もう一人の目的 2
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エドワードに促されてベッドに横になる。
彼はベッドの縁に腰かけた。
「ラドゥロフ帝国のことだったね。とはいえ、さほど詳しいわけじゃないんだが。あの帝国で内乱が起きた時にはこちらに影響が出ないように対策に駆けずり回ったから、まあ、多少なら知っているという程度だよ。それでいい?」
「ええ」
ラドゥロフ帝国は大陸の北にある。
国土は広いが、その半分を永久凍土に覆われた寒い地域だ。
ベアトリスが知っているのは、ラドゥロフ帝国が国際同盟に加入していないこと、それから、一年前に内乱が勃発し、少し前に皇帝が代わったことくらいだった。
距離も離れていれば、ラドゥロフ帝国は鎖国的な国なのであまり情報が入って来ないのである。
「内乱についてはベアトリスも知っているよね。一年ほど前に、反皇帝派が蜂起した。悪政を敷いていた皇帝の味方は少なく、内乱勃発から半年ほどで皇帝勢力はほぼ壊滅状態になったそうだよ。皇帝は捕らえられ、今から三か月ほど前に公開処刑された。新しい皇帝はそれまでの王朝とは違う血脈から立ったようで、どうやら彼は国際同盟に興味があるらしい。まだ実現していないけど、いずれ同盟加入について話し合いの席が持たれるだろう。だけどそれには障害もある」
エドワードは手を伸ばし、ベアトリスの額を撫でる。
そうされると安心して眠くなってくるのでやめてほしいが、優しい彼の手は止まらない。
「ラドゥロフ帝国の皇帝――前皇帝と呼ぶべきだな。彼は処刑されたが、内乱が起きた直後に、家族をどこかへ避難させていたらしい。その中にはすでに青年に達した皇子もいた。その皇子が戦力を集め、国を取り返そうと動かないとも限らない。そのため国際同盟は加入条件に、ラドゥロフ帝国の前王朝の生き残りである皇子の処刑と、その他の家族の幽閉を条件に上げているんだ。再び争いが起きて、その争いに同盟国として巻き込まれるのは困るからね」
「前王朝の生き残りはまだ見つかっていないの?」
「残念ながらね。どこに雲隠れしているのか」
「……アンソニア・エアトンがラドゥロフ帝国の生き残りの可能性は?」
「それについては何とも言えない。ラドゥロフ帝国の前皇帝の家族の顔を知っているわけじゃないからね。あの皇帝の一家は皇帝と皇妃を除き、国際社会に顔を出さなかったから。とはいえ、各国も間諜を潜り込ませているはずだからね。調べようと思えば調べられるだろう」
汽車が運転を再開し、次に到着するのはダインリル国エルガー駅だ。
ダインリル国は国際同盟に加入しているため、同盟各国から人を集めて組織されている国際警察に調査依頼をかけられる。
「もし、アンソニアがラドゥロフ帝国の前皇帝の血筋なら……プリチェット公爵にとって大きな打撃になるわね」
「そうなるだろうね。少なくとも、宰相の椅子から蹴り落とすくらいの力はある情報だ。だけどねベアトリス。ヘンウッド国にとっても打撃になる。ヘンウッド国の貴族、それも公爵であり宰相職に就いている男がラドゥロフ帝国の前王朝の生き残りをかくまっているんだからね。もしアンソニアがそうであるなら、この情報は諸刃の剣だ」
エドワードの言う通りだ。
もしアンソニアが前王朝の生き残りであるなら、ヘンウッド国王にも飛び火する。
もし、宰相やその一派のみを糾弾し、国際社会から向けられる非難を最小限に抑えようとするならば、自国内で証拠を集めてプリチェット公爵と彼に加担したものたちを捕縛し罪に問うた上で、国際同盟の国々に詫びつつ事情を説明。その後、ラドゥロフ帝国の前王朝の生き残りの身柄を差し出すのが最善の策だろう。
「君はアンソニアがラドゥロフ帝国の前王朝の生き残りだから殺害されたと思っている?」
「そうね。彼女が殺害される理由は、現在そのくらいしか思いつかないけれど……問題は、彼女を殺害した暗殺者がアンソニアの同僚であることよ。彼(、)とラドゥロフ帝国に、何か繋がりがあるのかしら」
