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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第三章 狂信者たちの鎮魂歌
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21.貴族と家族

 悪鬼が着火した草玉は、最初こそ心もとない勢いだったが、今やごうごうと燃え盛っている。

 そこから立ち上る煙は、白いような黒いような、時折不気味に色を変えながら、メトスの冷たい風に乗って一直線にバルデの街へと運ばれていく。


「よし、俺らはメシだ」


 大悪党は満足げにそう言うと、さっさと後方へ下がっていった。

 ザックはその背中を、複雑な目で見つめる。

 金色の瞳になっている時の彼女は、まさに『悪党』という言葉が相応しい。獰猛に嗤いながら大股で歩いていく様は、どこぞの悪の親玉のような威風すら放っている。


(恐らく、ライカ・ローサの本来の正体は、あの男爵令嬢エルマ・ベルンだ。間違いない。ベルン領での反応、父親の部屋、立ち振る舞い……全てが辻褄が合う)


 だが、だとすれば。


(今、俺の目の前を歩いている『こいつ』は一体誰だ?)


 戦場の極限状態において、気が狂って別人のようになる者の話は聞く。というより、傭兵稼業をやっていればそれは戦士の末路としてあまり珍しくない光景だ。もっとも、そうなった者が戦場に復帰することはまずないが。


「熱い視線だな? ザック」


 振り返りもせず、背中越しに悪鬼がニヤリと嗤った。

 内心の探り合いすら完全に見透かされている。そのあまりの聡敏さに、ザックは呆れたように小さく息を吐いた。


「ハッ、可愛くねぇ」


(こんな勘の良い気狂いが居て堪るかよ……)


 彼女の中にいる「別の何か」。その底知れなさに若干の畏怖を抱きつつも、ザックは毒づくようにそう吐き捨てて、悪逆な上司の背中を追うのだった。


 * * *


 バルデは屋敷から、煙に包まれてバタバタと倒れていく兵と民衆を見下ろす。


「バルデ様! バルデ様!?」

「ふん、落ち着けダンテ」


 バルデはいつの間にかできたのやら、小高い丘を見つめる。狼と薔薇の旗だ。苛烈にして勇猛、帝国の猛将ライカ・ローサの旗だ。こちらは王国の西の辺境。アズガルドを越えて攻めてきたということだ。


「ダンテ。妻と娘をつれて逃げろ。地下通路を使え」

「バルデ……様?」

「早くいけ。……私は色々やってきた。恨まれるようなことを沢山な。だが、栄えある王国貴族たるワシがただやられるだけというのは我慢ならんのだ」


 バルデは壁に立てかけてあった、剣と盾を手に取る。


「この状況、生き抜いても地獄。ただ殺されるも地獄。ならば、せめて抵抗して散るが戦場の華。集え!」


 ライカ・ローサに捕まったが最後。拷問の末、殺されるだろう。ここで自身のみ逃げてみようものなら、一族末代までの恥と罵られるに違いない。それは、許されない。当主なのだから。


 バルデは鎧を纏い、屋敷中の騎士をかき集める。煙が晴れ、狼と薔薇が迫ってくる。それでも、バルデは馬を引いて立ち向かうのだった。


 * * *


「ほーう?」


 悪鬼は目を細めて戦場を見る。街の中央で三十人ほどの集団が陣を組んで抵抗している。

 我先にと斬りこんだ民兵たちが次々と命を散らしていく。


 陣の真ん中では恰幅の良い中年が矢継ぎ早に指示を出している。


「家畜共が! 貴族の力を知れ!」


 徐々に民兵の脚が止まっていく。そして、男はこちらを見つけると大声で叫んだ!


「帝国将軍ライカ・ローサ! バルデである! オルディス貴族の威光の前にひれ伏すがいい!」

(ふん、やってやれ)


 そういって、彼等はこちらに向かって突撃してくる。

 ザックが前に出る。それを菫色の瞳のエルマが無言で制した。


「全員下がれ」


 ザックの短い号令。エルマ一人残る。


「舐めた真似を!」


 バルデは顔を赤くしてやってくる。そして、エルマが歩を進めた。


 一歩、白銀が閃き一人すれ違う。二歩、数人に囲まれるが風が舞う。三歩、血飛沫と共に道が開いた。四歩、バルデの前だ。


「……馬鹿な」


 バルデのつぶやきと共に、バルデを除く全てが地にひれ伏した。

 恐怖に脚が竦む。だが、ここは自分の城だ。


「かつて、ベルンがあった。ここの隣の領だな。そこは傭兵上がりの領主とその領民たちが質素ながらも幸せに暮らしていた」

「帝国将軍がなぜベルンを……?」


 バルデは大剣の切先を突き付けられつつも、間合いの外で構える。


「そうだな。お前はここで贅沢三昧していたから、ベルンの顔ブレなど知るわけもないな」


 突きが頬をかすめる。それだけで、勝てるわけがないとわかる。


「辺境はモノもカネも潤沢ではない。貴様のようなやつが私腹を肥やせば、ベルンが寂れるの自明の理だ。申し開きはあるか?」


 不味い。侮っていた、これ以上は無理だ。と、バルデは腰の短剣を抜き、自身の首に突き刺そうとした。が、それはエルマの蹴りによって防がれてしまった。


「そう急くな。聞いているんだ」


(なにが銀狼だ! こいつは狼なんていう可愛いものじゃない! ……銀? こいつは金だぞ)


