第四話「教会の地下」
地下には、さらに奥があった。
ハルも入ったことがなかった。
棚の後ろに、木の扉があった。
鍵は錆びていた。
ミナが、死体洗いに使う鉄の棒で鍵を叩いた。
一度。
二度。
三度。
鍵が落ちた。
ハルは言った。
「神父に怒られる」
「怒るなら、隠した者に怒ればいい」
扉の奥は、狭い部屋だった。
壁に十字架がかかっていた。
床に木箱がいくつも置かれていた。
その一つに、総督家の紋章があった。
ハルは箱を開けた。
中には、手紙が入っていた。
公文書ではなかった。
封印が切られていた。
宛名があった。
総督。
商人。
司祭。
同じ名前が、何度も出てきた。
ハルは読んだ。
読みながら、声が小さくなった。
ミナが言った。
「大きく読め」
「読まない方がいいかもしれない」
「読め」
ハルは読んだ。
そこには、島の借金のことが書かれていた。
不作。
嵐。
砂糖の失敗。
港の修理費。
兵への未払い。
そして、子供たち。
孤児。
混血児。
身寄りのない者。
総督は、その子供たちを島の外へ送ろうとしていた。
奉公に出すという名目だった。
しかし、金額が書かれていた。
一人につき銀貨いくら。
健康な者は高い。
熱のある者は安い。
女児は別価格。
ハルは手紙を置いた。
指が冷たくなっていた。
ミナは、手紙を取って読んだ。
読み終えると、別の手紙を開いた。
さらに読んだ。
顔色は変わらなかった。
「海賊は」
ミナが言った。
「子供を買ったのか」
ハルは首を振った。
「分からない」
「では、何をしに来た」
「取引は行われず、と日誌にはあった」
「総督の兵が港にいた、とも」
ミナは手紙を机に並べた。
「海賊が買いに来たなら、総督は兵を置かない」
「代金を奪われると思ったのかもしれない」
「それなら、取引はする」
ハルは黙った。
地下の空気は重かった。
蝋燭の火が揺れていた。
ミナは言った。
「海賊は、取引を止めに来たのかもしれない」
「海賊が」
「悪人が、別の悪を止めることもある」
「それだと、島の伝説と違う」
「伝説は、誰が作る」
ハルは答えなかった。
ミナは言った。
「勝った者だ」
ハルは、台帳を見た。
洗礼名。
死亡記録なし。
航海日誌。
総督の手紙。
紙の中で、百年前の島が動き始めていた。
ハルは、今まで記録を信じていた。
記録は、死者に残された最後の公平さだと思っていた。
しかし、記録を書いた者が嘘をつけば、紙は嘘を長生きさせる。
ハルは言った。
「僕は、何を書いてきたんだろう」
ミナは言った。
「今から、違うものを書けばいい」
「書けば変わるのか」
「死んだ者は変わらない」
ミナは手紙を畳んだ。
「でも、名前の置き場所は変えられる」
(第四話 了)




