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アンソニアの謎 4

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 ひとまずこれで容疑者が二人減ったわけだが、依然として多いのは多い。

 二等客室は最大で二十八名が乗車できるが、現在二等客室は満員ではなく、乗車しているのは合計で十九名だ。

 乗務員を除けば、その十九名が容疑者ということになる。


 この二等車両に乗っている十九名のうち、コンパートメントを一人で使っている――つまり、まだ相部屋の人間がいないのは、五名だ。

 単純に考えればこの五名が一番暗躍しやすいだろうが……。


 ベアトリスは少し考えて、ノートのページをめくる。

 二等車両のコンパートメントを一人で使っている五名は以下の通りだ。



 アリベラ・マイヤー 女。二十八歳。ラボック国ポーレット駅乗車。妹が出産間近とあって、手伝いのために帰省する最中。本人はラボック国で家庭教師をしている。



 ミッキー・モナハン 男。四十一歳。ラボック国ポーレット駅乗車。ラボック国へ出張しておりその帰り。



 リンダ・ウェルシュ 女。三十七歳。プリチャール国エルキン駅乗車。ウェルシュ男爵夫人。娘の婚家に遊びに行く途中。



 デーモン・ミラー 男。十九歳。プリチャール国バレル駅乗車。駆け出しの画家。長期の仕事が決まり、その仕事先へ向かう途中。仕事内容は、新しく建設される教会のフレスコ画を描く画家の助手らしい。



 ギル・ブレブナー 男。二十七歳。プリチャール国アストリー駅乗車。職業不明。気ままな一人旅を満喫中。



「犯人が男性と仮定したら、ここから三人に絞り込めるけど……」


 だが、必ずしも犯人が一人部屋を使っているとは限らない。あくまでも現段階で犯人の可能性が高い人間としての候補として挙げておくべきだ。

 それから、特出すべき点は、二等車両のコンパートメントは乗客が増えれば相席となる。そのとき他に乗客がいないコンパートメントのチケットを取ったからと言って、その後に停車する駅で同じコンパートメントを利用する客が載ってこないとも限らない。


 つまり、コンパートメントを一人で使用できるのかは、運次第なところがあるのだ。

 そう言う点で考えると、汽車が緊急停車する直前のプリチャール国アストリー駅乗車で乗車したギル・ブレブナーが一番怪しくなるが、これも、汽車が緊急停車したからであり、そうでなければ同日中の昼には次のダインリル国エルガー駅に停車していた。

 そこでギル・ブレブナーのコンパートメントに相席者が現れるかどうかは、こちらもやはり運次第ということになるわけだ。


「犯行が可能か不可能かのみで判断するには、容疑者が多すぎるわ」


 できれば一人一人話を聞いてみたいところだが、人数が多い上に、アンソニア・エアトンが殺害された件については乗客に混乱を招かないために伏せられているのだ。質問しようにも核心をついた問いかけはしにくいし、各々を呼びだせば不審がられる。

 ベアトリスはじっとノートを見つめて考えていたが、さすがに煮詰まって来た。


「エドワード、事件のあったコンパートメント……この部屋に移る前のコンパートメントに行ってみない? 見落としがあるかどうか調べたいわ」

「わかった。昼食までまだ時間があるし、ノートと睨めっこしていても埒が明かないからな」


 ベアトリスとエドワードは廊下に出て、最初に使っていたコンパートメントへ向かった。

 ベンジャミンが気づいて、当然のようにやって来る。


「どうなさいましたか?」

「ちょっと、現場を見たくて。鍵は掛かっていますか?」

「ええ、現場保全のために掛けさせていただきました。開けますか?」

「お願いします」


 ベンジャミンは鍵束の中から該当の鍵を見つけると、鍵を開けた。

 ベアトリスはなんとなくその鍵穴の周りに付けられている傷跡に目をむける。

 ひっかき傷のような、鋭利なもので傷付けたような、そんな傷跡が鍵穴の周りに無数についていた。おそらく、アンソニア・エアトンが盗みに入る際に何かで鍵を開けようとしてついた傷だと思うが……。


「開きましたよ。次のエルガー駅に鉄道警察が部屋を確認することになると思うので、あまり動かさないようにお願いします」

「わかりました。そういえば、次の駅で汽車を乗り換えるようになりますか?」

「おそらくは。ただ、警察の捜査が入るので、もしかしたらすぐの出発にならずに、その……」


 ベンジャミンは言葉を濁したが、状況によっては数日、事情聴取のために拘束されるかもしれない、と言い出いのだろう。

 アンソニア・エアトンが殺害されたのは明白であるため、警察はその犯人を捜索することになる。

 どの程度拘束されるかは警察の判断次第だろう。

 これが暗殺者の仕業なら、警察がいくら捜査したところで捕まるまいとベアトリスは思っているが、それを言うわけにはいかないし、言ったところで信じるかどうかもわからない。


