二年目② 王都の裏路地にて
夏休みが来た。
今年もそれなりに講習を受けたり、今後の展開への対策をして過ごす。
シェリルは、生徒会の面々とキャンプに行ったらしい。原作にもある、統率力を上げるためのイベントだ。
クレイ王子ルートの進行は順調のようで、何より。
ヴァルナールート、ルカルートのほうも、原作通りのイベント(本来はシェリルが起こすのだけど)が起きていることを確認している。
ヴァルナーのルートの事件は、秋に起こる。
気を引き締めておかないと、と思っているうち、あっという間に夏休みは終わって二学期になった。
*
「ねえ、あれヴァルナーさんじゃない?」
「え? あ、ほんとだ」
九月の第二週。私はシェリル、キルシェの二人と市場に来ていた。
剣術大会以来、私はキルシェに危なっかしいやつだと思われたようで、何かと目を光らせられている。
この日もシェリルと一緒に薬草を買い出しに行くと言ったら、護衛するよと着いてきたのだ。
うん、まあ、心配してくれるのは嬉しくもあるのだけど。
薬草は薬品学の自習に使うものだが、実はそっちは仮の目的である。
二人には内緒の本当の目的は、この日に起こるはずのヴァルナールートの事件を追うことだった。
違法薬物の発見。
それがヴァルナールートのメインシナリオだ。
まず、彼との友好度を一定以上に上げると、稀覯本の噂が入ってくる。
それをヴァルナーに告げることで、デートが発生。その途中で起こる事件である。
『稀覯本が市場近くの古書店に入荷したらしい』。
この情報はしっかりつかんで、図書館で本を借りるときにさりげなくヴィシに教えておいた。
その後彼女がヴァルナーに共有して、一緒に出かける予定を立てたところまで把握している。
と、いうわけで、市場にいるこの日。
二人はさっそく、目ざといシェリルとキルシェの二人に見つかったようだ。
……そうなると、私はこんなふうに反応するのが自然だろうか?
「あら、そのようですわね。お隣にいらっしゃるのは図書委員のヴィシさんかしら?」
「あ、どこかで見たことある人だと思ったら。ね、デートかな?」
シェリルは目を輝かせている。乙女ゲームの主人公だけあって、恋バナには敏感なのだろう。
ここは情報通キャラらしさを発揮するところかもしれない。
「そうそう、なんでもお二人は、ヴァルナーさんが図書館に落とされた手帳をヴィシさんが拾ったことから、急速に距離が縮まったそうですの。読書の趣味もよくお合いになって、おすすめ本を紹介したりされたりする仲だそうですわ」
このあたりはシナリオどおりのイベントをなぞった形だ。
「さすがセラさん、詳しい」
「ふふふ。さしずめ今日は、本を探しにご一緒されている……といったところでしょうか?」
「なるほど……」
「えっ、でもあいつ、女の子のエスコートとかちゃんとできるのかな?」
キルシェが心配する。
「あたしあいつとは幼馴染みたいなもんなんだけど、一度もまともに女扱いされたことないぞ」
そういえば、宰相と騎士団長は親友、といった裏設定をつけたことを思い出した。
その子供同士、ヴァルナーとキルシェも交流があったんだろう。
なるほど、これは大義名分に使えるかも。
「……ご心配でしたら、少し遠くから様子を探ってみます?」
「……ありかも」
すぐにキルシェは頷いた。シェリルも、二人の様子が気になるらしくうんうんと首を縦に振っている。
よしよし。
しばらくすると、二人はほの暗い裏路地に入っていった。
「あいつら……本当にこんなところに用事があるのかな?」
「さあ……」
二人が訝しむのも無理はない。
このイベントは、道を間違って、本来行こうとしていた古書店とはまったく別の通りに入り込んでしまうところから始まるのだ。
「なんだか、治安が悪そうな通りですわね……」
シナリオでは確かにそう設定したけど、実際に覗き込んでみると、迫力がすごい。
明らかに私のようなお嬢様が足を踏み入れるような場所ではない。
首をすくめていると、あたりに怒声が響き渡った。
「んだコラァ! どこに目ぇつけてんだテメェ!!」
「!!」
──始まった。
私達の視線の先では、ヴィシがすれ違おうとした男にいちゃもんを付けられている。
大きな袋を抱えた、身なりの悪い男だ。
「助けに行こう」
キルシェが身構える。私はそれを制した。
「待って。仲間がいないとも限りませんわ。様子を見てからのほうが」
それもそうか、とキルシェは周囲を探る。
