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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第三章 狂信者たちの鎮魂歌
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17.甘く素敵な粉

 カインズ別邸の守備兵たちは、眼前に迫る信じられない光景に狼狽していた。


 黒馬に乗った黄金の瞳の女。

 青いドレスアーマーに身を包んだその女が、怒涛の勢いで突撃してくるのだ。武器を構えるでもなく、門番など関係なしにそのまま突破してくる勢いである。


「敵襲? 敵襲!! 戦闘配備に……つ、け……ごふッ……なんで……?」


 慌てて槍を構えようとした新人の兵が、突如、背後から頭部を強打されて白目を剥いた。

 ドサリと崩れ落ちた新兵を見下ろしながら、背後に立っていた古参の兵士が、恍惚とした表情で首を横に振る。


「ならんよ。あれは、スフィーリア様だ。……やはり生きていらっしゃった」


 彼はかつてベルン領を襲撃し、黒曜の牙に完膚なきまでに叩きのめされた後、慈愛に満ちた令嬢の手当てを受けた『栄誉ある兵』の一人であった。

 古参兵は武器を投げ捨てると、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、その場に深く平伏した。


「スフィーリア様だ!!! スフィーリア様の御帰還だ!!!!!」


 それから、彼は狂喜乱舞しながら大音声でそう叫ぶのだった。

 次々と武器を捨て、門を開け放ち、涙を流してひれ伏していくカインズの古参兵たち。


「……おいおい、ここにも信者がいるのかよ。もうどこの国かわかんねぇな……」


 後方を走っていたザックは、もはや戦場とは呼べないその狂気の歓迎を眺めながら、深々と胃を押さえて嘆息するしかなかった。


(クハハハハハ! ハーハッハッハッハッ! 綺麗じゃねぇか! 鉄屑も死んで役にたったぜ!)

『ザイードが上手く動いてくれたのね』


 そこで、後続から進み出たレイドルフが兜を脱ぎ捨て、高らかに告げた。


「ここにも敬虔な信徒がいたか。ここにおわす御方はスフィーリア様であり、アーティア様である。アスタロッテの神殿騎士レイドルフが、しかと断言する!」


「あ、アスタロッテの……神殿騎士……!? 戦場では司祭の権限も持つという……!」


 古参兵は目を見開き、さらなる畏敬に身を震わせた。


「ああ……御身は力の女神であらせられましたか……! 我等、『元』カインズ騎士団……どうか、末席に加えていただきたく……ッ!」

「良い信仰心だ。来るがいい」


 レイドルフは満足げに頷くと、他の神殿騎士と共に古参兵の前に堂々と立ち、エルマの方へ向き直って深い祈りを捧げるのであった。


(便利だな)

『ああ』


 狂信者同士が勝手に結束を固め、平伏していく異様な光景を見下ろしながら、二人は内心でほくそ笑むのであった。


 そこからは一方的だった。古参兵が寝返り合流したエルマの軍に、残存の守備兵が勝てる道理がない。

 別邸は早々と制圧され、どこぞの貴族が「自分がカインズの息子だ」などと喚いて命乞いをのたまっていたが、躊躇なく斬り捨てた。


 * * *


「さて、お前ら。俺らがやるのは国盗りだ」

「……まじでやんのかよ」


 血の匂いが残る別邸の執務室。広げられた地図を指さし、悪鬼は次なる獲物を定めた。


「オルディスの王都はアスタロッテとの国境近くの東だ。そしてここは辺境のベルン領から南西にすすんだカインズ領の一部。つまり西端になる。次は順当にいけば、バルデ領になるわけだ」

