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◆第5話:Xデー


 かび臭い地下牢の中で、俺は静かに座禅を組んでいる。


 呼吸と精神を整え、ただ黙してその時を待つ。


 全てが終わり、始まるその時を。




――――――――――――――――――――


【予告】

《THE・World》Ver.2.0.0

更新まで:00:00:59


――――――――――――――――――――




 脳内ログが刻々とカウントダウンを告げる。


 新世界更新まで、残り一分を切った。



「ふぅ……」



 口元から、小さな溜息が漏れた。


 流石に、心に乱れが生じているようだ。


 一年前から用意してきた、待望の時がすぐそこまで迫っている。


 頭の中にだけ浮かぶ、大いなる意思を信じ、準備してきた。


 通常なら、そんなものは妄想の類いと疑うだろう。


 そう考える方が正常かもしれない。


 だが、俺は疑わない。


 これは真実だと、確信している。




――――――――――――――――――――


【予告】

《THE・World》Ver.2.0.0

更新まで:00:00:30


――――――――――――――――――――




 残り三十秒。


 牢屋の監視役は、微動だにしない俺から目線を外し、テレビを見て笑っている。


 完全に慢心している。


 だが、仕方が無い事だ。


 かれこれ十年以上――感情を失い、実直に命令に従い続けてきた道具が、数十秒後に反乱に打って出るなど、予想も出来ないだろう。


 俺は脳内で、着々と組み上げてきたプランを反芻する。


 ……来い。




――――――――――――――――――――


【予告】

《THE・World》Ver.2.0.0

更新まで:00:00:05


――――――――――――――――――――




 ……残り五秒。


 計画の再確認、完了。


 ……残り三秒。


 目を開け、周辺状況を再度把握し直す。


 ……残り二秒。


 拳に力が籠もる。




――――――――――――――――――――


【予告】

《THE・World》Ver.2.0.0

更新まで:00:00:01


――――――――――――――――――――




 残り一秒。


 雑念の全てを取り払う。




――――――――――――――――――――


【予告】

《THE・World》Ver.2.0.0

更新まで:00:00:00


――――――――――――――――――――




 さぁ。


 再生の時だ。




――――――――――――――――――――


【更新】

《THE・World》Ver.2.0.0(暫定版) 適用中…


――――――――――――――――――――




 ――世界が、揺れた。




 地震だ。


 爆音と共に空間全体が横に引きずられるような感覚。


 天井の埃が舞い、壁にヒビが走り音を立てて広がっていく。



「な、何だ!?」



 監視役が慌てて立ち上がる。


 その瞬間、蛍光灯が明滅し、電気が落ちた。


 砂嵐が映っていたテレビも遂に消える。


 暗闇。



「……ッ」



 次の瞬間、音が消えた。


 いや、聴覚に何か――得体の知れない何かを押し込まれ、正常に機能しなくなったかのような。


 いきなり水の中に落とされたかのような。


 空気が重い。


 見ると、監視役が頭を押えて蹲っている。



「そうか……魔素だ」



 今この瞬間、この世界の法則に魔素が加わった。


 その干渉を受けているのだ。


 見上げれば、空間に揺らぎが生まれているのが分かる。



「物理法則の部分的再定義、か……なるほど」



 時間にして、数十秒ほど。


 やがて、不快感は納まった。


 どうやら、魔素が完全にこの世界に定着したようだ。



「な、何だ、今のは……」



 未だ“魔素酔い”が残っているのか、ふらつきながら立ち上がる監視役。


 一方、俺は何の影響も感じず、ゆっくり立ち上がる。


 これまで培ってきた準備が、役に立った。



「スマホ……クソ、圏外だ……」



 もたもたとポケットから携帯機器を取り出している監視役の一方、俺は即座に状況確認を行う。


 停電は一瞬――既に非常灯に切り替わっている。


 地上から、警報が聞こえる。


 緊急事態発生のため、屋敷中がパニックになっているようだ。


 人々が走り回る足音や声が、振動となって薄らと感じ取れる。


 更に、先程から発生している地鳴りはまだ終わっていない。


 常に地面が揺れ、壁や天井が軋む音がする。


 床の上に置いてあった、プラスチック製のコップを見る。


 飲料用の水を汲むために支給されたものだ。


 コップの中の水が、薄紫色に濁って見える。


 恐らく、魔素による汚染の兆候だ。



「ここも長くは保たないな……」



 生き埋めになる前に、即座に脱出を決行する。


 俺は瞬時に、事前に用意していた“道具”を取り出す。


 以前、仕事のために取得していた工具の一つだ。


 俺はそれを、牢屋の扉――鍵穴に突っ込んだ。


 構造、そして解き方は、とっくに把握している。


 時間にして一瞬の出来事。


 ピッキングにより、牢の扉は開いた。



「え――」



 俺は牢を飛び出す。


 依然パニック状態の監視役の横を擦り抜け、地上へ通じる階段へと向かう。



「ま、待て――」



 次の瞬間、大きな破壊音。


 それと共に、地下牢の天井が崩れた。


 長年の間、俺を閉じ込め続けた地下牢が、監視役と共に地の底に埋まっていく。


 階段を駆け上がりながら、俺はその音を聞いていた。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 地上へと繋がる扉を開ける。


 地下牢の入り口は、屋敷の庭の隅にあった。


 十年以上ぶりに浴びた太陽の光、その眩しさに、俺は思わず視線を地面に逸らす。



「っ! 貴様!」



 だが、ゆっくりと感傷に浸っている余裕はない。


 扉を開けたところで、地上班の監視役と鉢合わせになった。


 恐らく、連絡の取れなくなった地下牢の様子を確認しに来たのだろう。


 監視役は携帯している警棒を掴み、即座に構えた。



「地面に這いつくばれ! 抵抗すれば痛い目に合うぞ!」



 大声で威嚇してくるが、パニックになっているのは明白だ。


 俺は黙ってその監視役を見詰める。


 顔に覚えがある。


 俺を何度も折檻した監視役だ。


 だが、怯えは無い。



(……手始めに、試運転だ)



 俺は、手を前に出す。


 予定通り、この世界には今、魔素がある。


 心を静めて集中すれば、“それ”が辺り一面、空気中を漂っており、許可すれば体の中に入ってくるのがわかる。


 制御は出来ている。


 そして、この日まで何度も練習をしてきた。


 魔素を、操作する技術――。


 入り口。


 流路。


 そして、出口。



「何をやって――ッ!」



 体内に取り込んだ魔素を高速で循環させ、伸ばした腕の先から押し出すようなイメージ。


 それだけで、十分だった。


 見えない何かに吹き飛ばされるように、監視役の体が後方に飛んでいった。


 地面を二、三回バウンドした後、その場に横たわって動かなくなる。


 死んではいないだろう。


 気絶したようだ。



「つっ」



 こめかみに痛みを覚えると同時、鼻腔を生暖かい感覚が伝う。


 鼻血だ。


 まだ体が慣れていない為だろう。


 連続使用は控えた方が良さそうだな。



「………」



 全ては計画通りだ。


 予定通りになっただけの事。


 だから、大して喜ぶような事ではないし、何より暢気に歓喜の感情を露わにしている場合ではない。


 ……それでも。



「……ふっ」



 一瞬だけ。


 俺は“魔素を操る”という大成果を上げた事に、ほんの一瞬だけ、心を打ち震えさせ。


 そして、走り出した。


お読みいただきありがとうございます!


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