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真夜中の殺人 3

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 朝になって、ベアトリスはエドワードと共に自分のコンパートメントへ向かった。

 亡くなっていた女性の遺体は後続の救援部隊が載って来た汽車に移されたらしい。

 乗客たちには事件があったことを伏せておくつもりだという。


 幸いにしてあの女性は、一人で一等車のコンパートメントを予約していて、車内に知り合いはいないらしいというのが、ベンジャミンから得られた情報だった。

 その他で言えば、こうだ。



 アンソニア・エアトン。二十二歳。貴族令嬢ではないが、オルブライト国の富豪の娘。一人で一等車のコンパートメントを一部屋押さえ、優雅な一人旅中だった。



 客員名簿に登録されているこの情報の真偽のほどはおいておくとして、現時点で得られたあの女性の情報はこの程度である。

 ついでに、モロニー・ロイヤル・エクスプレスの車両編成についても明記しておこう。



 モロニー・ロイヤル・エクスプレス。

 全九車両。

 一号車から、燃料車両とスタッフ車両、スタッフ車両(その中に医務室あり)、食堂車両、バー車両と続き、一等車があるのは五号車だ。

 五号車の一等車は三部屋のコンパートメントに区切られ、ベアトリスが使っていたのは四号車のバー車両側のコンパートメントである。

 アンソニアが使っていたのは逆に六号車側のコンパートメント。

 真ん中のコンパートメントは老夫婦が使っている。

 六号車以下はこうである。

 六号車の図書・娯楽車両、七号車と八号車は二等車。九号車は倉庫だ。

 二等車は一つのコンパートメントが二人部屋となっている。七号車にそれぞれ二人部屋のコンパートメントが七部屋。八号車にも二人部屋のコンパートメントが七部屋だ。ベッドは二段ベッド。コンパートメントの中にシャワー室はなく、七号車と八号車の端にそれぞれ教養のシャワールームが設けられている。

 倉庫に収められているのは、食糧や汽車の修理道具などが主である。



 さて、ここでいくつかの疑問点についても解消できた。

 ベンジャミンが確認したところによると、一等車の真ん中のコンパートメントを使用していた老夫婦は、昨日、何の物音も聞かなかったそうだ。


 ちなみに、昨夜ベアトリスたちがコンパートメントに遺体を見に行った際にも気づかなかったようなので、熟睡していて周囲の音にひどく鈍感であったとも考えられる。


「窓の鍵は閉まっているようだけど、これについては何とも言えないわね。ただ、わたしは開けた覚えはないから、最初から閉まっていたとは思うけれど……」


 暗殺者が窓から侵入した可能性は、現時点では低いと考えていい。

 コンパートメントの入り口は一つで、鍵がこじ開けられた痕跡があることから、おそらく殺害されていたアンソニアがこじ開けたのだろう。


(たぶんだけど、アンソニア・エアトンって偽名だと思うのよね)


 ベアトリスは会ったことはないが、アンソニア・エアトンという名前は知っていた。

 紡績会社を営むエアトン社の社長の娘だ。

エアトン家はかなり裕福な家庭であり、また、蝶よ花よと育てられたアンソニアが部屋の鍵をこじ開ける術を知っているはずがない。

 ましてや、泥棒に入るなんて考えられなかった。

 なので、現時点においてベアトリスは、アンソニア・エアトンは偽名で、本名を別に持った女だろうと推測している。これは、オルブライト国のエアトン家に問い合わせればすぐにわかるだろう。


 とはいえ、汽車が緊急停車中の今、それをすぐに行うことは不可能なのだが。

 ベアトリスと共にコンパートメントの中に視線を這わせながら、エドワードが言った。


「食堂車で夕食の提供が終了したのが二十一時。ベンジャミンの話だと、提供が終わったあと二十一時半までには全員が食堂車から出ているそうだよ。バー車両に酒を楽しんでいた客がいたが十一時四十分を少し過ぎた頃には全員部屋を出たと、バー車両を担当している乗務員が証言している。汽車の車両編成から、バー車両を出た人間は必ず一等車の五号車を通る。つまり、犯行は少なくとも、十一時四十分を過ぎ、俺たちが駆けつけた深夜一時までの間に行われたとみていいだろう。おおよそ……一時間の間か」

