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もう一人の目的 1

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 残り二つの手紙の暗号を解読して見てわかったことは二つだった。

 一つ、アンソニア・エアトンの出身国が北のラドゥロフ帝国であったこと。

 二つ、アンソニア・エアトンのほかにこの汽車にはプリチェット公爵の息のかかった暗殺者が潜り込んでおり、その人物と協力して仕事にあたるよう指示されていたこと。


「アンソニア・エアトンが暗殺者だった場合、どうしてももう一つ疑問が生まれるんだけど、この手紙の内容でその答えがわかったわ」

「というと?」


 ベアトリスは解読した手紙を封筒に戻し、三通ともすべて鍵のかかる箱の中に収めた。


「暗殺者の彼女が、どうしてほとんど抵抗をした痕跡がほとんどなく殺害されていたのかってこと。もし仕事中に何者かが訪れたら警戒するでしょう? 暗殺者には気配に敏感だし、いくら何でもまったく気づかずに殺害されるはずないと思ったんだけど、相手が顔見知りなら油断もするでしょう。ましてや、『仲間』だと思っていた相手なら」

「するとつまり、アンソニア・エアトンは仲間の暗殺者に殺されたってことか?」

「そうだと思うわ。というか、そうであってほしいわね。この上、三人目の暗殺者がこの汽車に乗っているなんて思いたくないもの」


 アンソニア・エアトンを殺害したのが彼女の仲間の暗殺者でない場合、もう一人別の暗殺者が同乗していることになるのだ。

 アンソニア・エアトンを殺した人間の目的がわからない以上、警戒しなくてはならない見えない相手が二人に増えるのは勘弁してほしい。

 ベアトリスはティーカップに手を伸ばし、ゆっくりと中身の紅茶を飲み干す。


「仕事が同じであるのに、どうしてアンソニアを殺害したのか。邪魔に思ったのか、仲違いをしたのか、はたまた、他に理由があるのか。ただ、少なくともアンソニアは、その何者かがコンパートメントを訪れた際、油断していたはずよ。そして背後を取られ殺害された」


 その何者かが、アンソニアの脳幹や中脳に到達する場所を刺したのは、最初に背中を刺せば抵抗される可能性が高かったからかもしれない。

 背中の刺し傷が致命傷であっても、即死とはいかないだろう。出血多量で亡くなる場合、多少なりとも鼓動が止まるまで数十秒、場合によっては一分以上の時間を有する。

 アンソニアが暗殺者ならば、それだけの時間があれば反撃に転ずるだろう。

 だから、全身の神経の集中している脳幹や中脳を刺し、相手の動きを封じたのだ。


 この時点でアンソニアの死は確実だったろうが、そこであえて背中にも短剣を突き立てた。ほかならぬ、アンソニア自身の短剣を。

 これはメッセージだ。

 アンソニアを殺害した暗殺者は、何かのメッセージを残そうとしたのだ。

 その相手は、単純に考えるならばあのコンパートメントを使っていてベアトリスである。


 相手はベアトリスに何を伝えたかったのか。


(次はお前だ? ううん、そんな単純な事じゃないわ。というか、もしそうならアンソニアを殺したりするかしら? 彼女を生かしておいて協力させた方が仕事が楽だもの)


 昨夜、アンソニアがベアトリスの命を狙ったのならば、彼女を狙った何者かもコンパートメントにベアトリスがいると思っていたはず。

 その上で、アンソニアを殺害して部屋を荒らすのはどうにも――どうにも?


「ああ……」


 ベアトリスは思わず呻いた。


「どうした? 熱でもぶり返したか?」


 エドワードがベアトリスの額に手を伸ばす。

 ベアトリスはゆっくりと頭を振る。


 わかった。

 わかってしまった。

 アンソニア・エアトンを殺害した人物が、何者であるのかが。


 だけど、依然として目的はわからない。

 彼は、敵なのか、味方なのか。


「エドワード、ラドゥロフ帝国について知っていることを教えてくれないかしら。たぶんわたしより、あなたの方が他の国の事情に詳しいでしょう?」

「それが今回の事件と関係あるのか?」

「わからないわ。だけど、相手の目的がわからない限り、できるだけ情報が必要よ。アンソニアの出身国はラドゥロフ帝国だった。だったら、彼女が殺害された理由も、ここにあるのかもしれないわ」


 エドワードはふむ、と小さく頷いた。


「わかった。だが、やはり顔色が悪いよベアトリス。横になろう。話しなら横になっていてもできる」

「そう、ね」


 エドワードが顔色が悪いと指摘するくらいだから、きっとそうなのだろう。

 自分でも頭から血の気が引いたのがわかった。

 モロニー・ロイヤル・エクスプレスに乗ってから今日までの自分の迂闊さに吐き気がしそうだ。


(やっぱりわたし、エドワードと結婚してから三年で、昔の緊張感を忘れていたんだわ)


 ベアトリスがヘンウッド国にいた頃ならこのような失態はしなかっただろう。

 ありとあらゆることを警戒したはずだ。

 兄のニコラスは爪を研いで戻って来いと言ったが、すっかり丸く切ってしまった爪が、再び鋭く研げるようになるまではまだ時間がかかりそうである。





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