真夜中の殺人 2
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
コンパートメントから出て、ベアトリスはエドワードと共に医務室へ戻った。
今は深夜だ。あの場にいてもできることは限られる。
医務室のベッドで、エドワードの腕の中に納まって目を閉じたが、ベアトリスはどうも目が覚めてしまった。
エドワードの手があやすようにベアトリスの髪を梳いていく。
いつもならこうされるとすぐに眠りに落ちていたのに、今日は先ほど見た女性の遺体が頭から離れない。
金髪の女性。
背格好もベアトリスと同じ。
彼女はやはり、ベアトリスと間違えられて殺害されたのだろか。
相手に悲鳴すら上げさせずに命を奪うなんて、プロでもなければ無理だろう。
背中に刺さった短剣も、確実に急所を突いていると言う感じだった。無駄に何度も刺し直すことなく、一撃で相手の命を奪ったのだ。
(ヘンウッド国の暗殺者……暗部がプリチェット公爵に味方したのかしら。それとも、プリチェット公爵が個別で使っている暗殺者なのかしら)
どちらも問題だが、後者である方がましだろうか。
ヘンウッド国の暗部までプリチェット公爵の手に落ちたとは思いたくない。
それにしても、現在のヘンウッド国内において、父や兄たちの味方はどのくらい残っているのだろう。
ベアトリスは、父や兄に求心力がないとは思っていない。
忠誠を誓っている人間はベアトリスが記憶している限りそれなりにいた。
けれども狡猾なプリチェット公爵が、あの手この手――それこそ、金銭や相手の弱みを利用して自らの陣営の人間を増やしていたのは否めない。
人はそれぞれ、自分の物差しを持っている。
大切なものは、人によって異なる。
プリチェット公爵はその人の心の深淵とでもいうのか、その部分を的確について、手段を択ばすに相手を自分の手駒に加えていくのだ。
父や兄に忠誠を誓っていたからと言って、それが揺らがないとは言い切れない。
勢力図が欲しい。
できることなら、ヘンウッド国に入るまでに。
あの金髪の女性を殺害した暗殺者は、知っているだろうか。
人ひとり躊躇いもなく殺害した暗殺者が欲しいなんてどうかしているが、今のベアトリスは、少しでも自陣が有利に働く駒がほしかった。
罪悪感がまったくないとは言わない。
それでも、ベアトリスは選べる。
褒められた選択ではないと知っていても、どちらの選択が自分にとって有利に働くのならば、そちらを選ぶ。
もし世の中に天使や聖女などと言った清らかな存在がいるのならば、ベアトリスはきっとその対極にいるだろう。
清らかなどでは決してない。
人の心の汚い部分を理解して、それを利用する術も知っている。
策略を巡らせようとしているとき、ベアトリスは自分の足元から黒く汚れていく錯覚を覚える。
この黒が頭のてっぺんまで登ってきたら、ベアトリスはどうなるのだろう。
そんな、どうでもいいことをちらっと考えたりもする。
オルブライト国で過ごした三年はよかった。
汚いことなど何も考えなくてよくて、毎日が幸せだった。
きっとベアトリスにとって、目の前にいる彼こそが自分の良心なんだろうと思う。
その良心を捨てて逃げたのに、再び手元に戻って来た。
(わたしが非情になりきれなかったら、あなたのせいよ)
そう思う一方で、安心している自分もいる。
彼が、彼だけが、ベアトリスを正しく人間たらしめる。
ベアトリスが闇なら、きっと彼はその闇を照らす光なのだろう。
「眠れない?」
エドワードの腕の中でぼんやりしていたら、彼がベアトリスのつむじに唇を寄せて囁いた。
「そうね。神経が高ぶっているのかもしれないわ」
「あんなものを見たあとだからね」
まるでベアトリスが死体を見て怯えているかのように、エドワードは言う。
まったく恐怖を感じなかったわけではないけれど、死体に怯えて震えるほど繊細でもないと、彼だって知っているはずなのに。
ベアトリスにとって決して平和だったと言えなかったヘンウッド国で暮らしていた頃、人の死体は何度も目にしてきた。
メイド、従僕、名前も知らない下働き。
変死、自殺、毒殺。
十五歳で成人してからは、王族の義務として、処刑現場にも立ち会った。
はじめて処刑現場を見た時はそのあとで吐いてしまったけれど、今なら眉一つ動かさずにその場に留まれるだろう。
そのくらい、ベアトリスは他人の死に慣れてしまっている。
「……三年前に、意識が引き戻された気がしたわ」
ぽつんとつぶやけば、ベアトリスの腰に絡みついたエドワードの腕に力がこもった。
「この三年、ずいぶんと平和ボケしていたみたい」
「それでよかったんだ。そして俺は、できればこの先も、君の言うところの平和ボケのままでいてほしかった」
(わたしも、そうでいたかったわ)
でも仕方がない。
ある意味、ベアトリスが刈り取り損ねていた雑草だ。
しっかり駆除せずにあの国を出てしまったために、この三年であっという間にはびこってしまった。
だから今度こそ、小さな根一本すら残さずに根こそぎ抜ききってしまわなくては。
「オルブライト国は本当に素敵な国だったわ。本当に……間に数か国挟んだだけなのに、どうしてこうも違うのかしら」
「君の国だってずっと平和だったろう。ただこの時代に、厄介な悪魔が生まれただけだ」
「そうね。それでも……対処しようと思えば、きっともっと早くできたんでしょうね」
それこそ、プリチェット公爵が危険人物かもしれないとわかった時点で、暗部に命じて暗殺させておけばよかった。
プリチェット公爵が自身の派閥を拡大する前ならば、いくらでも機会はあったろう。
だが父王は、暗殺を選択肢に上げなかった。
父王は良くも悪くも善人だ。優しすぎる。だから、非情になり切れない。
不思議なものだ。
あんな優しい父の子が、自分や兄のような人間だなんて。
ベアトリスも兄のニコラスも、必要とあらばいくらでも非情になれる。
あの時、玉座にいたのが父ではなく兄やベアトリスなら、迷わず暗部に命令を下しただろう。それは確信できた。
でも、ベアトリスはあの優しい父が嫌いではない。
「ベアトリス、やはり君は疲れているようだ。いろんなことを考えすぎている。忘れているようだが、君の体調はまだ万全ではないんだ。熱は下がっても、しばらくは安静にすべきだろう。目を閉じて。必要とあらば子守唄でも歌おうか?」
ベアトリスはきょとんとし、それからぷっと噴き出してしまった。
「あらだめよ。あなたに子守唄を歌われたら、逆におかしくて寝られなくなっちゃうわ」
音痴な夫はちょっと拗ねたように唇を尖らせて、笑い声を封じるように、ベアトリスの唇を奪った。
面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ








