幕間 回想
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男はただ薄く微笑み、空気に溶けるように気配を消して佇んでいた。
木に飴を塗ったような美しい光沢のマホガニーの壁。
寝台列車という特性上、廊下は人ひとりすれ違うのがやっとという狭さだが、こだわりぬいた内装はもはや芸術品の域だろう。
寝台列車の中でも最高峰を謳うモロニー・ロイヤル・エクスプレスは、ただ移動を目的とした汽車ではない。汽車に乗車することがすでに旅の一つとなり、娯楽となる。それを目的に作られた汽車だった。
だからこそ、残念でならない。
男は特殊な職業に従事している傍ら、ひどく芸術を愛していた。
本来ならばこんな仕事を引き受けたくもなかった。
否――、ゆえに、この手段を選んだとも言えよう。
そして結果はまだ出ていない。
(私は美しいものが好きでね)
外見、内面、知性……。
美術、風景、建築……。
そういう性格から、男はあえて自分の特殊な仕事にも芸術性を求めてきた。
しかし今回。
はじめて、己の信念を曲げて見た。
ああ――
男はそっと瞼を伏せる。
思い返すのは昨日の深夜から本日未明にかけてのこと。
時間にして、わずか五分もないだろう。
ベアトリス・モランのコンパートメントに侵入した女は、室内の様子に怪訝そうな顔をしていた。
男は音もなく女の背後に回り、素早く口を塞ぐと同時に愛用の武器で女の首の後ろを突いた。
長い針は中脳に達し、女がビクンと痙攣する。
これでもはや声は出せまい。
命の灯も放置していれば十秒も立たずに消えるだろう。
だが。
男は針を抜くと、女の背中に短剣を深々と突き立てた。
いつもならば、このようなことはしない。
男の美意識に反する行為だからだ。
けれども今回はあえて無駄を選択した。
息絶えた女をうつぶせに倒し、男はもうひと仕事を開始する。
(私はね、醜い人間は嫌いなんだよ。ものも、そして人もね)
そうして男は、クローゼットに手をかけた――
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