ヴィシは、隣りにいたヴァルナーにかばわれていた。
「失礼。私が見ていた限り、よそ見をしてぶつかってきたのはあなたのほうでしたが」
「んだとぉ!?」
「そ、そうですっ! 私は避けようとしたんですが、あなたが……」
ヴィシもなかなか気丈だ。
「オレは大事な荷物運んでんだ、傷がついたらどうしてくれんだてめえ!」
男は言い募る。あくまでもヴァルナーは冷静だ。
「では、こちらで開けてみせてくださいますか。傷がついているようなら、私が弁償しましょう」
「上等だコラ!」
その場で袋を地面に下ろし、口を開こうとしたところで、慌てて近くの脇道から別の男が飛び出してきた。
「てめえアホ! 何考えてんだ!!」
泡を食って最初の男を張り倒す。
当然だ。荷物の中には他人に見せられない、後ろ暗いものが入っている。
「兄貴!?」
頭を抱えて涙目の弟分をしり目に、兄貴と呼ばれた男はヴァルナーに貼り付けたような笑顔を向ける。
「なあ兄ちゃん、悪いことは言わねえからこんなところからは出ていきな。彼女にカッコ悪いところ見せたくねえだろ? ほーれ、回れ右」
暗に暴力を示唆されたが、ヴァルナーは一歩も引かない。
「格好悪い……とは、何のことだかわかりかねますが。立ち去れと言うなら、まずは因縁をつけたことを謝罪するのが筋では?」
隣でヴィシもうんうんと頷いている。
収まらないのは弟分も同じのようだ。
「ケッ……よく回る口だな。閉じさせてやろうか」
ヴァルナーも目が笑っていない笑みで対抗する。
「……興味深いアクセントですね、隣国から出稼ぎでいらしたんですか? この国でまっとうな職につこうと思うなら、最低限の礼儀は守ってくださらないとね」
「!!」
その指摘に兄貴分が顔を引きつらせた。
「おいアホ、ずらかるぞ!!」
もう一発、弟分にげんこつを落として襟首を引っつかむ。
「いてえよ兄貴〜!」
弟分は慌てて荷物を抱え直すと、路地裏まで引きずられていった。
開きかけた袋の口から、何かがぽとりと落ちる。──よし。
彼らが姿を消し、その後誰も現れないのを確認して、私達は二人のもとに駆け寄った。
「いや……災難だったね」
「キルシェ? なぜここに。それに……セラさんとシェリルさんまで」
「私たちは薬草を買いに来たの。お二人こそ、どうしてこんな通りに?」
堂々と言い逃れ、逆質問につなげるシェリルはさすがヒロインである。それに答えたのはヴィシだ。
「それが、お恥ずかしながら……道に迷ってしまって」
「あ、やっぱり迷ってたんだ」
「きゃっ」
会話をしているみんなのそばで、私はさり気なくつまづいたふりを装って地面に手をついた。
「セラさん!? 大丈夫?」
「セラ、君はほんと危なっかしいなあ」
シェリルとキルシェに助け起こされる。
その横で、ヴィシは地面に落ちたものを見つけていた。狙い通り。
「これ……何でしょう? 粉のような……薬でしょうか」
何かが入った、手のひらほどの小さな布袋だ。
「さあ……さきほどまではありませんでしたわね?」
「さっきの男たちが落としたものかな。荷物がどうのと言っていたが」
とぼけてみせると、ヴァルナーがいい推理をする。
ヴィシは袋を開けて、目を見張った。
「……この色と香り! 本で読んだことがあります。これって……王国では流通を禁止されている薬物ではないでしょうか」
ヴァルナーに渡すと、彼も顔色を変える。
「確かに。正確なところは調査に回したほうがよさそうですが。……隣国の訛り、そして薬物。まさか……」
「えっ……」
「……みんな、早くここを離れよう。話はそれからだ」
キルシェが全員を促し、私達は足早に大通りへと戻った。
明るい陽の光の下。一息ついて、ヴァルナーが提案する。
「こちら、預かってもよろしいでしょうか。父から然るべき部署に届けさせます」
「はい。宰相閣下にお願いできるなら、願ってもありません」
「もしかしたら証言を求められるかもしれませんが……」
「私は構いませんよ」
「あたしたちもいいよね」
キルシェに聞かれ、私とシェリルも頷く。
「とんだ冒険になっちゃったね」
シェリルは苦笑するが、私は大きく安堵していた。
この流れなら大丈夫。すぐに、王都に根を張り始めていた薬物流通網は検挙されるだろう。
黒幕がわかるのは、もう少し先のことにはなるのだが。
四つの事件のうち、前哨戦の二つはこうして回収できた。
とりあえず今は、心を和ませるおいしいお茶で祝杯でも上げたい気分だ。




