もう一人の目的 6
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ベアトリスが話を終えると、ベンジャミンはぱちぱちと軽く手を叩いた。
エドワードが表情を険しくし、わずかに剣を鞘から抜く。
「何がおかしい?」
エドワードの低い問いに、ベンジャミンは心外だと言わんばかりに肩をすくめた。
「おかしいわけではありませんよ。ただ、感心していただけです。まあ、いずれ答えにたどり着くだろうとは思っていましたし、もしたどり着けないのならそれでもよかったんですけどね」
「どういう意味だ」
「私は私の目的があって動いていると言うことですよ」
そう言うと、ベンジャミンはがらりと雰囲気を変えた。
足を組み、その上に頬杖をついて、まるで値踏みするような目でベアトリスを見やる。
その様子は泰然としていて、傲慢ではないが、決して客に従う汽車の乗務員という風ではなかった。
エドワードが不快そうに眉を寄せたが、ベアトリスはむしろ、ベンジャミンの今の様子にさほどの違和感も抱かなかった。むしろその態度の方がしっくりくる、不思議とそんな気がしたのだ。
「アンソニアが殺害されたのは、ラドゥロフ帝国と関係があるのではないかと考えています。違いますか?」
「あっていますよ。私の残したメッセージに気づいてくださったようで、嬉しいです」
やはりあの真珠のネックレスはメッセージだったのだ。
ならばベンジャミンは何をしたいのか――否、ベアトリスに何をさせたいのだろうか。
これ以上の腹の探り合いは無意味だろう。
ベアトリスはそっとエドワードの腕を叩いた。
彼は仕方なさそうにわずかに抜いていた剣をしっかりと鞘に納める。
「ベンジャミン、あなたは目的があると言いましたけど、その目的はわたしの目的と重なるところがありますか? 回りくどいのは好まないので単刀直入に言いますが、わたしは自分の駒がほしいです」
「デイヴィッド・プリチェットを追い落とすために?」
「ご存じだったのなら、より話が早いですね。それで、あなたの目的は?」
ベンジャミンは少しだけ考えるそぶりを見せてから、ニッと口端を持ち上げた。
「私は自分の隠れ蓑が欲しいんですよ。私が自由に動ける隠れ蓑が。それにあなたがなってくれると言うのならば、あなたの駒に組み込まれてもいいですよ」
「自由」と「駒」という言葉はどうにも矛盾しているように聞こえるが、彼の中ではさほどの矛盾もないのかもしれない。彼は「駒」でありながら「自由」を得るつもりだ。それができると自負している。なるほど、ベンジャミンはベアトリスが思っている以上に大物かもしれない。
「それを判断するには、まずはあなたが何者であるのかを教えてもらわないといけません。わたしのことはすでに把握しているでしょう? あなただけわたしを知っていて、わたしがあなたについて知らないのは、公平な取引とは言えません」
「なるほど、その通りですね」
ベンジャミンは指先でとんとん、と己の膝を叩いた。
どうやらベンジャミンにとって己が何者であるのかを語ることは、躊躇われることらしい。
明らかにこれまでの余裕な様子とは異なった動作だった。
しばらくして、ベンジャミンはそっと息を吐き出した。
「いいでしょう。私が何者かを語って、もしあなたたちの様子が変わっても、私は自力でここから逃げ出せますからね」
ピリッとエドワードの纏う雰囲気が尖る。侮辱されたと思ったのだろう。
ベンジャミンはエドワードの剣を躱し、この場から逃走できると言っている。つまりは、エドワードより自分の方が強いと言っているに等しい。
それなりに剣の腕に自身のあるエドワードにしてみたら面白くないだろう。
(だけどまあ、暗殺を生業にしている人とエドワードでは、エドワードの方が分が悪いのは確かよね)
そして、エドワードはあくまでもベアトリスを守ることを優先する。
ベンジャミンが逃げようとしても、遠くまでは追いかけない。ベアトリスをここに一人残すという選択肢は、彼の中にないのだ。
だからこそ、ベンジャミンはこの場から余裕綽々で逃げられる。
エドワードもそれは理解しているはずだ。だが、頭で理解しても感情というのは別である。彼は存外、高い矜持を持っている。
(今日はしばらく機嫌が悪くなりそうね)
ベアトリスはエドワードをなだめるように軽く腕を撫でた。
「どんな情報が出て来ても、逃がしませんよ。ベンジャミン。わたしは手駒が少ないんです。三年離れていたヘンウッド国の内情もわからない。たとえ利害の関係であっても、信用できる人間は一人でも多い方が嬉しいんです」
逆に、利害が一致しているからこそ信じられるとも言える。
「わかりました。先ほども言いましたが、逃げるのは簡単ですからね。ただ、私にとってもあなたは非常に都合のいい隠れ蓑になりそうだ。ならば、こちらとしてもあまり逃がしたくはない」
「一応、ありがとうございますと言っておきますね」
「ええ。もちろん。褒めているつもりですよ」
全然褒められた気はしないが、まあいい。
ベンジャミンは、一呼吸おいて、言う。
「私は、ラドゥロフ帝国の前皇帝を、憎んでいます。――私の名前はヴィタリー。ヴィタリー=アクロフ・エリストラートヴァ。前皇帝により殺害された、エリストラートヴァ大公を父に持つものです」
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