三年目② ヒロインの力
学園剣術大会での王子暗殺未遂。
王都に流通するところだった違法薬物。
そして、爆発を引き起こす加工魔宝石。
これらは単純に、それぞれのルートで起こる事件というだけではない。
すべては一本の線で繋がった陰謀で、最後の大事件になだれ込んでいく。
──それが、三年目の冬に起こる、王都炎上計画だ。
陰謀の黒幕は、隣国である。
シェリルが指摘した通り、隣国は魔宝石の加工技術に優れ、それによってさまざまな技術革命を成し遂げてきた。
しかし、その埋蔵量は尽きかけている。
それに対し、私達の王国には豊富な鉱脈があった。技術を磨いて効率を求める必要がなかったくらいに。
そこに目をつけた隣国の大臣の一派が、密かに軍や密偵を動かし、王国を混乱させて資源をかすめ取ろうとしているのである。
王子を狙ったり、民の混乱を引き起こしたりするような事件が狙って起こされていたのは、そういうわけだ。
ゲームでは、主人公はパラメーターを上げてそれぞれの事件を解決。
最後の王都炎上計画を失敗に追い込めば、主犯である隣国の潜入部隊のリーダーを捕縛、そこから芋づる式に隣国の謝罪、大臣を失脚にもっていける。
そして、一番好感度が高かった相手とのエンディングを迎えるわけ、なのだが。
三年目の冬。私は途方に暮れていた。
「王都炎上計画の導入イベントが、起きない……」
*
まず、原作の流れを整理しよう。
三年目、二学期の後半。学園に隣国からの視察がやってくる。
彼らへの応対は、生徒会が担当することになった。シェリルの統率力を順調に上げていれば、二年か三年の春に生徒会入りを果たしているはずなので、当然、視察団とも接触する。
そしてシェリルは、視察団が学園の危険物を保管している倉庫の前で、怪しげな動きをしているのを目撃。
彼らに声をかけたことで、死角にいた相手から攻撃を受け昏倒、誘拐されてしまうのだ。
閉じ込められたのは、王都内のレンガ造りの倉庫。
そこには、同じように彼らの不審な様子を目撃してしまった者や、この倉庫の持ち主などが監禁されていた。
絶望し、諦めきった人々。
しかしここで、シェリルの統率力が発揮される。
彼女は人々を元気づけ、奮い立たせ、それぞれのできることを駆使しての反撃、脱出を計画する。
最終的にはシェリル自身が囮となって全員をうまく逃がし、だがその途中で、折しも冬、空気の乾燥した王都に火を放つため、大量に集められた爆発魔宝石を見つけてしまい──
絶体絶命! というところを、駆けつけたクレイ王子やブリッツたちに助け出されるのである。
……つまり、このイベントの導入は、隣国から訪れる視察団のはずである。
しかし、二学期も終わりかけた十二月の上旬。未だにそんな話は入ってこない。
公式発表だけでなく、培った情報網を駆使した裏の話でも一切ないのだ。
どういうことだろう。
今年もお楽しみ会を企画しているシェリルたちを横目に、私は困惑していた。
(ちなみに今年のテーマは『執事・メイドのコスプレ』だそうで、卒業したらそのあたりに就職しそうな平民から、日頃はかしずかれている良家の子女まで楽しみにしていた。さすがだ)
あまりにも順調に事件を潰してきてしまったので、炎上計画自体がなかったことになったのか?
それもありそうな気はするけど……。
だが、それぞれの事件は捜査されているが、『潜入部隊のリーダー』や『隣国の大臣』に繋がった、という話は聞いていない。
それどころか。
爆発魔宝石については、こちらが調査を始めた途端、潮が引くように流通から消えた、らしい。
「不気味すぎる……」
だが、情報は何も入ってこない。
これで終わるとは思えない。ルカの言ったとおりなのに。
*
その日、私はシェリルに付き合って、王都の市場に行くことになった。
生徒会で揃いのメイド・執事服を作るということで、市販の布地を調べるそうだ。
そういったのはクレイ王子がぽんと出すものだとばかり思っていたが、彼は卒業後の公務に向けて、すでに調整に忙しくなっているらしい。
「というわけで、名代として僕がご一緒することになりました」
にこにこしているのはアルトである。
「ごきげんよう」
そういえばこの人は隠しキャラで終わるんだな……、卒業後に王子としての身分を明かすことはあるんだろうか? とふと考えた。
……いや、私には関係ないか。
「やっぱりサテンだよ。この光沢!」
「そうかな、ちょっと安っぽくない? 深みのあるこっちのベルベットのほうが……」
布地屋の店先で、二人が言い合っている。なかなか気心の知れた感じだ。
シェリルがクレイ王子と結ばれるなら義理の姉弟になるのだから、仲がよいに越したことはない。
「お二人ともこだわりがおありですのね」
「それはそう!」
「どうせなら最高の衣装にしたいからね」
「ふふ」
微笑ましく見守っていると、──突然、ちりりとした違和感を感じた。
ばっ、と大通りの方を振り返る。
人波の向こうに揺れた、この国の人間には珍しい灰色の髪。
──さっと、背筋を冷たいものが走る。
何度もスチルで見た、『隣国からの潜入部隊のリーダー』の容貌がまざまざと脳裏に蘇った。
「セラさん? どうしたの?」
「……いえ、なんでもございませんわ」
声は震えていなかっただろうか。
*
確信があった。
──王都炎上計画は、進んでいる。
原作とは流れが違う。だが。
流通から消えた爆発魔宝石、それはきっとこの王都のどこかに集められている。
もしかしたら、原作以上の規模で。
その日から私は、時間を見つけては王都を走り回った。
手がかりは一つしかない。イベント部分のシナリオの背景画像だ。
レンガ造りの建物、たぶん、周りに大きな建物はなかった。
……それだけで、成果が出るはずもない。
だが。あの人混みの中で、私は彼を見つけたのだ。
同じぐらいの奇跡に賭けるしかない。
商人向けの倉庫街。波止場。
当てもなく探し回りながら、疲労だけが蓄積していく。
授業中に居眠りしてしまい、あなたがめずらしいわね、と教師から心配されることもあった。
もの言いたげなシェリルには、気づかないふりをした。
……もしかしたら、と思わなかったわけではない。
ヴァルナールートの事件。今回の、あの男との遭遇。
どちらもシェリルが一緒にいたときに起きている。
ヒロイン補正、と言う言葉がある。
彼女に手伝いを頼めば、もしかしたらたどり着けるのかもしれない。
──だけど、どうやって? なんと言って頼むの?