「バルデってのは子爵なんだろ? ここもまだカインズ領のごく一部だ。東ではアスタロッテと戦っているといっても、兵数的には劣勢は覆せないんじゃねぇか?」


 ザックは同意を求めるように、チラリとアレクを見た。


「俺らベルンは、万の兵も恐れねぇ」

「アーティア様の剣とならずんば、死すら厭いません。それはここの敬虔な信徒も同じです」

「こういうのが嫌なんだよ……」


 アレクの戦闘狂っぷりと、神殿騎士の狂信っぷりに挟まれ、ザックが頭を抱える。


「ザックよぉ、俺がいつ正攻法でいくっていったよ?」

「おい、ライ……エルマ……」

「こいつを使う」


 ドサッ、と。

 机の上に無造作に置かれたのは、一つの粉袋だった。

 そこから微かに香る、甘い匂い。それを嗅いだ瞬間、ザックの脳裏にすさまじい勢いで「ある記憶」が蘇った。


「おま、それ、レッドオーガの時の!?」

「実証実験済みだぜぇ?」


 大量虐殺に使ったあの毒薬だ。悪鬼は目でそう語るように、獰猛に嗤った。


「だめだ! 民間人も巻き込む!」

「ゴミは人じゃねぇっていったろ」

「だめだ! 俺はお前をそういうのにはさせねぇ!」


 ザックは、悪鬼の冷徹な目を真っ直ぐに見据え、一歩も引かずに怒鳴りつけた。

 その必死な剣幕に、悪鬼は少しだけ目を丸くし――――やがて、忌々しげに舌打ちをする。


「チッ、堅ぇな。じゃあこっちだ。死にはしねぇ」

「……本当だな?」

「おい、レイドルフ」

「ハッ」

「アーティア様の戦化粧だぜ」


 そう言って、悪鬼は邪悪な笑みと共に、レイドルフの胸へとその粉袋を投げつけた。


「身、身にあまる栄誉……えい、よっ!」


 モロに粉を浴びたレイドルフは、瞬時に白目を剥いて泡を吹き、床でビクビクと痙攣し始めた。

 だが、その地獄のような光景を見て、他の神殿騎士たちも『我が身にも! アーティア様!』と狂ったように毒粉をせがんで群がってくる。


「レイドルフで十分だ。残念だったな。お前ら、その代わりにしっかり働けよ!」

「ハッ! ……レイドルフ、貴様は休んでいろ。どうも抜け駆けして調子にのっている」


 悪鬼の適当な誤魔化しすら、彼らにとっては絶対の啓示となる。

 歓喜に沸く狂信者たちをよそに、ザックは痙攣し続ける神殿騎士を見下ろした。


「本当に大丈夫なのかよ、レイドルフ……」

「えい、よ……えい、よぉ……」

「……。アレクさんもよ、いいのか?」


 ザックは頭を抱えながら、静かに佇む白髪の戦士へと視線を向けた。

 どんな手を使ってでもバルデを落とす。その方針に対する問い。アレクは、閉ざされた瞳のまま、一切の感情を交えずにただ事実だけを口にした。


「ガルムがやられた。仲間がやられた。そして、俺はお嬢の戦士として再び戦うと誓った。他に理由がいるか?」


 そのひどく静かで、重く冷たい言葉。

 ザックは小さく息を吐き出すと、自らの剣の柄を握りしめた。


「……チッ、ねぇよ」


 ザックとて元傭兵だ。傭兵はケジメをつけなくてはならない。ボスがやられたとなっては尚更だ。


 それにしても、大陸最強と呼ばれた傭兵団『黒曜の牙』のアレク。その覚悟と強さは、底が知れない。これが副長だったというのだから、トップであったガルム・ベルンとは一体どのような男だったのか。

 ――――まぁ、うちの将軍バケモノの親父だ。推して知るべしか。

 ザックは一人、妙に納得して息を吐き出した。


 血の匂いが残る執務室。窓の外では、新たな戦火を告げるように、薄暗い空が白み始めている。

 泡を吹いて痙攣する狂信者と、静かな怒りを燃やす歴戦の戦士、そして腹を括った凡人。

 その混沌とした陣容を見渡しながら、悪鬼は次なる蹂躙の舞台へと向けて、満足げに黄金の瞳を光らせるのだった。

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