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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第三章 狂信者たちの鎮魂歌
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20.メトスの風

「ザック、この調子でいくぞ」

「へいよ」


 ザックは慣れていた。将軍の、この異常なまでの効率の良さに。

 帝国に大半の手勢を残して隠密性を上げ、少数の精鋭のみで敵地に侵入する。そして、自身の武器であるカリスマ性を用いて敵を洗脳し、兵士を現地調達するのだ。

 

 これは、やられた国からすればたまったものではない。削られた自国の民が、そのまま敵兵として向かってくるのだ。

 帝国でも王国でも、数万の軍勢をもっていたとしてもその大半は民兵である。


 今回の作戦は、東(アスタロッテ)で王国の主力を陽動し、西(辺境)で無防備な人的資源をもぎ取るという戦術である。


「腕に自信のない者! 老人や非戦闘員は、カインズ別邸かベルン領まで下がれ! 後方で、この勇敢な戦士達のための物資を生産、管理する役目を与える! おい、お前たち」

「ハッ!」


 ライカの呼びかけに即座に進み出たのは、カインズ別邸の兵達だ。


「戦果はしっかり記録しろ。村々の者が活躍した分だけ、後方の親族に伝えよ。恩賞も出せ。なに、バルデを落とせば資金は十分手に入る。これからはもっとだ。……補給線は頼めるな?」

「すべては御心のままに。全力で全うさせていただきます」

「よし、下がれ」


 狂信に目を濁らせた兵士たちが恭しく平伏するのを見届け、ライカは獰猛に口角を吊り上げた。

 そうして、ライカ率いる闇鍋軍団は、怒涛の勢いでその日のうちに四つの町村を支配し、およそ三百の新たな兵を手に入れた。


「キース、ベレス、カイ、ロッジ! お前らが中隊長だ。やれるな」

「狼と薔薇の隊でできねぇやつはいねぇですよ」


 キースが頼もしく軽口を叩くと、ザックはポンとその肩を叩いた。


「副長のポストが一個空いてるんだよな」


 その一言で、キースは顔を真っ青にした。

 将軍の真横に立ち、すべての無理難題を被らされる地獄のポストである。


「い、いやぁ、遠慮しておきますわ」


 そんな部下たちのやり取りを一瞥すると、ザックはライカを見た。丁度、彼女が号令をかけるところであった。黄金の瞳を爛々と輝かせて無骨な大剣を天に突き出している。


「いくぞ! バルデ本邸だ! ここから先の戦利品は全てお前らの物だ! 蟲から変われ! 変えろ! 戦士共!」

「オォォォォォォォォォォォ!」


 戦士たちの咆哮が夜空に轟く。

 その異様な熱気は、肌寒いメトスの風をもってしても、決して冷めやらぬものであった。


 


 空が徐々に明るくなってきた。遠目にバルデの屋敷がある街が見える。子爵の領地だけあり、流石にベルンの町よりも大きい。


 小心者らしく、強固な塀と大きな堀で囲まれた城塞都市のような街並み。さぞや領民から搾り取ったことだろう。周辺の町や村との格差が一目でわかる威容であった。


「アーティア様……」


 レイドルフが進み出る。今か今かと、己の毒粉投げの出番を待ち構えている様子である。


「レイドルフ。何をしている。今回は我らの役目ぞ」


 抜け駆けを許すまいと、他の神殿騎士がレイドルフを無理やり後ろへ下げた。

 それを見て、ザックがレイドルフの肩を叩く。


「レイドルフ……エ、アーティア様はな、後方支援、あー、補給線をもっと強固にするために指示する者がなー、素敵だーとか言ってたぞ」

「……!? ドラグ様」


 レイドルフは泣きそうな顔から一転、最高の笑顔を浮かべて後方へと猛スピードで走り出した。


「神殿騎士共。作戦変更だ」

「え?」


 ザックは溜息を吐きながら、将軍に目を向けると、金色の瞳のライカが空を見上げていた。


「バリット、此処から真っ直ぐ、あの街へ向かって矢を射ってみろ」

「ハッ! アーティア様!」


 神殿騎士のバリットは、神の命に恍惚とした表情を浮かべ、弓を力いっぱい引き絞る。矢が放たれ、風切り音を上げながら遠くの地に落ちていく。


「いかがですか!?」

「上々だ」

「ありがたき幸せ!」


 ニヤリと、悪鬼は獰猛に嗤った。


「おめぇら、全兵に通達だ。ここに丘を作れ。そうだな、そのてっぺんでしゃがんだ時に、目線があの屋敷と合うくらいの高さだ」

「りょ、了解です」


 狼と薔薇の部隊の兵たちは、すぐに伝達に向かう。ザックはそれを見送った。何か止めようにも何もわからないからだ。


「今度はなにすんだ?」

「ハッハッハッ、メトス様のよぉ、徳に溢れた風だぜ」

「……」


 ザックはおもむろに足元の雑草をちぎって宙へ投げる。

 その草は、一直線にバルデの街に向かって飛んでいった。

 この高さの丘、街へと吹き下ろすメトスの風、そしてあのヤバい粉袋。


 ザックは、自分が何を察したのか気が付かないフリをした。それが、このイカレた将軍の元で、ながく副長をやっていく最大のコツなのである。




 それからしばらくして、人工の丘が完成した。

 日が高くなっていることから、バルデの兵には完全に気が付かれている。強固な塀の上で、慌ただしく人が動いているのが見えた。


「よぉし、良い頃合いだ。バリット! できてるな?」

「ハッ! 仰せのままに!」


 バリットは、手作りの草玉が山のように積まれた籠を下ろし、その場に平伏する。


「お前、いい仕事してるぜ」

「アーティア様! 我も作りました!」

「我もです!」

「我も!!!」


 褒められたバリットに触発され、次々とアピールして叫ぶ狂信者達。悪鬼はそれを面倒そうに一瞥すると、籠の草玉に強い蒸留酒をぶちまけた。


「この地方の蒸留酒はうめぇぞ?」


 そう言って、足元の石を空中に放り投げ、短剣の峰で素早く叩き据えた。

 甲高い音と共に鋭い火花が散る。すると、酒を浴びた草玉が勢いよく燃え上がったのだ。


「あぁ、アーティア様の素晴らしき御力! ……って言うだろ? 先に言っておく。力が抜けるからやめろ」

「御意」


 賞賛の言葉を先回りして封殺され、膝をついて傅く狂信者達。

 ザックに向かって、悪鬼はニヤリと嗤った。こういう時のライカは良く嗤う。とても悪辣な笑みだ。


「どうだザック? 教皇もいけんじゃねぇか?」

(こいつ、いっそ胸でも揉んでやろうか……)

 

 ザックは一瞬だけそんな命知らずな反撃を考えたが――直後、ビリビリと肌を刺すような『死の匂い』が周囲に充満したため(想像上だが)、即座にその思考を打ち切ったのだった。

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