 色を気にしている自分は存外余裕だなとバルデはなぜか笑えた。

 その時だった。


「お父様!」


 娘のロッテの叫ぶ声だ。声のした方をみる。


「貴様――ッ!」


 ダンテがロッテを羽交い絞めにしてナイフを突き立てている。


「ラ、ライカ・ローサ将軍! こいつはバルデ子爵の娘です! 引き渡します! ひ、引き渡します!」

「ほう?」


 菫色の瞳が細められる。絶対零度の女帝。そう表現するのが正しいか。


「ニーナはどうした!?」


 バルデは大剣を突き付けられていることも忘れ、吐くように叫んだ。


「お、奥様は、キィキィ、と耳、耳障りでしたので、でで、さき、先に逝ってもらいました」

「な、なんだと……!?」

「こ、ことここに及んで偉そうなんだよグズが!」

「ガッ!?」


 ダンテはバルデの腹に容赦なく踵をめり込ませる。


「ロ、ロッテ、大丈夫だからな! お父様が! ぐッ!?」

「黙れよ豚! いままで散々偉そうにしやがって!」


 苦痛に顔を上げて叫ぶバルデの頭を、ダンテは踏みつける。

 

「ほら! いまは私の方が上だ! 傅けよ! ダンテ様だろ!?」

「ダンテ……様……娘は……娘は……。ロッテ、おお、怖いな、大丈夫だからな」

「豚の真似をしろ。バルデ、いやトーリス」

「すれば……するさ……ロッテは……」


 プライドの固まりであるバルデ子爵が、娘の命を前にすべてを捨て、四つ足歩行で這いずり歩き出す。


「無様だな!」


 それを見て、ダンテは下劣な笑い声を上げながら幾度も腹を蹴りつけた。


「……ロッテ。ロッテ……お願いします……なんでも……します……たすけて……ください」

「ハハハハハ! 情けないやつ!」


 ダンテは狂気の目で子爵を蹴り続ける。


 エルマは、その悍ましい光景を無言で見つめていた。アレクも腕を組んで静観している。ザックもまた同じだ。

 だが、エルマの内心では――絶対零度の吹雪が荒れ狂っていた。


『悪鬼、屑がクズを弄んでいる。私はなにを見せられているんだ』

(知らねぇよ。好きにしろ。こいつに旨味はなにもねぇ)


 安い裏切りだ。かつてマーサに裏切られたエルマにとって、目の前の男は『汚物』そのものだった。

 彼女の菫色の瞳が、スッと細められる。


 コツ、と。

 石畳を鳴らし、エルマがゆっくりと歩みを進めた。


「お、将軍閣下! この豚の娘は私が確かに捕らえ――」


 ダンテが手柄を誇ろうと、卑屈な笑みを浮かべて顔を上げた、その瞬間だった。


「なぜ貴様が調子に乗っているのだ?」


 氷のように冷たい声が、ダンテの鼓膜を撫でた。

 直後。一筋の白銀の閃光が、風を切って通り抜ける。

 

「え……?」


 ダンテの視界が、ぐるりと不自然に反転した。

 自分が斬られたことにすら気づかないまま、ゴトリ、と。ダンテの首が胴体から滑り落ち、石畳の上に無様に転がった。遅れて、首の断面から血の噴水が吹き上がる。


「あ……ぁぁぁ……ッ!」


 拘束から解放されたロッテは、悲鳴を上げながら四つん這いのトーリスへとすがりついた。血だまりの中で、傷だらけの父親が娘を必死に抱きしめ、庇うように背中を丸めている。


 剣の血糊を払い、エルマは剣を収めた。

 足元で震えながら抱き合う父と娘の姿を、彼女は静かに見下ろす。


 その背中。命に代えても娘を守ろうとした父親の姿。

 エルマの脳裏に、無数の矢を浴びながら自分を逃がしてくれたガルムの姿が浮かび上がる。大きくて温かい背中だ。


「下働きだ」


 エルマは短く、冷徹に言い渡した。

 トーリス、元バルデ子爵が信じられないものを見るように顔を上げた時には、彼女はすでに背を向け、バルデ子爵邸へと迷いなく足を踏み入れていたのだった。

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