「約一時間の間にアンソニアがわたしたちのコンパートメントの鍵をこじ開けて中に侵入。宝石類を物色しているところ、何者かに背後から刺されたってことね」

「そうなるな」

「ベンジャミンはいつコンパートメントに行ったのかしら?」


 ベアトリスがつぶやくと、扉のところで待機していた彼本人が口を開いた。


「私はバー車両からお客様たちが全員いなくなったあと、バー車両の乗務員と共に室内の片づけをしておりました。終わったのが深夜零時十分ほどのことで、その後でスタッフ車両に向かい、十五分の会議に参加しました。明日……すでに本日ですが、朝のスケジュールや配置などの確認です。だいたい夜に次の日の昼過ぎまでのスケジュールの確認を、昼すぎにそれから夜までのスケジュールの確認をする会議が十五分ずつ開かれます。会議が終わった後は、私はそのままスタッフ車両の自分の部屋に戻り就寝の支度をし、眠りにつこうとしたところでふと、モラン公爵夫妻のコンパートメントの鍵をきちんと閉めておいたかどうか気になり、確認に向かったのです。それがだいたい……深夜一時十分前かそこらだったと思います」


 そうしてランタンを片手にコンパートメントへ向かうと、扉が開いていて中で女性がうつぶせに倒れていた。

 背中にはナイフが突き刺さっており、ベンジャミンは一瞬、ベアトリスが殺害されたと思ったらしい。

 けれどすぐにベアトリスはエドワードと共に医務室にいることを思い出し少し安心したが、かといってこの状況は決して安心できるものではなかった。


 ベンジャミンは急いで医務室に駆け込み、医師に事情を説明。

 雰囲気的に死んでいると思ったが、それでもわからないので確認してほしいと、半ば動転しながら説明を続けていたところに、ベアトリスとエドワードが起き出したということだ。

 あとは知っての通りである。


「深夜十一時四十分から、深夜一時の間に、誰が何をしていたか知りたいところだけど、聞いたところでみんな寝ていたと答えるわよね」

「まあそうだろうな」


 ベアトリスは改めてコンパートメントの中を見る。

 クローゼットやトランクは荒らされているが、ほかに特出すべきところはない。

 しいて言えば、アンソニアが倒れていた部分に血のしみが広がっていることくらいだろうか。

 部屋の中から犯人の手掛かりを得るのは難しそうだ。

 ベアトリスがそっと息を吐き出したとき、ベンジャミンが言った。


「アンソニア・エアトン様のご遺体は外に運び出しておりますので、その、お部屋を移られますか? と言っても、殺害されたアンソニア様のお部屋はあまり気分がいいものではないかもしれませんが、ここをこのまま使われるよりは……」

「そう、ね。ここはこのままにしておきたいので、お願いしてもいいですか?」

「かしこまりました。すぐに清掃を終えますので、少々お待ちください」


 ベンジャミンが一礼して、他の乗務員を呼びに向かう。

 ベアトリスは床に散乱しているドレスや宝石類に視線を落とした。


「じゃあ、わたしも散らかっている物を片付けることにするわ。部屋をこのままにと言ったけど、さすがに着替えがないのは困るものね」


 幸いにして、クローゼットの外に散らばっているドレスは破れていないようだった。

 エドワードに手伝ってもらいながら荷物の片づけを終えた頃、ベンジャミンが呼びに来る。

 最後に部屋の中をもう一度振り返り、ベアトリスは思った。


(時間にして約一時間。この短い時間に終わらせたのならば、犯人は、バー車両から乗客が全員出て言ったのを知ってから犯行に移ったと考えるべきね)


 そしてそれを知るためには、バー車両にいるか、もしくは乗客が全員バー車両から立ち去るのを見ていなくてはならない。

 または。


(わたしたちが医務室に移動した後すでに、犯人はこのコンパートメントに侵入していた? ううん。それは考えすぎね。だってそれなら、わたしが医務室にいることを知っているはずだもの)


 ベアトリスの居場所を知っているのならば、アンソニアを間違えて殺害することもなかろう。

 まだ犯人の手掛かりが何も得られていないという焦りが、胸いっぱいに広がって、ベアトリスは人知れずため息をついた。





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