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暗殺者の手掛かり 2

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 バー車両の席は、半分ほど埋まっていた。

 することがないので、乗客たちはバー車両か図書・娯楽車両で時間を潰していることが多いようだ。

 深い緑色のソファが並び、各々が紅茶やお菓子、またはアルコールを片手に談笑している。


 奥にはピアノと小さなカウンターがあり、カウンターの奥には乗務員が一人立っている。

 ベアトリスとエドワードは、二人掛けのソファに並んで座り、カウンターの奥に立つ乗務員とは別のサービス係に紅茶とケーキを頼んだ。

 十分ほどして、サービス係が戻って来る。


「本日の茶葉はラボック国産のセカンドフラッシュでございます。ケーキはモロニー・ロイヤル・エクスプレスのオリジナルレシピとなっておりまして、下から濃厚なチョコレートスポンジに、マスカルポーネを合わせたクリーム、ラズベリー風味のムースを重ね、その上に下とは触感の異なる軽やかなスポンジ。別添えのクリームはお好みでご使用ください」

「ありがとうございます」


 モロニー・ロイヤル・エクスプレスに乗車してからベアトリスははじめてバー車両を使用したが、あまりにも美味しそうなケーキに、もっと前から利用すればよかったと少し後悔した。


「エドワードは食べないの?」

「俺は君が幸せそうに食べているのを見る方が好きだからね」


 う、とベアトリスは言葉に詰まる。

 頬が熱くなってきたのを感じた。


(もう! そんなことを言われたら食べにくいじゃない……)


 フォークを手に躊躇っていると、エドワードがにやりと笑う。


「食べにくいようなら食べさせてあげようか? 家ではよくやっていただろう?」

「じ、自分で食べるわ」


 こんな人目のあるところでケーキを食べさせてもらうなんて恥ずかしすぎる。

 ちらちらとエドワードの視線を気にしつつ、ベアトリスは一口目を口に運ぶ。

 濃厚なチョコレートの味がまずガツンときて、その後でベリームースとマスカルポーネクリームの爽やかさが追いかけて来る。クリームに混ぜられているのか、後味にほんのりミントを感じられた。これは美味しい。

 一緒に出された紅茶も、適度な渋みがあり、けれども主張が強くないので、濃厚なチョコレートケーキにマッチしている。


「今までバー車両を利用しなかったのはもったいなかったわ」

「そんなに美味しい?」

「すごく!」

「じゃあ、あーん」


 エドワードが当たり前のように口を開けて一口よこせと言って来る。

 ベアトリスはぎょっとし、それから素早く左右に視線を走らせると、フォークでケーキをすくい取って彼の口に入れた。


「うん、美味しい」

「二口目が欲しいなら自分で頼んで」

「はいはい。でも一口で充分だよ」


 エドワードが優雅にティーカップを傾ける。

 ベアトリスはケーキの残りを口に運びながら、殺害されたアンソニア・エアトンについて考えた。


 アンソニア・エアトンという名前は、十中八九偽名だと思っている。

 泥棒イコール貧乏とは限らないので、彼女が一等車のコンパートメントに乗っていたことについてもさほどの疑問は抱いていなかった。


 だが、アンソニア・エアトンが泥棒ではなかったとしたらどうだろう。

 泥棒ならば、一等車のコンパートメントに乗ってる乗客に対して無差別に盗みを働いたと考えられ、たまたまベアトリスの部屋に入ったと考えることができた。


 しかしそうでないなら、はじめからベアトリス、またはベアトリスが持っている何か、と狙っていたと仮定することもできる。

 すなわち彼女はベアトリスが乗っていることを知っていてモロニー・ロイヤル・エクスプレスの一等車のチケットを取った――または、そのチケットを持っていた人間から奪い取った、と推察することもできるわけだ。


(単純に考えるなら、もともとチケットを持っていたのが本物のアンソニア・エアトンで、彼女のチケットを奪い取ったからその偽名を名乗っていたとも考えられるわね)


 そうなってくると、本物のアンソニア・エアトンの安否が心配される。

 だが今は、他人の心配をしている状況ではない。

 本物のアンソニアの安否については、すべてが終わるまでは頭から追い出すべきだろう。


(結論は、アンソニアの持ち物を確かめてからでないと出せないわね)


 なにかしら手掛かりになりそうなものがあればいいのだが。

 ケーキを食べ終えて、紅茶でのどを潤しつつ少しばかり休んだ後で、ベアトリスとエドワードは昼食のために食堂車に向かう。


 乗客の中にアンソニアを殺害した「暗殺者」がいるのなら、果たしてそれは誰なのだろう。

 また、アンソニアがベアトリスと間違えて殺害されたのではないのならば、その「暗殺者」の目的はなんなのだろうか。

 そして、今回の事件にプリチェット公爵は関係しているのだろうか。

 プリチェット公爵が関係していない「暗殺者」ならば、ベアトリスはその人物を手駒にする必要はなくなる。


(そもそも、暗殺者なのに殺害の痕跡を堂々と残していくのは二流の……待って?)


 ベアトリスはハッとした。

 何故、アンソニアの遺体には明らかな「他殺」の痕跡が残っていたのか。

 一流の暗殺者なら痕跡は最小限に抑えるはずだ。


(ナイフは持っていると危険だから残していったと考えられたけど、首の後ろに針のようなもので刺した跡が残っていたわよね)


 あの傷が脳幹や中脳にまで達していたのならば、その傷だけで「暗殺」の仕事は終わったことになる。


 確実に殺すために背中を刺した?

 ううん。

 暗殺者なら、脳幹や中脳を傷付ければ確実に死ぬことはわかっていたはず。


 あの背中のナイフは、不必要だ。

 明らかに、不自然。


(アンソニアの目的も気になるけれど、彼女をあんな形で殺害した「暗殺者」の目的って、いったい……)


 この事件は、ベアトリスが思っていた以上に複雑に絡み合っているのかもしれない。

 果たして、汽車が再び走り出すまでに、犯人である「暗殺者」を特定できるだろうか。


 胸に広がった焦燥に、ベアトリスはぎゅっと心臓の上を押さえた。





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