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第30話 聖女様、少し個性的な猫を隠しきれません

 夕方まで休む。


 そう決まった。


 決まったはずだった。


 俺は毛布の上で伏せている。


 リリアは長椅子に座り、背もたれに体を預けている。


 アリアは扉のそばで警戒している。


 司祭長は記録を整理している。


 部屋の外では神官兵が交代で歩いている。


 かなり静かだった。


 珍しく、何も起きていない。


 いや、何も起きていないというだけで、ここまでありがたいとは思わなかった。


 森で黒狼に追われていた頃の俺に教えてやりたい。


 神殿に入ると命の危険は減る。


 ただし、聖属性で焼けかけたり、魔性研究者に狙われたり、会議にかけられたり、歩く練習で転んだりする。


 どちらがいいかは、少し考える必要がある。


 いや、森よりはいい。


 たぶん。


 リリアの部屋には、柔らかい光が差していた。


 窓は封印されているが、完全に塞がれているわけではない。


 光だけは、聖印の布を通して柔らかく入ってくる。


 前なら、この部屋に満ちる聖属性だけで体がちりちりした。


 今はそこまで痛くない。


 聖属性耐性・小。


 小なのに偉い。


 かなり偉い。


 俺は前足を少し動かし、リリアの聖力糸に触れた。


 低出力の糸。


 細い白い光。


 今は俺を固定するためというより、つながっていることを確かめるためのものだ。


 痛くない。


 温かい。


 リリアは目を閉じている。


 完全に眠ってはいないが、かなり休めているように見えた。


 よし。


 今は起こさない。


 絶対に起こさない。


 そう思った時、扉の外から声がした。


「アリア様、少しよろしいでしょうか」


 やめて。


 今、休憩中です。


 俺は顔を上げた。


 アリアが扉の方へ視線を向ける。


「用件は」


「聖女様へのお届け物です。侍女長より、ノア用の追加布を」


 追加布。


 毛布関係か。


 それは大事だ。


 大事だが、リリアを起こすほどではない。


 アリアも同じ判断をしたらしく、静かに扉を少しだけ開けた。


 外にいた若い侍女が、小さな布包みを差し出す。


 俺はその様子を毛布の中から見ていた。


 布。


 中立紋入り。


 柔らかそう。


 かなり良い。


 だが、若い侍女の視線は布包みではなく、俺に向いていた。


 目が合った。


 しまった。


 俺は反射的に毛布に沈もうとした。


 だが、今の俺は変わる前より大きい。


 毛布に沈んでも、角が少し出る。


 尻尾も少し出る。


 背中も、たぶん出る。


 隠れきれない。


 侍女は目を丸くした。


「……ノア、ですか?」


「きゅ……」


 はい。


 たぶん。


 昨日より少し大きくなりました。


 あと、色々増えました。


 侍女は息を呑んだ。


 怖がっている。


 当たり前だ。


 彼女が最後に見た俺は、たぶん小さな白い珍生物だったはずだ。


 それが今は、白銀の角と銀紋と背中の何かを持つ小型犬サイズになっている。


 しかも鳴き声は「きゅ」。


 怖いのか可愛いのか、判断に困るだろう。


 俺も困っている。


 アリアが静かに言った。


「詳細は話さないように。神殿内の記録では白銀個体ノアとして扱われます」


 白銀個体ノア。


 やっぱり落ち着かない。


 侍女は慌てて頭を下げた。


「は、はい。承知しました」


 その声で、リリアがゆっくり目を開けた。


 あ。


 起きた。


 俺はアリアを見た。


 アリアも少しだけ眉を寄せた。


 リリアはまだ眠そうな顔で、こちらを見た。


