第五話「海賊の墓地」
山の奥に、墓地があった。
教会の墓地ではなかった。
道もなかった。
島の者は、近づかなかった。
海賊の墓地と呼ばれていた。
昔、捕らえられた海賊たちが吊るされ、首を落とされ、そこに埋められたという。
昼でも暗い場所だった。
木が高く伸びていた。
蔓が絡んでいた。
鳥の声が遠かった。
ハルは、ミナと山に入った。
ミナは、山道に慣れていた。
死体が浜に上がらない日は、彼女は薬草を採ることがあった。
切り傷に効く葉。
熱を下げる根。
腐臭を消す花。
死者と生者の間にあるものを、彼女はよく知っていた。
墓地には、石が並んでいた。
名前はなかった。
ただ、印が刻まれていた。
錨。
剣。
十字。
鳥。
星。
ハルは数えた。
二十七。
日誌にあった海賊の数と近かった。
「ここに埋められたのは、本当に海賊だ」
「子供の墓は」
ミナが言った。
ハルは周囲を見た。
小さな石はなかった。
子供の墓に使うような小さな印もなかった。
「ない」
「やっぱり」
ミナは、墓地の端へ歩いた。
そこに、大きな木があった。
根が地面を割っていた。
根の間に、石板が埋もれていた。
ミナが土を払った。
文字があった。
古い文字だった。
ハルは膝をついて読んだ。
「罪なき者のために」
それだけだった。
名前はなかった。
「海賊の墓地に、なぜこんな言葉がある」
ミナは言った。
「海賊が掘ったのかもしれない」
「自分たちのために?」
「違う」
ミナは木の根元を見た。
「子供たちのために」
風が吹いた。
葉が揺れた。
海は見えなかった。
しかし、遠くで波の音がした。
ハルは、航海日誌の一節を思い出した。
子ら十二名、夜明け前に上陸。
泣く者あり。
二名、熱あり。
女の一人、名を言わず。
ハルは言った。
「子供たちは、ここに来たのか」
「来たかもしれない」
「そして消えた」
「違う」
ミナは石板に手を置いた。
「隠されたのかもしれない」
ハルは顔を上げた。
「誰に」
「総督から」
「海賊が子供を隠した?」
「悪人が、全部悪いとは限らない」
ハルは、墓石を見た。
名前のない二十七の石。
島では、彼らは悪魔のように語られていた。
聖女殺し号。
子供を攫う船。
夜に来る船。
しかし、ここには静かな石しかなかった。
骨は歌わない。
言い訳もしない。
嘘もつかない。
ただ、埋まっている。
ハルは言った。
「掘れば、分かるかもしれない」
ミナは首を振った。
「骨を掘るのは、最後でいい」
「なぜ」
「骨は逃げない」
ミナは立ち上がった。
「逃げるのは、生きている者の記録だ」
(第五話 了)




