19.バルデの領地
会心の一振りを会得した、翌日。
エルマ達は、少数ではあるが精鋭の軍を率いてバルデの関所へ向かっていた。かつて悪鬼が暴れ回り、令嬢が半ば無理やり初めて血に塗れさせられた、あの懐かしの場所だ。
(バルデはあの時、裏帳簿がバレて立場が危うくなっている。そして、その上のカインズはザイードに暗殺された。後ろ盾もねぇ。子爵ってな競争が激しい位置だ。さぞや足の引っ張り合いに巻き込まれてるだろうよ)
『私も子爵だ。肝に銘じておこう』
(お前は名ばかりだろうが。領地もねぇ、ただの貴族様だ)
『それだけ聞くと不服に思うはずなんだがな。不思議と何も思わん』
(上等だ)
悪鬼が仕掛けた策は、数年越しに見事な実を結ぼうとしていた。
あの日、ベルン領がすでに「詰んでいる」と判断した悪鬼は、各方面に策をとばしつつ、あえて派手に喧嘩を売ったのだ。
すべては、ベルン領の崩壊を早めるため。
オルディスは王国といっても、アズガルドの天然防壁に長年守られただけの田舎国に過ぎない。そんな箱庭でチマチマと防衛戦を続けるより、強大な帝国に乗り込んで立場を上げる方法を悪鬼は選んだのだ。
それは、取れる手札が多くなることを意味していた。
(ベルンのアズガルド関所も押さえている。西のカインズ別邸周辺は俺ら以外いねぇ。退路もある。そして東はアスタロッテの大軍だ。どう攻める? オルディスの田舎者ども。これを覆せるのは、リヒトくらい呼ばねぇと無理だぜ?)
『心躍るな』
これから始まる、ベルンに手を出した者たちへの『ケジメ』を思い、令嬢は心の中で獰猛に嗤ったのだった。
* * *
「へぇ、今回もご苦労様です。王都からわざわざお越しいただいて、恐悦至極でございます」
「ふん、貴公は前科があるからな。わざわざ来てやっているのだ。今年のメトスの収穫は誤魔化さないことだ。繰り返すが、貴公には前科がある」
「重々承知でございます」
王都からの管理官にもみ手をして頭を下げ、脂汗を流しながら見送るバルデ。
贅沢三昧だったあの頃が懐かしい。いまや他の貴族や王都からの監視が激しく、水増しや横領などできやしない状態となっている。
「くそ! 若造が! 調子に乗りおって! カインズのゴミも役に立たん! 名ばかり伯爵め!」
管理官の姿が見えなくなるなり、バルデは癇癪を起して机を叩き、蹴り上げる。
「おい! ダンテ! 各町村の税を上げろ! ワシらの生活水準を落とすことはゆるさん!」
「バルデ様……」
「なんだ!? 早くしろ!!!」
「ベルン方面の関所が、抜かれました……」
「……は?」
バルデは、顎が外れそうなほど口を開けて、間抜けな声をあげた。
「抜かれたって……だれが……?」
「『狼と薔薇』の旗が掲げられているとの報告です」
「狼と、薔薇……?」
なぜそんな場所に、全く場違いな帝国の部隊旗が。
思考が追いつかないバルデに向け、ダンテは絶望に顔を青ざめさせながら決定的な名を口にした。
「間違いありません。帝国の猛将、『銀狼』のライカ・ローサ将軍です」
「……は?」
バルデは、再び間抜けな声をあげた。
* * *
「ウラァァァァァァ!!!!!」
怒声と共に筋肉を異常に膨張させ、太い血管を浮き上がらせたアレクは、そのまま鉈のような巨大な愛剣『頭砕き』を関所の重厚な鉄門へと力任せに叩き付けた。
轟音を鳴らしながら鉄門がひしゃげ、時間差で無惨に崩れ落ちていく。
「皆、こっちだ」
正面がド派手に破壊されているその裏で、トムは同年代の子狼たちを引き連れ、かつて悪鬼が発見していた建物への裏口から音もなく潜入していた。