「ノア……?」


「きゅ」


 すみません。


 起こすつもりはありませんでした。


 リリアは状況を見て、侍女が俺を見て固まっていることに気づいたらしい。


 そして、やわらかく微笑んだ。


「大丈夫ですよ。ノアです」


 その一言だけで、部屋の空気が少し変わった。


 侍女の緊張も、ほんの少し緩む。


 だが、まだ完全ではない。


 リリアは続けた。


「少し大きくなりましたが、ノアです」


 それは事実だ。


 かなり端折っているが。


 侍女はおそるおそる俺を見た。


「少し……」


 少しではない。


 たぶん、侍女もそう思った。


 俺もそう思う。


 リリアはさらに言った。


「それに、猫に似ています」


 アリアが小さく息を吸った。


 今、突っ込みを飲み込んだ気配がした。


 侍女は俺を見た。


 白い毛。


 丸まった姿勢。


 尻尾。


 角。


 銀紋。


 背中。


 そして鳴き声。


「きゅ……」


 俺は小さく鳴いた。


 侍女の目が少し揺れた。


 怖がっているような。


 でも、少しだけ和んだような。


「鳴き声は……ノアですね」


 その言葉に、俺は少しだけ固まった。


 猫ではない、ではなく。


 ノアですね。


 そう言われたことが、思ったより胸に残った。


 姿が変わっても。


 角が伸びても。


 背中がぴこっと動いても。


 鳴き声で、ノアだと思ってもらえた。


 俺は、白銀個体でも、器でもなく。


 ちゃんとノアとして見られた気がした。


 リリアは嬉しそうに頷いた。


「はい。ノアです」


 侍女は、まだ少し戸惑いながらも、俺を見て小さく笑った。


 俺は毛布の中から、そっと前足を出した。


 肉球を見せる。


 何をしているのか、自分でも分からない。


 たぶん、敵意はありません、というつもりだった。


 侍女は俺の前足を見て、さらに表情を緩めた。


「……かわいい」


 聞こえた。


 かなり小さい声だったが、聞こえた。


 かわいい。


 久しぶりに、危険とか器とか白銀個体とかではない評価を受けた。


 ありがたい。


 俺は鳴いた。


「きゅ」


 ありがとうございます。


 リリアが嬉しそうに言う。


「ノアがお礼を言っています」


 侍女は驚いた顔をした。


「分かるのですか?」


「はい。だいたい」


「だいたい……」


 侍女は困惑していた。


 分かる。


 俺も困惑している。


 いつからこんなに通じるようになったのか、俺にもよく分からない。


 アリアが布包みを受け取った。


「届け物は受け取りました。下がってください。余計なことは話さないように」


「はい」


 侍女はもう一度俺を見た。


 今度は、少しだけ怖さが薄い目だった。


「ノア、お大事に」


「きゅ」


 はい。


 ありがとうございます。


 扉が閉じる。


 部屋に静けさが戻った。


 戻ったはずだった。


 だが、俺は気づいていた。


 これ、たぶん隠しきれない。


 侍女一人に見られただけでこれだ。


 神殿内にいる全員を完全に黙らせるのは無理だろう。


 白銀個体ノア。


 少し個性的な猫。


 どちらの名前で広まるかは分からないが、噂になるのは避けられない。


 俺は毛布に顔を埋めた。


「きゅう……」


 アリアが言った。


「不安そうですね」


「当然です」


 司祭長が記録を閉じながら言う。


「神殿内で完全に秘匿するのは難しいでしょうな」


 ですよね。


 分かっていました。


 リリアは少し考えてから、俺の方を見た。


「では、怖がられないようにしましょう」


 俺は顔を上げた。


 怖がられないように。


 どうやって?