今回は、何かの異状が起きているわけではない。
根拠は私のシナリオ知識。そこからくる確信。
そんな説明のつかないもので、未来の王子妃の身を危険にさらすわけにはいかない。
……そもそも、どうやって信じてもらうんだ。
──そう考えていた私の腕を、シェリルは、あの剣術大会の日のように、強く引いた。
*
「何が起きてるの」
有無を言わせず放り込まれた生徒会室で、シェリルは開口一番言い放った。
「何かが起きてるのはわかる。だけどそれが何なのかはわからない。セラさんは、何を相手にしてるの?」
「…………っ」
私は言葉に詰まって、腕を組むシェリルを見返した。
時間を取られている場合ではないのに。……いや、私のことを案じてくれているシェリルに失礼な考えだ。
そんな言葉ぐるぐるして、頭がうまく働かない。自分の疲労を感じる。
そんな私を見て、シェリルははあっとため息をついた。
「剣術大会の事件」
「!」
「ヴァルナーさんとヴィシさんが、薬を見つけた事件もあったよね。それから、ルカが見つけた魔宝石」
そこで私の額にぐっと指を突きつける。
「全部、セラさんも一緒にいたよね。そして、いつの時も落ち着きはらってた……まるで、起こることを先に知ってたみたい」
私は力なく応えた。
「……ルカさんの時は、さすがに予想外でしたわ」
シェリルはおや、という顔をする。
「認めるんだ?」
──この数十秒で、自分なりに算段をしていた。
シェリルがどうして私を疑っているのかはわからない。だけど、もし自分が容疑者なのならば──
偽の自供をして、代わりに王都炎上計画の捜査をしてもらうことはできないだろうか。
きっとそのほうが解決の可能性も高くなる。
しかし、シェリルは私の予想とはまったく別のことを言った。
「……まあ、セラさんがどんな情報網で事件のことをつかんでるのか、私は知らないしいまさら詮索もしないけど」
「…………?」
「でもね! 私は怒ってるの! わかる!?」
あれ。なんか変な方に話が転がってないか?
「はあ……?」
「その反応!! やっぱりわかってない! あのね、そんなに私は頼りなかった!?」
「えっ」
「わかってるんだから、何か私にできることがあるんでしょう! そんな顔してた。でも言ってくれなかった!」
えっ。
……だって、それは。
「だって……信じてくれないかもしれないし」
「信じないって、私がセラさんを? セラさんの情報にいつも助けられてきた、私達が?」
……どうして、そんなふうに言えるのだろうか。
「……それに、どうやって説明したらいいか……」
「知ってることをふつうに言ってよ。わかるまで、聞くから」
どうして。
「信じてるよ。教えてくれるなら知りたいよ。頼ってくれるなら嬉しいよ、だってセラさんだもん!」
……あ。
その言葉に、既視感があった。
これは原作シナリオの中、生徒会のお楽しみ会で、暗く冷え切ったレンガの倉庫の中で、たくさんの人の力を信じて導いたシェリルの言葉だ……。
そうか、これがシェリルの資質。
私がエディタに向かって一文字一文字打ち込んだ、彼女の才能の本質だ。
膝ががくりと力を失って、私はそこにへたり込んだ。
「セラさん!?」
「……てた」
じわりと涙が浮かんだ。
生きてた。
見向きもされなかったゲームのシナリオでも、キャラクターは意志を持って、自分の力を伸ばし、周囲と関わって、今、私を助けようとしていてくれる。
「あり……がと」
慌ててしゃがんで私を覗き込むシェリルに、なんとかそれだけを言った。
「うん。よろしい」
美少女の主人公スマイルは、やっぱり、なかなかの威力だった。




