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暗殺者の手掛かり 3

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 昼食を終えて、ベアトリスとエドワードは、ベンジャミンに案内されてアンソニアの荷物を確認しに向かった。

 後方の支援部隊を乗せてきた汽車の、最後尾にある倉庫にアンソニア・エアトンの荷物は保管してある。

 アンソニアの遺体もマイケル医師の検死が終われば倉庫内に安置することになる。


 倉庫は暖房器具がないため、外気とほとんど変わらない室温だ。

 倉庫内に取り付けられた温度計を見れば氷点下を三度を指している。

 これだけ冷たければ遺体の腐敗は防げるはずだ。


「ベアトリス、大丈夫か? 寒いだろう」

「大丈夫よ」


 ベアトリスは白い息を吐きながら微笑む。

 ここに来る前にしっかりとコートを着込み、手袋をはめてきた。

 寒いには寒いが、凍え死ぬほどの寒さではない。


「持ち運びできる石炭ストーブがあるので持って来ましょうか?」

「頼む」


 ベアトリスが遠慮する前に、ベンジャミンの提案をエドワードが受けてしまった。

 持ち運びできると言っても石炭ストーブなので重かろう。ベアトリスは申し訳なく思ったが、ベンジャミンはにこやかに「取ってまいりますね」と言って倉庫から出て行った。


「アンソニアの荷物はどこかしら?」

「ベンジャミンが戻って来るのを待とう。ああ、ほら、顔がこんなに冷たくなっている」


 エドワードが手袋を脱ぎ、ベアトリスの頬を両手で包み込んだ。

 温かい体温にホッと息をつく。


「さすがに顔まで布で覆えないもの。でも、手袋を脱いだらあなたが寒いわ」


 ベアトリスはベンジャミンの手に自分の手を重ねた。

 ふわふわの毛糸の手袋をはめているので、これで少しは暖かいだろうか。


「それにしても、君の言う暗殺者は本当に乗客乗員の中にいるのか?」

「この状況では逃げられないもの、まだいると思っているわ」

「物語で、汽車の屋根に張りついて仕事をする諜報員の話を読んだことがあるが、そのようにして乗客乗員以外の人間が密かに入り込みそして、こっそりと出て行ったとは?」

「うーん、この外気温だと、現実的ではないんじゃないかしら? 逃げるにしても人が寝静まった夜になるでしょう? 夜はもっと気温が下がるし、近くの駅までは半日以上歩かなくてはいけないもの。あまり賢いやり方とは言えないわね」

「相手は賢くないかもしれない。何せ、アンソニアの遺体は非常にわかりやすかった。一流の暗殺者なら自然死を装うことだってできただろう。背中のナイフを刺したのは不必要で、あれでは気づいてくれと言っているようなものじゃないか」


 ベアトリスはハッとした。


「今、なんて言ったの?」

「だから、背中のナイフは――」

「その次よ」

「ああ。気づいてくれと言っているようなものだ、と」


 ベアトリスはエドワードを見上げて目を見開いたまま硬直した。


(そうよ。どうしてその可能性にたどり着かなかったのかしら?)


 暗殺者は何故、アンソニアの背中にナイフを刺したのか。

 きっとそこには意味があるのだろうと思ったが、その可能性には至れなかった。


(もし、あのナイフが暗殺者のメッセージだとしたら……、いえ、でも待って。どうしてそうする必要があるの? お兄様やお父様の息のかかった暗殺者なら直接コンタクトを取ってくるはず。じゃあ、「暗殺者」は、誰と繋がっているどこの誰?)


 ベアトリスは後ろを振り向き、倉庫に積み上げられて木箱に視線を向ける。

 アンソニア・エアトンは何者であったのか。きっとそこに「暗殺者」を知る手掛かりがある。


 気持ちが逸っていると、ベンジャミンが石炭ストーブを抱えて戻って来た。

 ストーブに火がともされると、じわじわと温かくなっていく。

 それでも室内はまだ寒いが、ストーブの側にいると幾分かましだった。しばらくしたら室温も上昇するだろう。


「ありがとうベンジャミン。重たいものを運んできて疲れているところ申し訳ないのだけど、アンソニアの荷物はどこかしら?」


 重たいストーブを運んで来たベンジャミンは、まったく疲れを見せない爽やかな微笑を浮かべて、積み上げられている木箱の中から一つを運び出して来た。


「こちらでございます。コンパートメント内にあった荷物は、すべてこちらに収めております。少し前にあちらに使っていないテーブルを運んでおきましたので、よろしければご利用ください」

「ありがとう」


 ベアトリスは木箱の蓋を開けて、中に収められているものを一つずつ確認していく。

 入っていたものは、ドレスなどの服が多く、次いで靴やバッグなどが多い。これらを納めていたと思われるトランクは何の変哲もないものだった。あとは化粧品や細々としたものだ。

 ベアトリスは考えて、木箱からトランクを取り出した。

 エドワードがすかさずそれをベアトリスの手から取りあげる。


「俺が持とう。あちらのテーブルに持って行けばいいか?」

「ええ、お願い」


 倉庫の端に置かれた木製の長方形のテーブルにトランクを運ぶ。

 トランクを開けば、若干トランクの方が大きいほどのテーブルだ。

 開いたトランクの内側は布張りで、布の内側にはクッション材料として多少の綿が詰められているようだった。


 トランクの中身は空っぽだ。乗車した際にすべて取り出してクローゼットや棚に収めたのだろう。

 ベアトリスは注意深く空っぽのトランクの中を確かめ、そして布の内側を探るように手で触れた。

 しばらく指先を滑らせていたベアトリスは、一か所で手を止める。


「このトランク、たぶん二重構造だわ」

「何?」

「わたしもこういうタイプのトランクを持っているの。この布、たぶんきっとこのあたりに……あった」


 一見そうとはわからないように、布を止める金具がついている。

 金具から布を外していけば、トランクの内側を覆っていた布は綺麗にはがれ、その下に薄く綿が敷かれ、さらにその下にまた布があった。下の布もやはり金具で止められている。

 下の布もはがすと、トランクの材質である木材がむき出しで現れた。


「ほら、この板、箱型になってる」


 一見するとただのトランクを形作っている気の板に見えるが、実は厚さ五センチ程度の木箱だった。トランクの内側にぴたりと沿う木箱を慎重に取り出し蓋を開ける。

 ベアトリスと共に箱の中身を覗き込んだエドワードがギョッとした。


「これは……」


 ベアトリスは、ぐっと眉を寄せた。


「どうやら、彼(・)女(・)も(・)ま(・)た(・)暗(・)殺(・)者(・)だ(・)っ(・)た(・)ようね」





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