「ベアトリス、彼とは誰のことだ。君は何がわかったんだ。俺にも教えてくれ」
「そうね。……まだ、確証を持っているわけではないんだけど」
ベアトリスは上体を起こしてエドワードを手招く。
彼が寄せた耳に、ベアトリスが自分が考えている相手の名前を伝えると、エドワードは目を丸くした後で、妙に合点した顔になった。
「そう言えば、あの男は時折、足音をさせずに歩くんだ。普段は違うんだが。油断していると癖が出るのかもしれない」
なるほど、暗殺者なら日ごろから足音を殺して歩く癖がついているかもしれない。
ベアトリスは足音にまで注意を向けていなかったが、さすがは武術も得意なエドワードである。
エドワードは不安そうに眉を寄せた。
「それで、どうするつもりだ。それがわかった以上、俺は一刻も早くここから離れたいんだが」
「駄目よ」
ベアトリスは首を横に振った。
「アンソニアがラドゥロフ帝国の前王朝の生き残り、もしくはその関係者だったことが理由で殺害されたのなら、彼はラドゥロフ帝国の前王朝に強い恨みを抱いているはずだわ。……味方に引き入れるチャンスよ。ううん、もっと味方に欲しくなったわ。彼は何かを知っているはずよ。プリチェット公爵を追い落とすのに、彼ほど重要な切り札はないわ」
「君は怖くないのか?」
ベアトリスは少し考えた。
そして、薄く笑う。
「そうね。そうだわ。不思議と、彼が怖いとは思わないの。わたしの前では、一切殺気を発しなかったからでしょうね。彼の目的は、わたしの命じゃないと思うの」
「彼がアンソニアを殺害した後で部屋を荒らした理由は」
「それはたぶん」
ベアトリスがベッドから降りようとすると、エドワードが軽く手をかざして止める。
「何が欲しい。取ってこよう」
ベアトリスは過保護な彼に苦笑して、宝石箱を取ってきてほしいと伝える。
エドワードが宝石箱を取って来ると、ベアトリスはその中から真珠のネックレスを取り出した。
「この真珠、銀色がかった白でしょ? これ、北の海で取れる真珠なの。珍しいのよ。真珠の多くは温暖な海で採れるんだけど、この真珠を作る貝は寒い海を好むの。……ラドゥロフ帝国に面している海よ。たぶん彼は、わたしを試したんでしょうね。答えにたどり着くかどうか。わざと物取りに見せかけて部屋を散らかして、死んだアンソニアの手にこのネックレスと持たせたの」
そう考えると、彼はベアトリスを試すと同時に、こちらとコンタクトを取りたがっているようにも思える。
「彼の目的についてはこれ以上ここで議論しても答えは出ないでしょうね。直接聞いてみるしかないわ」
「直接って、この部屋に呼ぶつもりか?」
「内緒話だもの、他の部屋は使えないでしょう?」
エドワードは難しい顔になった。安全を考えているのだろう。
相手は暗殺者。殺しを生業とするものだ。エドワードがいくら手練れでも、殺しを生業にしている人間と渡り合えるかどうか――そんなことを考えている顔である。
「やはりうちの家から何人か人を連れて来るべきだった」
ベアトリスは笑って、エドワードの腕をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫よ。相手の目的はわたしの殺害じゃないわ。だって……こんなことは言いたくないけど、彼がわたしの殺害を目的としていたのなら、わたしはこの汽車に乗ったその日に殺されていてもおかしくないもの」
身の危険があると理解していたのに、どうしてその可能性に至らなかったのか、ベアトリス自身も不思議なくらいだ。
そのくらい、彼はまったく無害な雰囲気を醸し出していたということである。
そして今ベアトリスが生きていることが答えだ。
エドワードは諦めたように息を吐いた。
「わかった、君の望むままに。だが、絶対に彼に近づきすぎるなよ。――今から呼ぶか?」
「ええ」
エドワードは頷き、立ち上がると、コンパートメントの扉に付けられているベルの紐を引っ張った。
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