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アンソニアの謎 3

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「まずは、アンソニア・エアトンが殺害されたと推測される時間から、物理的に犯行が可能な人物とそうではない人物を分けて言った方がいいわよね」


 アンソニア・エアトンの殺害時刻は十一時四十分過ぎから翌午前一時前までの一時間と少しの間と推察できる。


 アンソニアが殺害された一等車両はバー車両と図書・娯楽車両に挟まれている。

 バー車両側にはほかに、燃料庫とスタッフ車両、食堂車がある。

 図書・娯楽車両がある方面には二等車両と倉庫が。

 各車両には専属の乗務員がついているが、ベンジャミンによれば、バー車両から最後の客であるチャド・ゴダードたちが出払ったあと、乗務員がバー車両の片づけをしていたそうだ。その時刻はおおよそ十一時四十分ごろから深夜零時十分ほどの間。その間、バー車両側から一等車両に何者かが向かえば、片づけをしていたベンジャミンたち乗務員が目撃しているはずである。


 ではその後はどうだろう。

 バー車両の片づけが終わった時刻、深夜零時十分ごろから十五分間――深夜零時二十五分までの間、スタッフ車両にて乗務員会議が開かれていた。

 これには基本全員参加のようで、二等客車両を担当していた乗務員も参加しただろう。

 そうなれば、その時間に合わせて彼らは二等客車両がある側から一等車両を超えてスタッフ車両に向かったはずだ。つまり、深夜零時十分ごろまでに、彼らは移動を終えていた。


 ならばここで深夜零時十分から二十五分の空白の時間が発生する。この十五分を第一候補としておこう。

 ではその後、深夜零時二十五分以降はどうだろうか。

 乗務員会議に参加していた乗務員は会議が終われば各々就寝の準備をはじめるが、数名が最後に一度見回りをする。

 とはいえ、客室の扉には窓ははまっていないため、部屋の中を覗き込むわけでも、扉を開けて中を確認するわけでもない。


 ざっと廊下を歩いて見回りをすませるだけだが、見回りをする際に一等車寮の廊下を乗務員が通ることになる。

 その正確な時間はわからないが、ざっと十分かそこらというところだろうか。

 ならば仮に、深夜零時二十五分から深夜零時三十五分としておこう。この間の犯行は不可能だったと仮定して、二つ目の空白時間は深夜零時三十五分から、ベンジャミンがふとコンパートメントの施錠確認をしようと思い立った時間、すなわち午前一時前までだ。ここが第二の犯行時間の候補となる。

 現状でベアトリスが想定している犯行時間は第一候補と第二候補のみ。つまり。


 犯行時間候補一。深夜零時十分から二十五分の間。

 犯行時間候補二。深夜零時三十五分から午前一時前。


 どちらも、時間にしてそれほど長くはない。

 とはいえ、手慣れた暗殺者ならこの短い時間で犯行は可能だろう。


「どう思う、エドワード」


 ベアトリスがメモの内容を確認しつつ口に出して自分の考えを伝えると、エドワードはベアトリスの髪を指に巻き付けて遊びながら、「うーん」と唸った。


「アンソニア・エアトンの殺害が可能だった時間帯という意味ではその候補二つでいいと思う。だけどここに、アンソニア・エアトンがベアトリスの宝石類を盗みにコンパートメントに侵入していたと仮定したらどうかな」

「そうね、その場合……第二候補が優勢になるわね。泥棒に入ったくらいだもの、アンソニアは乗務員の行動をある程度把握していたと思うわ。だったら、乗務員が仕事を終えて就寝したあとで動き出すわよね」

「まあ、この時点で二つある候補を一つに絞り込む必要もないだろうからね。その時間帯に犯行が可能だった人間を調べればいいだろうが、正直言って、ほとんどの人間が該当するだろうね。まあ、乗務員は二人部屋だというから、同室の人間の目をかいくぐっての犯行は厳しいだろうし、彼らは除外してもいいかもしれないが」

「一等客室に泊まっている老夫婦はどうかしら。場所を考えると、彼らが一番動きやすいのだけど」

「老人だからと言って除外はできないが……彼らはどこで乗り込んだんだろうか。情報はある?」

「もちろんよ。ベンジャミンに聞いたわ」


 ベアトリスはノートのページをめくった。



 エルトン夫妻(夫ジョージ・エルトン六十八歳。妻ミシェル・エルトン六十七歳)。オルブライト国バートン駅から乗車。住まいもバートン地方で、その地を治めているバートン伯爵の遠縁。今回の旅は仕事ではなくプライベートな旅行で、目的地はリネハン公国。



「バートン伯爵に確認を取ればすぐにわかるだろうが、この状況だと確認できるのは次の駅に到着したときに電報をとばしてもらうしかないな。それまで待ちだ。バートン伯爵やその一家の顔ならわかるが、さすがに親戚一同を知っているわけじゃないからね」


 社交界に顔を出していれば、どこかで会ったことはあるかもしれないが、さすがに挨拶に来た人間すべてを覚えているわけでもない。

 とはいえ、エドワードは王子で公爵だし、ベアトリスはその妻だ。あちらは顔くらい知っているはずだが、この汽車にベアトリスたちが乗車していることに気づいているのだろうか。


