表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い島の朝――海賊の骨は歌わない  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/10

第二話「死体を洗う女」


教会の裏に、小さな石の台があった。


死体を洗うための台だった。


昔は洗礼に使っていたという者もいた。


ハルは、そうは思わなかった。


洗礼台にしては低すぎた。


祈りのための石ではなく、作業のための石に見えた。


ミナは、そこで何度も死者を洗っていた。


海にふやけた手。


砂の入った髪。


魚にかじられた頬。


壊れた指。


ハルは、記録帳に名前を書いた。


ミナは、名前の前の顔を見た。


二人の仕事は似ていた。


しかし、同じではなかった。


ハルは、生きていた証を紙に残した。


ミナは、生きていた身体を土に返した。


箱は、教会の物置に置かれた。


神父は港へ出ていて、まだ戻っていなかった。


ハルは錆びた留め具に小刀を入れた。


ミナが蝋燭を持っていた。


留め具が折れた。


ふたが、ゆっくり開いた。


中には、金貨はなかった。


宝石もなかった。


剣もなかった。


入っていたのは、革の包みだった。


油で固められていた。


その中に、本があった。


黒い表紙の本だった。


角は腐りかけていた。


しかし、ページは残っていた。


ハルは、慎重に開いた。


字があった。


細かい字だった。


船の記録だった。


日付。


風向き。


積荷。


水の残量。


病人の数。


死んだ者の数。


そして、名前。


ハルは読み上げた。


「聖女殺し号、航海日誌」


ミナは蝋燭を近づけた。


「海賊の記録か」


「そうだと思う」


「金貨より悪い」


「なぜ」


「金貨なら数えれば終わる」


ミナは本を見た。


「名前は、終わらない」


ハルはページをめくった。


百年前の字だった。


所々、海水で滲んでいた。


それでも読めるところがあった。


島の名が出てきた。


ハルたちの島の、古い名だった。


今は誰も使わない名だった。


ハルは顔を上げた。


「この島だ」


「分かっている」


「ここに来ていた」


「海賊なら、どこの島にも来る」


「違う」


ハルは、ページを指した。


「ここに、子供の名前がある」


ミナは黙った。


ハルは読んだ。


古い名前だった。


島の古い家の名前が混じっていた。


今も残る家の名前もあった。


消えた家の名前もあった。


名前の横に、印がついていた。


十字ではなかった。


売買の印でもなかった。


何かを数えた印だった。


ミナは言った。


「死者か」


「分からない」


「攫われた子供か」


「それも分からない」


ハルはページを閉じなかった。


閉じると、二度と開けない気がした。


ミナは蝋燭を持ったまま言った。


「調べるのか」


「記録係だから」


「記録係は、死んだ紙を写すだけだと思っていた」


「僕も、昨日まではそう思っていた」


ミナは少しだけ笑った。


笑ったように見えただけかもしれなかった。


「なら、今日からは違う」


外で、教会の鐘が鳴った。


朝の祈りの時間だった。


しかしハルは、鐘を鳴らし忘れていた。


(第二話 了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