アンソニアの謎 1
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モロニー・ロイヤル・エクスプレスのコンパートメントに戻ると、ベアトリスはベンジャミンに紅茶を二人分頼んで、さっそくテーブルの上にノートを広げた。
エドワードが仕方のなさそうな顔で苦笑している。
「休めと言ったところで休まないんだろうな」
「ええ。時間がないもの」
エドワードが追いつてきた以上、ベアトリスの立ち回り方は彼の今後――それこそ、最悪命の問題にまで関わるほど、彼の人生を左右する。
油断なんてできないし、能天気に休むなんてこともできない。
「わかった。じゃあ君がそのノートに必要なメモを取り終わったらベッドに行こう。ノートを見返しながら考えるのは、横になっていてもできる」
「それは……」
「これは俺の妥協案だ。もう一択も聞きたいか?」
もう一択はきっと「メモも取らずに休む」だろう。ならば頷くしかない。
「わかったわ。じゃあ、メモを取ったら横になるわ」
ベアトリスにとって情報をメモすることは昔からの習慣で、考えをまとめるうえでなくてはならないものだ。
(一度、時系列順にまとめて行きましょうか)
ベアトリスはまだ何も書かれていないページを開き、ペンを握った。
十一月二十三日。
※ベアトリス、オルブライト国首都オルグレン駅にて、モロニー・ロイヤル・エクスプレスに乗車。
十時五十分。出発。
※ベアトリス、十二時過ぎから十二時四十五分ごろまで、食堂車にて昼食。
十四時二分。オルブライト国バートン駅到着。
十四時十分。オルブライト国バートン駅出発。
十七時二十四分。オルブライト国ウィンター駅到着。
十七時二十九分。オルブライト国ウィンター駅出発。
※ベアトリス、十八時半ごろから十九時過ぎまで、食堂車にて夕食。
十九時三十二分。ラボック国ポーレット駅到着。
同駅で簡易点検、食糧、燃料の補充あり。
十九時五十分。ラボック国ポーレット駅出発。
※ベアトリス、二十三時ごろに就寝。
※車内において特出すべき不審点なし。
十一月二十四日。
六時三分。ラボック国ベラム駅到着。汽車の簡易点検。
六時四十分。ラボック国ベラム駅到着出発。
※ベアトリス、六時半ごろ起床。水を一杯飲み、扉の下に挟まれていた車内新聞を確認。特に気になる項目なし。
※ベアトリス、七時十五分過ぎから八時前まで、食堂車にて朝食を取る。
十時三十分。プリチャール国エルキン駅到着。
十時三十七分。プリチャール国エルキン駅出発。
※ベアトリス、十二時頃から十二時四十五分ごろまで、食堂車で昼食を取る。
十四時四十分。プリチャール国エヴァット駅到着。
十四時五十分。プリチャール国エヴァット駅出発。
十七時二十分。プリチャール国バレル駅到着。簡易点検、食糧燃料補給。
十七時五十分。プリチャール国バレル駅出発。
※ベアトリス、十九時ごろから二十時ごろまで、食堂車で夕食。
※車内において特出すべき不審点なし。
十一月二十五日。
五時五十分。プリチャール国アストリー駅到着。汽車の点検作業(長め)。
※アンソニア・エアトンが殺害された夜、最後までバー車両に残っていたチャド・ゴダード(三十二歳。実業家。焦げ茶色の髪に黒い瞳)、モートン・ヒルズ(三十五歳。実業家。銀色の髪に灰色の瞳)、ランドル・ムーア(ムーア子爵。赤茶色の髪に焦げ茶色の瞳)、ショーン・グレグソン(三十七歳。グレグソン伯爵令息。三男のため継ぐ爵位はない。金髪に緑色の瞳)が乗車する。二等車両。彼らはこの次に停車する予定のダインリル国エルガー駅で降りる予定。
六時五十分。プリチャール国アストリー駅出発。
※ベアトリス、六時半ごろ起床。少し肌寒く感じたため、ベンジャミンに頼んで温かいハーブティーを一杯運んでもらう。車内新聞を確認。天候が少々崩れ気味で、この先雪が降ることを確認した以外、特出すべき項目なし。
※ベアトリス、七時半ごろから八時過ぎまで、食堂車にて朝食を取る。
