第九話「青い朝の処刑台」
岬に、処刑台があった。
今は、柱が二本残っているだけだった。
海に突き出した場所だった。
風が強かった。
下には岩があった。
波が白く砕けていた。
百年前、海賊たちはそこで吊るされた。
島の者は、総督の勝利を見た。
司祭は祈った。
兵は銃を持った。
子供たちは、家に閉じ込められたという。
ハルとミナは、朝に岬へ行った。
海は青かった。
あまりにも青かった。
この場所で人が死んだことなど、海は覚えていないようだった。
ハルは、航海日誌の最後のページを持っていた。
そこには、別の手で書かれた文があった。
船長の字ではなかった。
誰の字か分からなかった。
処刑の前夜に書かれたものだった。
ハルは読んだ。
「子らは山へ逃がした。名は書かぬ。書けば見つかる。われらは吊られる。構わぬ。海は見ている」
ミナは、目を閉じた。
風が吹いた。
ハルは続けた。
「聖女を殺したのは、われらではない。聖女の名を売った者たちだ」
「聖女の名」
ミナが言った。
「この島の古い名だ」
「サンタ・ルシアナ」
「うん」
「聖女殺し号という名前は」
「海賊がつけた名じゃないのかもしれない」
「誰が」
「総督が」
ハルは紙を握った。
「聖女の島を売った者たちが、自分の罪を船の名前にした」
ミナは、処刑台の柱に触れた。
古い木だった。
潮風で削れていた。
「ここで死んだ者たちは、悪人だったのか」
ハルは答えられなかった。
海賊は人を殺しただろう。
船を襲っただろう。
奪っただろう。
善人ではなかった。
しかし、ここで死んだ理由は、島で語られてきたものとは違った。
悪人が、子供を救おうとした。
善人と呼ばれた者が、子供を売ろうとした。
それだけで、世界は簡単ではなくなった。
ミナは言った。
「骨は歌わない」
「何」
「昔、母が言っていた。海賊の骨は夜に歌うと」
「島の言い伝えか」
「そう。でも違う」
ミナは海を見た。
「骨は歌わない。歌うのは、生きている者が作った嘘だ」
ハルは、処刑台の下を見た。
岩場に、小さな石が積まれていた。
誰かが置いたものだった。
百年前かもしれない。
昨日かもしれない。
ミナは、そこに紙を一枚置いた。
自分の名を書いた紙だった。
「置いていくのか」
「ここから始まったなら、ここにも置く」
「風で飛ぶ」
「飛んだら、海が読む」
ハルは少しだけ笑った。
ミナも少しだけ笑った。
その時、朝日が海に反射した。
青い海が、白く光った。
美しすぎて、罪などなかったように見えた。
だからこそ、ハルは思った。
書かなければならない。
美しいものは、簡単に罪を隠す。
(第九話 了)




