第十七章 コースを組み直す
王都に戻った時、俺はもう戦犯ではなかった。
戦犯と呼ぶ者は王宮にも市井にもいなくなっていた。代わりに皆が俺の名を呼んでいた。
「ファイアの賢者が、戻った」
市場の雑踏の中で、誰かが俺を見て、足を止めた。子供を抱いた女だった。彼女は何も言わずに、ただ頷いた。それが彼女の挨拶だった。彼女の腕の中の子供は、俺の湊と同じくらいの年齢だった。子供は俺を見て、笑った。理由のない笑いだった。
俺はその子供の笑いを、深く吸い込んだ。
次の角を曲がる前に、もう一人の老人が、俺に向かって帽子を脱いだ。脱ぐ動作はゆっくりで、白髪が冬の風に一瞬だけ揺れた。次の通りでは、若い兵が槍の柄を地面に立てて、敬礼した。槍の石突が石畳に触れる音が、静かに響いた。
俺は、自分が誰かの目に「戻ってきた者」として映っているのを、初めて知った。八年間、俺は誰の目にも「ただいる者」だったのに。
ロロト師が王宮の会議室で待っていた。
卓の周りに、クラドック卿、辺境伯領を預かる若い騎士、各地の冒険者ギルドの代表、教会の高位聖職者。
辺境伯領を預かる若い代行は、まだ十九か二十歳に見えた。主君を二日前に亡くしたばかりの顔が、奇妙にしっかりしていた。死を背負ったばかりの若者の、引き締まった顎をしていた。彼は辺境伯の遠縁にあたる従士で、当主と末娘の不在の間、領地を預かるよう、辺境伯の遺命で立てられたばかりだった。
会議室の窓は格子だった。冬の薄い光が、卓の地図の上に細い縞模様を作っていた。縞の暗い部分に、白い駒の影が伸びていた。
俺は一礼してから卓の前に立った。
「もう一度、コースを組み直します」
白い駒が卓の上に並んだ。指の腹で駒を一つずつ、所定の位置に運ぶ動作は、店で予約札を卓に置いていく動作と、まったく同じ手の運びだった。
「アミューズに、冒険者ギルドを使います。陽動。重要な役目です」
「前菜に、辺境伯軍。側面突破」
「主菜に、王国正規軍。正面」
「デセールに、教会の聖騎士団。退路を塞ぎ、敵を生かして帰す。可能なら、降伏を受ける」
「殺さぬのか、軍師殿」
「殺さなくて済むなら、殺しません」
会議室の空気がふっと変わった。
誰も笑わなかった。誰も馬鹿にしなかった。沈黙の質が変わった。前回までの会議室の沈黙は、計算と疑念で満たされた沈黙だった。今夜の沈黙は、別の種類だった。覚悟を、それぞれが自分の側で量っている沈黙だった。
冒険者ギルドの代表が、髭の濃い男だったが、卓に身を乗り出した。彼の手は卓の縁を掴んでいた。指の関節が太く、爪に古い傷の跡があった。
「我ら冒険者は、命を高く売る商売だ。安く扱われるなら受けない」
「安くは扱いません」
俺は言った。
「アミューズは、最も難しい一皿です。客の口に最初に入る。失敗すれば、コース全体が崩れる。だから一番上手い職人を使う。あなたがたを、信じます」
彼はしばらく俺を見つめた。値踏みする目の色が、長い時間をかけて、別の色に変わった。それから髭の中で笑った。笑いは短かったが、本物だった。
「軍師殿。我らの誰かが、戦の中で死ぬかもしれぬ。それを承知の上で言っているのか」
「承知の上です。死なないコースを目指します。だが、絶対の保証はできません。それを承知の上で、俺はあなたがたに頼みます」
彼は何度か頷いた。頷くたびに、髭が胸の前で揺れた。
「分かった。我らは受ける」
彼は卓の縁から手を離した。離した跡の木の表面に、彼の汗の薄い跡が残った。それは彼が、この決断を、軽くは下していないことの証だった。
教会の高位聖職者が、白い法衣の袖を整えた。袖を整える動作は、長い儀式の中で身につけた所作だった。
「軍師殿。デセールの役目に、教会を使う。つまり退路を塞ぎ、敵を生かして帰す役目を、教会に」
「ええ」
「これは、聖典の最初の頁にある教えと、同じ形だ」
彼の声は穏やかだったが、奥に、重みがあった。
「聖典に曰く。最後の一杯の水を、敵にも与えよ、と。我らも、それを久しく忘れていた」
彼は卓の上の駒を、ひとつだけ、自分の前に引き寄せた。教会の駒。それを彼は、自分の手のひらの中で、しばらく握りしめていた。
俺はその握り方の中に、彼が長年、抱えてきた何かの重みを見た。教会の人間が、戦の中で果たすべき役割について、彼自身、長い間答えを持っていなかったのかもしれない。今夜、その答えが、ようやく彼の手の中に、戻ってきていた。
辺境伯領を預かる若い代行が、声を上げた。
「我が主君の領地を、最も多くの兵で守れる作戦は、これですか」
「これです」
俺は答えた。
「貴方の領地が、敵の本当の狙いです。だから前菜の役目を、辺境伯軍に頼みます。一番美しい一皿を、出していただきたい」
彼の顎が、わずかに引き締まった。主君を二日前に亡くしたばかりの若者の、自分の役割をようやく見つけた瞬間の顔だった。
「畏まりました。我が主君の名にかけて」
「主君の名は、必要ありません」
俺は言った。
「貴方自身の名で、お願いします」
彼は息を呑んだ。それから、深く頷いた。頷いた角度に、新しい重みが加わった。
「私が指揮を執ろうか?」
クラドック卿が言った。
「いえ、卿には主菜を任せます。指揮は、ディシャップ卓を立てます。情報を集約し、号令を出す卓を、戦場の中央に置きます」
「ディシャップ?」
「俺の世界の言葉です。完成した皿の品質を見て、出す瞬間を決める卓のことです」
老騎士は低く笑った。
「軍師殿。貴公はようやく、貴公の言葉で戦を語り始めたな」
「俺は最初からそうでした」
「そうだな。だが今日のは、誇りが乗っている」
俺は答えなかった。答える必要がなかった。
答えの代わりに、卓の上に、駒をひとつ、丁寧に置いた。最後の白い駒。それは俺自身の駒だった。ディシャップ卓の中央。その駒は、誰にも頼まれずに、自分で置いた。
卓の周りで、誰も何も言わなかった。沈黙が、駒の置かれた音だけを、長く響かせていた。
窓の外で、王宮の鐘が、五度鳴った。鐘の音が、部屋の中の沈黙の上に、ゆっくりと層を重ねていった。誰も、その層を破ろうとしなかった。それぞれが、それぞれの場所で、自分の駒を、自分の手で置く準備をしていた。