アレクは残りの兵を連れて、腹の底から咆哮する。ベルンの戦士の、ドラグの歌だ。
「悪いが! 恨みしかねぇ! 全員死ね!」
圧倒的な力の前に、関所の兵が一人、また一人と血の海に沈んでいく。
「アーティア様、道が開かれました」
「ああ、いくぞ。進軍だ!」
ザック副長以下約五十名が、アレクがこじ開けた門を堂々と越えていく。
「目標は近隣の村だ! 遅れるなよ! いくぞ! ティッタ!」
菫色の瞳を爛々と輝かせた彼女は、制圧した関所を振り返ることすらなく、愛馬を駆る。
「エルマ! 捕虜も補充したぞ!」
背後から馬を走らせてきたザックが、関所の生き残りを捕らえた戦果を報告する。
「上々だ。さすがザック」
「ぬ!? アーティア様! ご指示を! 私も捕虜を補充……ッ」
「レイドルフ。ザックはドラグだぞ?」
ニヤリといたずらを思いついたような顔をするとエルマはこともなげに言った。
「なんと、やはり!? 申し訳ございませぬ! 私は! 私は軍神ドラグ様に嫉妬をしてしまったのです! 邪神サハグにまた嘲られるような失態! あぁ……ッ」
「おいやめろ。まじでやめろ」
頭を抱えて勝手に絶望し始める狂信者の横で、軍神ドラグの悲痛なツッコミが虚しく響き渡るのだった。
「見えたぞ! 捕虜を並べろ! 旗を掲げろ!」
関所に最も近い小さな村。その入り口の広場に陣取り、馬上のエルマは高らかに叫んだ。
「ガルヴェリア帝国、第六皇子フォルテ・ガルヴェリア直属、ライカ・ローサである! 抵抗しなければ殺しはしない! だが、少しでも逆らえば、このようになるぞ!」
エルマは、旧ベルン領で民を奴隷のように虐げていた守備兵や、かつて関所で私腹を肥やしていた兵たちを前に立たせ、一切の躊躇なくその首を斬り捨てた。
血飛沫が舞い、物言わぬ肉塊が地面に転がる。
その容赦のない惨劇を前に、広場に集められていた村民たちは悲鳴すら上げられず、地面に額を擦りつけて平伏した。
「貴様等! 今の暮らしで良いのか? 抵抗もせずに、ただの弱者として王国の蟲共に甘い汁を吸われ続けるだけの人生を良しとするのか!?」
震える村民たちを見下ろし、菫色の瞳が獰猛に光る。
「勘違いするな! 我は、救済に来た! ……武器をとれ村民共! 武器をとったその時から、お前らは搾取されるゴミではなく我が庇護下の戦士となる!」
そんなエルマの威圧的な演説の横で、場慣れしているザックは斬り捨てた遺体を邪魔だと言わんばかりに無造作に足で端へと蹴り寄せていく。
そこへ、空気を読まずに進み出たのはレイドルフたちだった。
「民よ。大義は我らにあるのだ。我等、アスタロッテの神殿騎士が断言する。この御方こそがアーティア様の現世のお姿。さあ、祈りをささげよ……」
『あ……』
レイドルフを筆頭とした神殿騎士達が恍惚とした表情で語り出すのを聞いて、エルマは内心で焦った。
「アスタロッテ? アーティア様? なんだそりゃ?」
「さぁ……?」
ぽかんとする村民たち。無理もない。王国の辺境の平民は、他国の神話や教義になど疎いのだ。
その言葉に、信じられないといった顔で村民たちを見回したレイドルフが、顔を真っ赤にして激昂する。
「……!? き、貴様等! アーティア様を前にしてその不敬な態度は――ッ!」
「やかましいわ。お前ら」
「ドラグ様、なぜ!?」
ザックがレイドルフの後頭部に強烈な蹴りをいれたのは、そのすぐ後だった。
半ば私怨も入っているような容赦のない威力だったと、エルマは静かに思った。




