真夜中の殺人 5
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
ベンジャミンに案内されて、モロニー・ロイヤル・エクスプレスの後方に停められている汽車に向かった。
後方に停められている汽車は五両編成で、そのうち四両に支援物資やら落石除去の道具屋らが積まれている。
万が一落石除去作業が長期化したときのために、食糧やら燃料も積めるだけ積んできたと聞いた。
そのうち、一号車が作業員たちの寝泊まりする部屋になっているが、アンソニア・エアトンの遺体はその部屋の一つに置かれ医師が詳しく調べていたそうだが、調査が終われば場所を移動すると言う。
作業員が寝泊まりする一号車は石炭を利用して部屋を暖めている。室温の高い部屋に置いておくと遺体の腐敗が進みやすいため、この後は末端の五号車に簡易的な霊安室のようなものを作る予定だと言う。
幸いにして外気は冷たく、必要とあらば、降り続いている雪がそれなりに積もっていた。遺体を保管するにはさほど困らない。
人とすれ違う時には体を横に傾けなければならないほどに狭い廊下を進み、先頭を歩いていたベンジャミンが焦げ茶色の扉を叩いた。
中から返事があり、扉を開く。
この車両の構造は二等車両と似ていて、各部屋に二段ベッドと、狭いスペースに二人が並んで座れる座席が壁に沿うようにしつらえられていた。
貴族や金持ち向けの一等車のコンパートメントは広々とした空間が確保されているが、二等車両のコンパートメントは隙間という無駄を極端に省いたという作りだった。
ちなみに、モロニー・ロイヤル・エクスプレスには用意されていないが、三等車両は寝台すらないらしい。座席が向かい合わせに設置されているだけで、人が少なければ座席に横になって眠れるが、そうでなければ座ったまま夜を明かすのだとか。
アンソニア・エアトンの遺体は二段ベッドの下段に寝かされていた。
顔には白い布がかけられ、医者がそうしたのだろう、胸の前で手を組んだ形に整えられている。
モロニー・ロイヤル・エクスプレスのこの医者はマイケル医師と言った。
白髪が半分ほど混ざった薄茶色の髪に水色の瞳の、ずんぐりむっくりした中年の男性で、鼻のところに引っかけるように丸眼鏡をかけている。
ここ数年で、医者の専門を細分化しようという動きが活発化してきて、内科だ外科だ、はたまたもっと細かい分野で専門を詠う医師が増えてきた。
けれどもマイケルほどの年齢の医師であれば、だいたいにおいての医療をほぼ網羅している。言い換えるならば総合的な医者とでも表現すればいいのか。
専門分野の細分化が進むにつれてマイケルのような医師は数を減らしていくだろうが、汽車や船、または貴族の邸に常駐する医者はこの手の総合的な知識を持つ人間が好まれる。
とはいえ、それでもやはり得意不得意な分野はあるようで、マイケルはそっと息を吐き出しながら首の後ろをかいた。
「いやはや、お待たせして申し訳ありませんな。試薬は持っていたんですが、この手の毒物検査の経験は少ないもので少々手間取ってしまいました」
コンパートメントが狭いので、ベアトリスとエドワードは立ってマイケルの話を聞いた。
ベンジャミンが邪魔にならないように廊下のあたりに下がる。
「こちらこそお手間をおかけしました。それで、いかがでしたか?」
マイケルはぐっと眉間に皺を寄せた。
「遺憾なことに、毒物反応が出ましたよ。細かく調べるには手持ちの材料では足りませんでしたが、恐らく矢毒に使われる毒物の一種でしょうな。とはいえ」
マイケルはそこで言葉を切り、首を横に振った。
「直接の死因は、毒によるものではありますまい。解剖したわけではありませんが、毒物が体内に回る前にすでに亡くなっていたでしょうな」
「やはり手慣れたものの犯行、ということか」
エドワードが言えば、マイケルは「そうでしょうな」と頷いて、少し迷ったそぶりを見せたのちに言った。
「もう一点、こちらも解剖しなければ判断がつきにくいのですが、気になる点がないわけではありません」
「何かあったんですか?」
「ええ、まあ。ほとんど他の外傷は見当たらないのですけどね、一点、首の、そう、このあたりに、小さな刺し傷があったんですよ。深さがどのくらいあるのかはわかりませんがね。ただ、この位置はねえ……」
エドワードがマイケルが自分の首の後ろを指した位置を見て、彼の言葉尻を拾った。
「脳幹、あるいは中脳が狙える位置ですか」
「ええ、どうもね、刺し傷の跡から角度を測るに、まあ、そういうことになるでしょうな。傷自体は二ミリに満たない。細く鋭利な針のようなもの、とでも言っておきましょうか。とはいえ、どのくらいの深さまでの傷であるのかは、やはり調べて見ないことにはわからないのですよ。表層だけの、深層部まで達していない傷かもしれない」
ベアトリスは白い布で顔が覆われているアンソニア・エアトンに視線を向けた。