 リリアは真面目だった。


「知らないものは怖いです。でも、ノアがノアだと分かれば、きっと大丈夫です」


 甘い。


 かなり甘い。


 でも、今の侍女の反応を見る限り、完全に間違いでもない。


 最初は怖がっていた。


 でも、俺が鳴いて、前足を出して、リリアがノアだと言ったら、少しだけ緊張が解けた。


 それに。


 鳴き声はノアですね。


 そう言ってもらえた。


 危険な正体不明の存在。


 そう思われるよりは。


 聖女のそばにいる、よく分からないけど大人しいノア。


 そう思われた方がいい。


 いや、もちろん情報管理は必要だ。


 ガルディアスに利用される危険もある。


 でも、神殿内で全員に恐れられるよりはましだ。


 アリアが眉を寄せた。


「聖女様。無闇に見せるわけにはいきません」


「はい。それは分かっています」


「ならば」


「でも、隠しすぎると、余計に怖がられると思います」


 アリアは黙った。


 リリアは続ける。


「ノアは危険物ではありません。そう伝えることも、守ることになるのではないでしょうか」


 アリアは少しだけ考えた。


 俺も考えた。


 たぶん、リリアの言うことには一理ある。


 完全秘匿。


 封鎖。


 厳重警備。


 それだけだと、俺はますます怪しい存在になる。


 ガルディアスが流言を流せば、神殿内が不安定になるかもしれない。


 聖女のそばに魔物がいる。


 白い獣が聖女を操っている。


 そんな噂を流されたら最悪だ。


 それなら、神殿内の限られた者には、リリアの保護下にいるノアとして認識してもらう方がいいのかもしれない。


 司祭長が頷いた。


「管理された範囲であれば、姿を隠しすぎない方がよいかもしれませんな」


 アリアが司祭長を見る。


「司祭長まで」


「恐怖は、見えないものに膨らみます。ノアがリリア様のそばで安定していることを、一部の者が知っている方が、余計な噂は抑えやすい」


「……なるほど」


 アリアは納得しきってはいないようだったが、反論もしなかった。


 リリアは俺を見た。


「ノア、少しずつ慣れてもらいましょう」


「きゅ……」


 俺が?


 神殿のみんなが?