八時過ぎ。トンネル前に落石確認。モロニー・ロイヤル・エクスプレス緊急停車。救援信号を上げ、プリチャール国アストリー駅出発から返答の信号が上がる。
ベンジャミンが落石により緊急停車が余儀なくされたこと、すぐに救援部隊が到着し次第、落石の撤去作業に入るが、恐らく三日ほどは停車したままの可能性があることを告げに来る。
※ベアトリス、十二時五分から十二時五十分ごろまで、食堂車で昼食。
十五時ごろ、救援部隊到着。
※救援部隊と同じ汽車に乗って、夫エドワードも到着し、ベアトリスと再会。
※ベアトリス発熱により、コンパートメントで眠る。その後体調が悪化し、医務室へ移る。
※特出すべき点。深夜にアンソニア・エアトン殺害。
十一月二十六日。※本日
深夜一時前。医務室にベンジャミンが駆けこみ、ベアトリスのコンパートメントで女性が刺されているのを発見したと報告。医師のマイケル、ベンジャミンと共に、ベアトリスとエドワードもコンパートメントへ向かう。
※コンパートメントでアンソニア・エアトンの死亡が確認される。
※アンソニア・エアトンの遺体、運び出される。
※ベアトリス、エドワードともに、医務室に戻り、休みつつ朝を待つ。
六時過ぎ、まだ暗いうちからベアトリス、エドワード起床。
※医務室からコンパートメントへ移る。
※ベンジャミンから、部屋を移る提案を受ける(アンソニア・エアトンが使用していた一等車両へ)。
※ベアトリスとエドワード、荷物をまとめてアンソニア・エアトンが使用していた一等車両へ移る。
※特出すべき点。コンパートメントの窓の鍵はかかっていた。クローゼットやトランクは物色された痕跡あり。アンソニア・エアトンは泥棒だった? ベアトリスと間違われて殺害された? アンソニア・エアトンは本名なのか。アンソニア・エアトンを殺害した人物は暗殺者なのか。痕跡から、非情に手慣れた人物による殺害と考えられる。アンソニア・エアトンの頬に残っていた指の跡などから推測するに、犯人は男である可能性大。
※ベアトリス 八時過ぎからエドワードと共に食堂車に移動して朝食。
※食事を終え、カフェオレを飲んでいたところにベンジャミンがやって来る。後方の救援部隊の乗って来た汽車内にて、医師、マイケルと会話。アンソニア・エアトンの背中に刺さっていたナイフに毒物が付着していたことを確認。他、彼女の首筋に細い針のようなもので刺した後あり。傷は脳幹や中脳まで到達している可能性あり。針のようなものは抜き取られ、持ち去られていた。
※探検について特出すべき点。刃渡り十五センチほどの、薄く装飾のない実用性重視の短剣。徳中だと思われる。
※その他、特出すべき点。十一月二十五日十一時四十分を少し過ぎた頃バー車両にいた最後の客(チャド・ゴダード以下四名)が退出。ベンジャミンがアンソニア・エアトンが倒れているのを発見したのが十一月二十六日深夜一時前のため、アンソニア・エアトンの殺害はこのわずか一時間程度の間に行われたと推測される。
ベアトリスがちょうどこれらのメモを書き終わった頃、外からドォオオオンと大きな音がし、窓やテーブルなどがカタカタと小さく揺れた。
思わず小さな悲鳴を上げて首をすくめれば、エドワードが近づいてベアトリスの肩に手を回す。
「大丈夫、落石を爆破している音だよ」
「そういえば、朝食の提供が終わった頃の時間から爆薬を使うと言っていたわね」
曇った窓を手でこするが、角度的にここからは落石の様子は見えなかった。
「けっこう振動があるのね」
「そうだな。あと数回は爆薬を使うだろう。安全確認をしてから爆薬を使用しているため、窓が割れるほどの衝撃は来ないはずだが、ベアトリス、メモを取り終えたのならベッドに行こう。それとも、爆音で腰が抜けたのなら抱えて行こうか?」
エドワードが茶目っ気たっぷりに目をつむる。
ベアトリスは笑って「腰なんて抜けてないから、自分で歩けるわ」とノートを手に立ち上がった。
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