みは、雪化粧されていてとても美しかった。
遠くに見える教会は荘厳で、中央広場にある時計塔は優美だ。
エドワードの言う通り、少し見て回りたくなる街並みである。
いくらプリチェット公爵でも、他国に暗殺者を放ってはいないだろう――そう考えるのは早計だ。
とはいえ、汽車に暗殺者を潜り込ませていたことから、汽車内でケリをつけるつもりだったのだろうし、ましてやエルガー駅で四日も拘束されるなんて想定外だろう。
ならば、ここは安全だと考えていいだろうか。
油断はできないが、せめてベンジャミンと合流したあとならば、少しくらい羽を伸ばす時間は取れるかもしれない。
「ふっ」
ベアトリスが真剣に悩んでいると、エドワードが小さく噴き出した。
「その顔、真剣に遊ぶことを考えているな」
「あ、あなたが観光なんて言うから」
「行きたくなった?」
図星を突かれて、ベアトリスは赤くなる。
エドワードはそんなベアトリスをふわりと抱きしめて、こつんと額を合わせた。
「遊びたくなるのはいい傾向だ。君は気を張りすぎる。たまには緩めないと、張り詰めた糸はいつか切れてしまうだろう?」
「……観光、できるかしら?」
「遠くに行かなければ、きっと。まあその前に、新しく味方になったやつと合流しなければならないんだけどね。悔しいけど、多少羽を伸ばすのなら、君を守る人間が俺のほかにもう一人必要だ」
「そういえば、ベンジャミンはどこで合流するつもりなのかしら。エルガー駅でって手紙に書いてあったけど、それらしい人はいなかったわね」
「まあ、俺たちがすぐにホテルに直行したからね」
確かに。駅で待っていたほうがよかっただろうか。
だけど、駅には人が多くて、安全面を考えるとあまり長時間滞在したくなかったのだ。
「今からでも駅に行った方がいいと思う?」
「いや、少し待ってみよう。案外こちらの動きを察して――」
エドワードがそう言ったとき、コンコンと部屋の扉が叩かれた。
思わず肩に力が入る。
「君はここにいて」
エドワードがベアトリスから離れて、慎重に扉に近づいた。
「何か?」
扉の外に向けて問いかけると、ややして返答がある。
「ルームサービスをお持ちしました」
「頼んでいないが」
「ウェルカムサービスでございます」
エドワードは入り口に付けられた覗き窓から外を確認し、ゆっくりと扉を開ける。
すると廊下にはベルボーイの制服に身を包んだ男が立っていた。ルームサービスのフルーツとドリンクを乗せたワゴンが彼の目の前にある。
男はくすんだ褐色の髪にヘーゼル色の瞳。
穏やかで人当たりのよさそうな顔立ちをしているが、ベアトリスはわずかな違和感を覚えた。
「……ベンジャミン?」
「おや、もうバレましたか。髪を染めて顔も変えてみたんですけど……」
ベアトリスは彼を部屋の中に招き入れた。
エドワードはワゴンを押して入って来たベンジャミンに変な顔をする。
「いったいいつここで働きはじめたんだ」
「正式に雇用されているわけではありませんよ。制服を着てあたかも職員ですという顔をしていたら、この手の大きなホテルなら案外簡単に潜り込めるものです。全員の顔を覚えている人間は少ないですし、見ない顔だと言われたら最近雇用されたと言えば、だいたいが納得します。制服は適当に盗みました。ああ、あと、このルームサービスは本当ですよ」
そう言いながら、ベンジャミンはあたかも本物のベルボーイのような優雅さでソファ前のローテーブルの上にフルーツの盛り合わせとドリンクを並べた。
そして、まったく悪びれない様子でにこりと笑う。
「ということですので、私もこの部屋に滞在させてください。スイートなので部屋数は足りているでしょう? モロニー・ロイヤル・エクスプレスの乗務員『ベンジャミン』は殺人犯の汚名をかぶったので、運行を再開してもう乗務員として潜り込めませんし、お二人の使用人になるのが一番だと思うんですよね」
確かに、使用人ならば話はつけやすいし、疑われたりはしないだろう。
ベアトリスはすぐにベンジャミンに気が付いたが、彼の変装はよくできていると思う。気づく人は少ないはずだ。
エドワードを見れば、彼は仕方なさそうにため息をついた。
「ベアトリスの安全を考えるのならその方がいいか。だが、荷物は? 着替えも何も持っていなさそうだが」
「それならこの町で調達します」
「呼び名は?」
「ありふれた名前なのでベンジャミンのままでもいいですけど、外での呼び名はベンにしましょうか。念のため。その方が使用人っぽいですし」
「わかった」
スイートルームには使用人が使う部屋もあるため、ベンジャミンにはその部屋を使ってもらうことにした。使用人という体ですごすのでその方がいいと彼が判断したのだ。
他にベッドルームは二つあるし、何ならその一つを使ってくれてもよかったのだけど、彼は形から入るタイプのようで、使用人になりきることにしたらしい。
ひとまず、ベンジャミンと合流で来たので一安心というところだろうか。
ベンジャミンはこれから着替えなどの必要なものを買いに行ってくるというので、ベアトリスとエドワードは彼が運んで来たウェルカムサービスをいただきながら時間を潰すことにした。
「ベンジャミン……じゃなかった。ベンがいるなら、明日の聴取が無事に終われば、明後日あたりに観光ができそうだな。せっかくだ。つかの間の休息だと思って楽しもう」
ベアトリスは、「あーん」と彼に差し出されたオレンジを口に頬張りつつ、笑顔で頷いた。
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