殺害された時に、大きな音を……それこそ悲鳴を上げる間もなく息を引き取っただろうと思われるアンソニアだが、もし、首の後ろの刺し傷がエドワードの言うように脳幹や中脳に達していたのならば状況が変わるだろうか。
ベアトリスは軽く目を閉じる。
部屋の中にいるアンソニア・エアトン。
彼女はベアトリスの宝石類を探して部屋を荒らしていた。
その彼女に、何者かが背後から足音もなく近づく。
後ろから襲い掛かり、片手で口元を強く塞ぐ。
手早く首の後ろに細い針のようなものを指し、脳幹や中脳の神経を傷付けアンソニアを麻痺させ、その後、背中に一撃。
崩れ落ちるアンソニア・エアトン。
何者かは首の後ろから針を抜き、短剣はそのままにしてその場を去る。
この考えにおいて残る疑問は、首の後ろから脳幹や中脳を一突きにしたのならば、どうして背中に短剣を突き立てる必要があったのかということだ。
脳幹や中脳が傷つけられた時点でアンソニア・エアトンの死は確実だったろう。
わざわざ二撃目を加えたのは何故なのか。
確実性を狙ったのか。
いや、相手が暗殺者なら、人の殺し方は心得ているはずだ。
背中に刺さった短剣は、不必要な一撃だったと言えるだろう。
しかも、首を指した針は持ち去り、短剣は残した。
短剣は、見つかっても問題ないという判断か。
それとも、回収せずに捨て置いて法がいいという判断か。
「ドクター、背中から抜き取った短剣を見せていただくことはできますか?」
「構いませんが、これは運転が再開したら次のダインリル国のエルガー駅で警察に証拠として提出することになるでしょうからな。あまり不用意に触れない方がいいかと思いますぞ」
「そうですね。充分に注意します。それから、確認はこの場で」
マイケルは悩むそぶりを見せ、廊下に立っているベンジャミンに視線を向けた。
ベンジャミンが頷くと、短剣を保管していた箱を取り出す。
「気をつけてください。毒物は洗い流しておりませんからな。直接手を触れないよう」
「ベアトリス、箱は俺が持とう」
ベアトリスがベンジャミンから箱を受け取ろうとすると、エドワードがすかさずそれを取り上げた。
(まったくもう、過保護なんだから。短剣に触ったりしないのに)
ベアトリスは少しだけあきれて、けれどもその優しさをくすぐったく感じながら箱の中を覗き込む。
刃渡り十五センチほどの短剣だった。
刃の幅はそれほど太くない。一番太いところで五センチもないだろう。
「エドワード、わたし、武器にはあまり詳しくないのだけど、何か気になるところはあるかしら?」
「そうだな……」
エドワードは箱の中を覗き込んだ。
「この手の短剣にしては、少し薄い気がする。わざと軽量化されたもののように見えるな。武器を素早く振るために軽量化して作っているのかもしれない。おそらく特注だろうな。少なくともオルブライト国で多く出回っているようなデザインじゃない。装飾性は皆無だから、実用性重視で作られているな。あと、刃の中央にまっすぐ入ったこの溝。毒を塗ることを想定してのものじゃないか? この溝に毒物がしっかりと入り込むように作っているんだ」
エドワードの見立てに、マイケルも否やはないようだ。実際に刃の中央に走った溝からの毒物反応が一番強かったと言う。
(どう考えても素人じゃないわね)
やはり、暗殺者が紛れ込んでいるとみてよさそうである。
そうなれば、今朝の食堂車で暗殺者はベアトリス暗殺の失敗を悟ったはずだ。
昨日殺したのがベアトリスではなく別人だと気づいたはずである。
(たぶんまた狙って来るわ。でも、こちらが警戒しているのにも気付くはず。……さて、どういう手で来るかしら)
わざと隙を作っておびき出してもいいが、相手に目星もついていない現段階でそれをするのは危険だろう。
ベアトリスは「もう大丈夫です」と短剣をマイケルに返した。
「また何かあればお力添えをいただくかもしれませんが、ひとまずはこれで。ありがとうございました」
「いや、構いませんよ。そう言えば体調はいかがですかな。私の方は昨日から遺体にかかりっきりでしたが、熱は下がりましたかな?」
「ええ。おかげさまで。解熱剤が効いたようです」
「そうですか。ですが、ご無理はなさらず。風邪ではなく疲れからの発熱でしょうが、外は寒い。あまり歩き回らず、暖かい室内でゆっくり過ごされるようにしてください」
「はい、ありがとうございます」
ベアトリスはマイケルに一礼して部屋を出る。
廊下で待っていたベンジャミンが「もうよろしいですか?」と訊ねてきた。
「ええ、もう大丈夫です」
部屋に戻って、得られた情報をノートにまとめておきたい。
マイケルはゆっくりしろと言ったが、汽車が動き出すまでの、時間との勝負なのだ。
ゆっくりなんて、していられない。
面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ








