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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第三章 狂信者たちの鎮魂歌
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18.エルマの剣

 結局、バルデ子爵領への攻撃は、レイドルフに実験したあの粉の煙玉を用いるということで落ち着いた。

 その致死量スレスレの危険な煙玉を敵陣へ投げ込む役目は、神殿騎士達が喜んで担うことになった。致死の毒煙玉を、まるで神から授かった宝物のように両手でうやうやしく掲げる騎士達。


「関所は俺らベルンでいける」

「女子供に老人だぞ。いくらなんでもまずくねぇか?」

「ベルンを舐めるなよ。現役の黒曜の牙は俺と……もうお嬢だけだが、そこらの兵よりはよっぽどやれるんだよ」

「そうか。……深くは聞かねぇ。なにをしてきたかとか、もう聞きたくねぇ。ああ、言うな。任せた」


 そそくさとザックは部屋を後にする。

 それから雑事を済ませてふと廊下の窓に目をやると、中庭にエルマの姿が見えた。彼女はたった一人で、一心不乱に剣を振っている。


 剣舞の練習か? と思うほどに洗練された動きだ。

 その流麗な剣筋を見届け、ザックは邪魔をしないように静かに窓辺から立ち去った。


 ブンッ、と。

 誰もいない中庭に、空を裂く鋭い剣風だけが響き続ける。


『風が歌うように、水が踊るように、華やかで流麗で』

(……)


 一閃。違う。もう一振り。違う。

 アーティアの力を得た時の感覚はこんなものではない。


『全てを見下すように、悉く薙ぎ払うように』

(チッ、色気付きやがって。俺とあのネェちゃんを混ぜるんじゃねぇ)


 悪鬼は文句を垂れながらも、決してその身体の制御を奪おうとはしなかった。

 また、一閃。今度は近い。


 当然だ。この狂気に満ちた圧倒的な剣筋は、もう何年も一番傍で見てきたのだから。

 ホーキンスを斬った時の、あの動き。あれは確かに出来た。でも、それもどうも私が求めるものとは違う気がする。


 最近はアレクおじさんが側にいてくれるせいか、あの夜の凄惨な光景を思い出しても、息が激しく詰まるようなことはなくなってきた。


 だから、はっきりと思い出せる。

 ――死角から迫りくる無数の矢を大剣の腹で弾き落とし、返す刀で飛び込んできた帝国兵の胴を両断する。さらに頭上の屋根から放たれた火球に対し、お父様は咄嗟に足元の刃、亡き帝国兵士の剣を蹴り上げ、己の大剣と交差させて盾とした。


 父の技だ。

 悪鬼とも、ギュスターヴとも、勿論アーティアとも違う。荒々しくも洗練された、黒曜の牙の技。


「――!?」


 ふいに、背後から殺気を感じた。反射的にその方向へと大剣を構える。


「……流石だぜ、お嬢。トムの奴を鍛えていたら、懐かしい音がしてな。やっぱりそれ、『骨砕き』だろ? 団長ガルムの剣だ」

「そんな名前なのね。――いきます」

「おう」

 

 エルマは近くにあった木剣に持ち替えると、水が踊るように鋭く踏み込み、全てを見下すような重い振り下ろしを放つ。アレクはそれをすれすれで躱した。


 すかさずアレクは左手をだらりと下げ、地を這うような低姿勢になって構える。全身の筋肉が異様に膨張したかと思うと、すさまじい初速でこちらへ突進してきた。


「ウラァッ! ……手応えなし、か」


 気合一閃の体当たり。だが、受けた直後、後方へ飛ばされながらもエルマは風が歌うように軽やかに着地を決めていた。

 そして、息を細く吐き出しながら、呪文のように呟く。


「無明を、輝かしき、栄光の」


 それは只の突き。しかし、一切の無駄を削ぎ落とした、恐ろしく真っ直ぐでひたすら洗練された突きだった。


「ぬ!? トラキアの騎士剣技!?」


 エルマの神速の突きに、アレクはかろうじて木剣を滑り込ませて直撃を避ける。だが、その威力を完全に殺しきれず、二歩、三歩と後方へ押し込まれた。


「アレクおじさん、ありがとう。お父様の、アレクおじさん達の基本は『極限の脱力』からの故意の『力み』なんだね?」


 そう言って、エルマは両腕をだらりと下げ、かつての父たちのような低い姿勢をとった。

 獲物は目の前のアレクだ。逃がさない。その喉元を食いつぶす。

 肉体の奥底から、ドクンと力が満ちてくる。アーティアの神威を得た時に感じた、あの万能感にも似た感覚。


(そこが入り口だ。心と体が合わさった時、俺らは『無意識』に魔力を使う。だから、己の身体に最適な動きを探すんだよ)


 魂の奥底で、悪鬼が笑みを浮かべて囁いた。

 

 エルマの意識が、深い、深いところまで潜り込む。

 眼前のアレクをぼんやりと捉えながら、ほぼ無意識下で思考を巡らせる。


 私にとって最適なのは、父・ガルムの型だ。ならばこれを基本体術とする。でも、私はそこで満足しない。その上で全てを奪い、全てを蹂躙し、全てを壊す。だから、全てを使う。


 私が見てきた戦士達は、誰もが極上だった。そうか、何でもいいのだ。私は、私が見てきたすべての強さに成れる。


「――――今、成った」


 エルマ本来の、美しい菫色の瞳が爛々と輝く。そして彼女は、まるで悪鬼そのもののように獰猛な笑みを浮かべた。


 荒々しくも猛き、流麗で慈悲深く、栄光で悪辣。


 目にもとまらぬ、神速の斬り払い。


 遅れて、空気を切り裂く風の音がやってくる。


「……参った」


 鈍い打撃音などしなかった。

 アレクが構えていた木剣は、手元からスッパリと()()()いたのだった。


 エルマは自分でも信じられないというように、手元の木剣を見つめた。

 だが、結果がハッキリと物語っている。木剣で、木剣を斬ったのだ。

 アレクも手元をみて嬉しそうにしている。


『悪鬼にも勝てそうね』

(ハッ、曲芸師が戦士に勝てるかよ)

『私も戦士だ』

(お前はまだ令嬢さ、小娘)


 鼻で嗤う悪鬼のからかいに、エルマはフッと小さく、しかし不敵に笑い返す。


『ふん。なら、悪鬼もいるし、私は大悪令嬢だな』

(ケジメもまだ一人たりとも取れてねぇ。舐めた口利くな。――だが、悪くねぇ。中々に綺麗だ)


 夜の闇が深くなる静かな中庭で、悪鬼と令嬢は心の中で嗤い合うのであった。


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