「両方です」


 両方か。


 確かに、俺も人に見られることに慣れなければならない。


 今後、ずっと毛布に隠れているわけにもいかない。


 ガルディアスに対抗する以前に、人前で鳴いただけで固まっていては困る。


 俺は前足を見た。


 さっき侍女に見せた前足。


 肉球。


 意外と効果があった。


 もしかして、肉球は外交手段になるのか。


 いや、何を考えているんだ俺は。


 でも、悪くないかもしれない。


 白銀個体ノア、肉球外交を開始。


 やめよう。


 かなり変だ。


     ◇


 その日の夕方、俺は二回目の歩行練習をすることになった。


 ただし、今回は部屋の中だけではない。


 リリアの部屋の隣にある小さな祈祷室。


 そこまで行って戻る。


 距離は短い。


 扉を一つ越えるだけ。


 だが、俺にとっては大冒険である。


 結界台の周りを半周しただけで転んだのだ。


 隣の部屋まで歩く。


 難易度が高い。


 アリアはかなり渋い顔をしていた。


「本当に行うのですか」


 リリアが頷く。


「ノアが歩ける距離を少しずつ伸ばす必要があります」


「それは分かりますが、廊下ではなく隣室とはいえ、部屋の外に出ます」


「扉の前にはアリアがいてくれます」


「それは当然です」


「司祭長も結界を見てくれます」


「それも当然です」


「私もそばにいます」


「そこが一番心配です」


 リリアが少し困った顔をした。


 俺は内心で頷いた。


 分かる。


 リリアがそばにいると、俺は安心する。


 でも、ガルディアスはそこを狙う。


 リリアの聖力。


 俺との接続。


 聖女としての立場。


 次は聖女の側から開かせる。


 あの言葉が、ずっと引っかかっている。


 だから本当は、リリアには安全なところにいてほしい。


 だが、俺が安定するにはリリアの存在が必要だ。


 面倒な話だ。


「きゅ……」


 俺が低く鳴くと、リリアがこちらを見る。


「ノアも心配してくれているのですね」


「きゅ」


 はい。


 かなり。


「でも、私もノアを見守りたいです」


 ずるい。


 そんな顔で言われると、断りづらい。


 アリアがため息をついた。


「では、条件をつけます。聖女様はノアの半歩後ろ。直接触れない。聖力糸は低出力。異変があれば即中止」


「はい」


「ノアも、無理に進まないこと」


「きゅ」


 分かりました。


「たぶんではなく」


「きゅ」


 分かりました。


 アリアは頷いた。


「では、始めましょう」


 始まってしまった。


 俺は毛布から出る。


 結界台を降りる。


 今回は転ばなかった。


 成長。


 かなり成長。


 尻尾の位置も少し分かってきた。


 背中は……ぴこっとした。


 まあ、いい。


 少しなら問題ない。


 リリアが小さく笑う気配がしたが、何も言わなかった。


 ありがたい。


 俺は敷物の上を歩く。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 扉の前まで行く。


 アリアが扉を開ける。


 隣の祈祷室。


 小さな部屋。


 白い壁。


 控えめな聖印。


 俺用に聖属性が抑えられている。


 床には中立紋入りの布が続いている。


 完全に俺の通路だ。


 至れり尽くせり。


 なのに緊張する。


 俺は扉の手前で一度止まった。


 部屋の外。


 いや、隣室だけど。


 それでも、リリアの部屋の外だ。


 ここから一歩出るだけで、少し怖い。


 俺はリリアを見上げた。


 リリアは俺の半歩後ろにいる。


 約束通り、触れていない。


 低出力の聖力糸だけが、俺の前足にそっとつながっている。


「大丈夫です」


 リリアは言いかけて、少し止まった。


 俺とアリアが見たからだ。


 リリアは慌てて言い直す。


「……私は、ここにいます」


 それでいい。


 その方がずっといい。


 俺は小さく鳴いた。


「きゅ」


 行きます。


 前足を出す。


 部屋の境目を越える。


 何も起きない。


 危険察知も反応しない。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 祈祷室の中に入った。


 俺は息を吐いた。


 できた。


 部屋の外に出られた。


 隣室だけど。


 でも出られた。


 リリアが嬉しそうに声を抑える。


「ノア、できました」


「きゅ」


 できました。


 今度は俺も少し嬉しかった。


 尻尾が揺れる。


 背中も、ぴこっと動く。


 まあ、いい。


 今日は許す。


 アリアが周囲を確認する。


「異常なし」


 司祭長が聖印を見ながら頷く。


「接続も安定しています」


 俺は祈祷室の中央まで進んだ。


 そこには小さな敷物が用意されていた。


 休憩地点らしい。


 俺はそこまで歩き、座った。


 座れた。


 転ばずに。


「きゅ……!」


 できた。


 リリアがぱっと笑った。


「すごいです、ノア」


 今度は素直に嬉しい。


 俺は胸を張った。


 その瞬間、祈祷室の外から小さな声がした。


「……本当に歩いてる」


 誰だ。


 俺は固まった。


 扉の向こう。


 廊下側。


 おそらく神官兵の一人か、侍女だ。


 見られている。


