表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い島の朝――海賊の骨は歌わない  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第六話「総督の嘘」


島には、総督の屋敷が残っていた。


今は使われていなかった。


白い壁は、雨で剥がれていた。


窓は割れていた。


庭は草に埋もれていた。


昔は、島で一番高い建物だった。


海から来る船は、まずその屋敷を見たという。


総督家の者は、もう島にいなかった。


本土へ移った。


名前だけが残った。


道の名。


広場の名。


古い英雄譚。


海賊を討った総督。


島を救った総督。


子供たちを守った総督。


ハルは、その名前を何度も記録帳で見ていた。


祝祭の日には、教会でもその名を読んだ。


ミナと共に、屋敷に入った。


床が軋んだ。


天井から雨が落ちていた。


壁には、破れた肖像画が残っていた。


赤い服の男。


白い鬘。


片手に剣。


もう片方の手に、聖書。


ハルは肖像画を見た。


「この人が、島を救った総督」


ミナは言った。


「顔は、誰でも救い主に描ける」


屋敷の書庫には、まだ本が残っていた。


湿気で膨らんでいた。


虫に食われていた。


それでも、箱に入った書類は残っていた。


ハルは、総督の報告書を見つけた。


王都へ送った写しだった。


そこには、海賊討伐の記録があった。


聖女殺し号の襲撃。


子供たちの誘拐。


総督の勇敢な反撃。


海賊たちの捕縛。


処刑。


島の救済。


ハルは、読みながら眉を寄せた。


「日付が違う」


「どこが」


「航海日誌では、海賊は夜明け前に上陸している。でも報告書では、夜中に襲撃したことになっている」


「他には」


「子供たちは救出されたと書いてある」


「死亡記録はなかった」


「戻った記録もない」


ミナは、別の紙を見つけた。


そこには、品目が書かれていた。


砂糖。


ラム。


火薬。


鉄砲。


布。


それから、人。


数ではなく、年齢で書かれていた。


七歳。


九歳。


十一歳。


十二歳。


名前はなかった。


ミナは紙を握った。


「名前を消したんだ」


ハルは言った。


「売るために」


「物にするために」


ミナの声は低かった。


怒っているようには聞こえなかった。


怒りより深いところにある声だった。


ハルは、初めて彼女の手が震えているのを見た。


「ミナ」


呼ぶと、彼女は顔を上げた。


「私は、死体を洗う」


「知っている」


「死んだ者には、まだ顔がある」


「うん」


「でも、ここに書かれた子供たちには、顔も名前もない」


ミナは紙を机に置いた。


「これが一番ひどい」


ハルは、何も言えなかった。


外では、青い海が光っていた。


総督の屋敷の窓から見える海は、美しかった。


昔も、きっと美しかった。


その美しい海から、船が来た。


船が去った。


人が売られた。


嘘が残った。


ハルは報告書を閉じた。


「書き直さないといけない」


ミナは言った。


「誰のために」


ハルは少し考えた。


「名前を消された人のために」


「それだけか」


「それと」


ハルは、窓の外の海を見た。


「これから名前を書く人のために」


(第六話 了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