(おそらく、駅に到着した時点で隙を見て逃げるでしょうし)


 だからこそ、トンネルの落石除去が終わり、運転が再開するまでに該当の人物を見つけたいのだ。こちらの陣営に、抱き込むためにも。

 警察の対応はそのあとで考えればいい。


 ベアトリスはエドワードと共に部屋に入る。

 散らかっていたドレスは宝石類はすべて片付けたので、絨毯に残る変色した血の染み以外、これと言って不可解な点はない。


「アンソニアが泥棒に入って、すぐに殺害されたのよね」


 口に出してつぶやいた後で、ベアトリスはふと疑問を持った。


「おかしいわね。相手の狙いがわたしであれば、明らかに不審な動きをしているアンソニアに襲い掛かって殺害するかしら?」

「どういう意味だ?」

「ほら、考えても見て。あなたが追いついてきたことを犯人が知らないにしても、時刻は深夜よ。普通はベッドで寝ていると思うでしょう? そうじゃなくても、部屋の主が自分で収めたクローゼットの中身や宝石類を物色なんて……」

「なんて?」

「――なんで、ドレスや宝石類は散らばっていたの?」

「ベアトリス?」


 エドワードの呼びかけも耳に入らず、ベアトリスは部屋の中をうろうろと歩き回った。

 思考が高速で回転する。


 思い出せ。思い出せ。

 考えろ。考えろ。



 昨夜。いや、日付が変わっていたので今日。

 ベアトリスたちが駆けつけたのは、午前一時頃のこと。

 アンソニア・エアトンは部屋の中にうつぶせに倒れていた。

 背中にはナイフが刺さっている。

 彼女の手には真珠のネックレスがあった。

 クローゼットが開けられてドレスが床に散らばっており、宝石類も宝石箱から出されてやはり床に散乱していた。


 何故か。


 アンソニア・エアトンは泥棒に入ったのだ。

 もし、ベアトリスがアンソニアならばどのように行動する?


(もし、わたしなら――)


 コンパートメントの扉の鍵を開けて入る。

 まずは、部屋の主がどこにいるのかを確認するだろう。

 眠っているのならよし。


 ベアトリスは、ベッドに確認しに行く。

 部屋の主はいない。バスルームからも音はしない。きっとこの部屋はゆえあって無人だろう。

 ベアトリスは安心して、盗みを開始する。

 一等車とはいえ、コンパートメントである。

 大切なものをしまう場所なんて限られている。


 クローゼットか、トランクの中。

 クローゼットを開ける。ドレスが並んでる。

 次にトランクを開ける。宝石箱を見つける。

 財布はなさそうだ。

 ドレスも、盗んで持ち運ぶにはかさばりすぎる。

 狙うのは宝石だ。宝石ならきっと隠しておける。


 すべて盗もうか。

 いや、宝石箱ごとごっそりなくなっていたら、部屋の主が戻ってきてすぐに気づかれる。

 盗むのならば、宝石箱から一つか二つ。

 そう、すぐに気が付かない量だ。


 宝石箱を開ける。中を確認する。

 盗むのならば――


(かさばるネックレスよりブローチや指輪)


 そうだ。ベアトリスならそうする。

 中にはサファイヤの指輪が入っていた。

 カメオも。

 ああ、大粒のピンクパールのブローチもあったはず。

 ベアトリスは宝石箱の中からブローチを一つ盗み出す。


 あとは、元あったように。

 何事もなかったように――



 ここまで考えて、ベアトリスはハッとした。

 もし、アンソニア・エアトンが泥棒ならば、部屋の中が荒らされていたのはおかしいと思った。

 もっと言えば、タイミングだ。

 モロニー・ロイヤル・エクスプレスは緊急停車中。

 運転再開まで三日程度かかると言っていた。

 つまり、本日の未明に宝石を盗んでも、アンソニアは少なくとも次の駅に到着するまで逃亡できない。


 何日もこのままで過ごすのだ。

 時間が経てば経つほど、盗みが露見する可能性が高くなる。

 ベアトリスならそう、運転再開する直前の夜を狙うだろうか。つまり今日じゃない。


「ねえ、エドワード」


 ベアトリスは勢いよく振り返った。

 金色の艶やかな髪がふわりと広がる。

 眩しそうにエドワードが目を細めて笑った。


「何かわかったみたいだね」

「ええ。というよりは、ねえ、アンソニアは本当に泥棒だったのかしら?」

「うん?」

「アンソニア・エアトンは、泥棒目的でこの部屋に入ったわけではないかもしれないわ」





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