 また見られている。


 俺の背中がぴこっと動く。


 やめろ。


 今は動くな。


 リリアが扉の方を見た。


 アリアがすぐに動こうとする。


 しかし、リリアがそれを止めた。


「少しだけ」


「聖女様」


「少しだけです」


 アリアは不満そうだったが、止まった。


 扉の隙間から、若い神官兵がこちらを見ていた。


 さっきから警備にいた者だろう。


 彼は俺と目が合うと、慌てて姿勢を正した。


「も、申し訳ありません」


 怖がっている。


 だが、それ以上に驚いている。


 俺はどうすればいいか分からず、とりあえず前足を上げた。


 また肉球。


 外交手段その二。


 神官兵が固まった。


 リリアが嬉しそうに言う。


「ノアが挨拶しています」


「きゅ」


 挨拶です。


 たぶん。


 神官兵は少し戸惑ったあと、小さく頭を下げた。


「……ご無事で、何よりです」


 ご無事。


 その言葉に、俺は少し驚いた。


 怖がられると思っていた。


 怪しまれると思っていた。


 でも、この人は俺の無事を気にしてくれた。


 もしかすると、リリアの部屋の警備をしている間に、俺が何度も危険に晒されていたことを知っているのかもしれない。


 俺は鳴いた。


「きゅ……」


 ありがとうございます。


 リリアが通訳しようとしたが、その前に神官兵が少しだけ笑った。


「今のは、礼を言われた気がしました」


 お。


 通じた。


 リリアが嬉しそうにした。


「はい。合っています」


 神官兵はまた頭を下げた。


 そして、すぐに持ち場へ戻った。


 アリアが扉を閉める。


 祈祷室に静けさが戻る。


 俺は前足を下ろした。


 心臓が少し速い。


 でも、悪くなかった。


 怖がられた。


 驚かれた。


 でも、逃げられなかった。


 ご無事で、と言われた。


 それだけで、少し救われた。


 リリアが優しく言う。


「少しずつ、大丈夫になっていきます」


 今度の大丈夫は、悪くなかった。


 俺は鳴いた。


「きゅ」


 そうだといいです。


     ◇


 帰り道は、少しだけ楽だった。


 一度通った道だからだろうか。


 祈祷室からリリアの部屋へ戻るだけ。


 だが、行きより足取りは安定していた。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 扉を越える。


 自分の部屋ではない。


 でも、帰ってきた場所。


 リリアの部屋。


 俺の毛布がある場所。


 俺は結界台の前まで戻り、最後に少し迷った。


 台に上がる。


 問題はここだ。


 さっきは失敗しかけた。


 俺は前足を台にかける。


 後ろ足に力を入れる。


 尻尾でバランスを取る。


 背中がぴこっと動く。


 動いても気にしない。


 そのまま、よいしょ。


 上がれた。


「きゅ……!」


 上がれた。


 今度は自力で。


 リリアが両手を合わせる。


「ノア、上がれました!」


 アリアも少しだけ表情を緩めた。


「よくできました」


 アリアにまた褒められた。


 今日は良い日かもしれない。


 いや、転んだし、見られたし、かなり疲れたけど。


 でも、良い日かもしれない。


 俺は毛布の上に伏せた。


 体がじんわり疲れている。


 でも、前より少しだけ自信がある。


 リリアの部屋から隣の祈祷室まで歩けた。


 人に見られても、逃げずに前足を上げられた。


 台にも自力で戻れた。


 小さな成果。


 でも、確かな成果。



歩行適応:低 → 低+


対人反応:警戒/微改善


状態:安定化中



 低+。


 低にプラスがついた。


 地味。


 あまりにも地味。


 でも、嬉しい。


 かなり嬉しい。


 俺はステータス画面を見ながら、少しだけ尻尾を揺らした。


 リリアが俺を見る。


「ノア、嬉しそうです」


「きゅ」


 はい。


 少しだけ。


 アリアが言う。


「今日はここまでです」


「きゅ」


 それは分かっています。


 さすがにもう動けません。


 リリアも頷いた。


「私も少し休みます」


 えらい。


 自分から言った。


 俺は満足して鳴いた。


「きゅ」


 そうしてください。


 リリアは長椅子に戻り、ゆっくり腰を下ろした。


 今度は最初から背もたれに体を預ける。


 アリアも満足そうだ。


 部屋に、また静かな時間が戻った。


 外ではまだ警備が続いている。


 ガルディアスの気配は薄く遠い。


 油断はできない。


 でも今日は、少しだけ前に進んだ。


 俺は毛布に顔を埋める。


 白い毛布。


 中立紋。


 リリアの気配。


 そして、自分の新しい体。


 まだ慣れない。


 まだ転ぶ。


 まだ怖がられる。


 でも、少しずつ慣れていけるかもしれない。


 聖女様。


 俺は今日、隣の部屋まで歩けました。


 神官兵に見られても、なんとか前足を上げられました。


 だから次は。


 せめて、転ばずに廊下を歩けるようになりたいです。


 できれば、背中が勝手にぴこっと動かないようにもなりたいです。


 ……それは、少し時間がかかりそうですが。

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