(食堂車で顔を合わせるとはいえ、離れた席にいたらわからないでしょうね)


 夫妻で旅行を楽しんでいるのならば、わざわざ乗客に誰がいるかなんて人間観察をするとも思えない。

 そんなことを考えた時だった。

 コンパートメントの扉が控えめに叩かれて、エドワードがベッドから降りる。

 ベアトリスもエドワードの後を追えば、彼が開いた扉の外。狭い廊下には、件のエアトン夫妻が立っていた。


「突然申し訳ございません。あのぅ、エドワード殿下とベアトリス妃殿下とお見受けしたのですが、ご挨拶だけでもよろしいでしょうか?」


 ベアトリスとエドワードは一度顔を見合わせて、それから夫妻を部屋の中に案内した。

 念のため、コンパートメントの扉は開けたままにしておく。外にはベンジャミンが控えているから、何かあれば彼がすぐに動いてくれるだろう。

 ベンジャミンに頼んでお茶でも運んでもらおうかと提案したが、エルトン夫妻は長く邪魔はしないと言って首を横に振った。


「去年開かれたメイジャー伯爵家のパーティーで殿下と妃殿下にはご迷惑をおかけいたしまして、改めましてそのときのお礼を申し上げたかったのです」


(去年のメイジャー伯爵のパーティー?)


 ベアトリスは記憶を掘り返した。

 王子妃で公爵夫人であるベアトリスは、結婚してから毎年、数えきれないほどのパーティーに招待される。さすがに全部の招待を受けることはできないので厳選しているが、去年だけで三十ほどのパーティーに参加しただろう。


(メイジャー伯爵はわかるけど……)


 メイジャー伯爵主催のパーティーに参加したのは、去年は一度きり。場所は首都にある彼のタウンハウスだ。「ご迷惑」という言葉を使ったからには、その際に何かあったのだろう。


 そこまで考えて、ベアトリスはあっと声を上げた。


「ああ、お孫さんの。確か……モーズレイ子爵令嬢でしたね」


 思い出した。エルトン夫妻に会ったことがある。

 あの時、エルトン夫妻は娘夫婦と孫娘とともにパーティーに参加していて、その際、ちょっとした騒動が起きたのだ。


 彼らの孫娘のモーズレイ子爵令嬢が同年代と思われる数名の貴族令嬢に絡まれていたのだ。

 モーズレイ子爵令嬢はパーティーの数日前に婚約を発表したのだが、どうやらその貴族令嬢たちの集団の、一番目立っていた――言い換えればお山の大将っぽい――令嬢は、モーズレイ子爵令嬢の婚約者を狙っていたらしい。


 モーズレイ子爵令嬢が意中の男性と婚約を発表したために逆恨みして、寄ってたかって彼女を陥れようと画策していたようだった。

 当然見ていて気分のいいものではなかったが、厄介なことにその貴族令嬢の集団は伯爵家や侯爵家の令嬢の集まりで、周囲の人間もなかなか彼女たちを諫められないでいた。


 主催者は気づいておらず、挨拶回りで忙しい様子。

 そのため、あの場で一番身分が高かったベアトリスが代表して仲裁に入ったのである。

 断片的に聞こえてくる会話から、貴族令嬢集団は身分を笠に着て騒ぎ立てているようだったので、それならばそれ以上の身分の人間が現れたら黙ると思ったのだ。


 案の定、彼女たちはベアトリスの登場に怯えたように逃げ出した。

 時間にしたらわずか十五分足らずの出来事だ。

 あの後もエルトン夫妻やモーズレイ子爵夫妻、そして本人であるモーズレイ子爵令嬢から丁重にお礼を述べられたが、あのような騒ぎは意外とよくあるものなので記憶に片隅で忘れられていた。


「あの時は本当にお世話になりました。おかげさまで孫娘は、この秋に結婚いたしまして」

「まあ、それはおめでとうございます」

「ありがとうございます。実は、妃殿下が乗車されていることには、私どもがバートン駅で乗車した後ですぐに気が付いたのですが、その、お一人だったのでお声をかけていいかわからず、ご挨拶が遅れました申し訳ございません」

「お気遣いなく。せっかくの旅行中ですもの、小難しいことは考えず楽しんでください」


 一人で乗っていたと言われて少し気まずくなったベアトリスは、早々にこの話題を切り上げようとした。まさか短い家出のようなものだったなんて言えるはずもない。

 エルトン夫妻はもう一度丁重な礼を述べると、「お邪魔いたしました」と言ってコンパートメントを出ていく。

 二人を見送ったベアトリスは、小さく安堵の息を吐いた。


「二人が偽物の線は、なくなったわね」

「そのようだ。俺も思い出したよ。記憶に残っていたのはご夫君ではなく、泣きそうな顔で礼を述べに来た細君の方だけどね。孫娘の婚約をまとめたのは自分だったのだが、間違いだったのだろうかと言ってすごく悲しそうな顔をしていた。無事に結婚できたようでよかったよ」





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