14.貴様にその資格はない
屋敷の地下室を飛び出したトムが見たものは、広場の天幕の向こう、破られた北門から帝国の兵が怒涛のように押し寄せてくる光景だった。
王国兵もなんとか応戦しているが、少数であるはずの帝国軍の、なんと圧倒的なことか。王国兵だってユベール公爵の精鋭のはずなのだ。それが容易く宙を舞っている。
先頭を走る薄緑色の全身鎧の男が、暴風のように道を切り開くと、その隣の冴えない顔の男が冷静に敵の息の根を止めて処理をしていく。
それに追随するように、他の薄緑色の鎧と帝国兵たちが彼ら二人の死角を補い、次々と王国兵を血の海へと沈めていく。
自分が憧れていた「戦士」の姿とは違う、ただ命が理不尽に刈り取られていく本物の戦場。
その光景に、トムの足は恐怖で縫い付けられたように動かなくなってしまった。
(僕は戦士……! 僕は戦士……!!)
竦む足を叩き、唇をきつく引き結ぶ。劣勢だ。ならば、帝国の背後を獲る。
トムは息を潜めながら、西門へ向かって駆けていくのであった。
しばらくすると、西門が見えてくる。腹が減った。力が抜ける。それでも帝国兵は許さない。戦士は必ずやり返す。戦士を止めるには殺すしかないと知れ。
重厚な門扉だ。防壁を上るか、錠をはずして無理やり押し切るか。迷っていた時だった。
――ささやかな切断音と共に、重厚な扉がバラバラと崩れていく。
控えめにに上がった砂塵の奥から、黒馬に乗った銀色の戦士が駆け込んでくる。
その銀色の女はトムを一瞥すると、なぜかハッと驚愕の表情を浮かべた。
「少年。ここは危険だ」
何故だか、ひどく安らぐ、優しい女の声だった。
銀色の女はそれだけを言い残すと、すぐに前を向き、戦場の奥へと駆け去っていった。
* * *
「全てはアーティア様の為に……!」
「ライカ・ローサ将軍に栄光を! 英雄譚の一端に我等も!」
飛び交う剣戟の音に混じって、狂信に満ちた異様な雄叫びが戦場に響き渡る。
「……かわいそうに」
ザックは、血走った目で叫ぶ神殿騎士と帝国兵の部下たちを横目に見ながら、心底同情するようにそっと呟いた。
敵の王国兵も、ユベール公爵の精鋭だけあってなかなかの実力者揃いだ。だが――。
(関係ねぇ。この『暴力装置』の前じゃな……)
斬る、飛ばす、殴る、蹴る。
アレクは動かないはずの左腕すらも、上体を激しく回転させる遠心力を使って、強烈な質量兵器として敵に叩きつけていた。三人がかりで迫ってきても、その歩みが止まる気配は微塵もない。
「ウォォォォォォ!!!!!」
再びアレクが叫ぶ。すると、体が一回り膨張したように見えた。
血に飢えた獣のような咆哮。その常軌を逸した迫力に、王国兵たちの足が恐怖でピタリと止まる。
「便利だねってな」
その隙を逃すザックではない。
前傾姿勢で石畳を強く蹴り込むと、風を切りながら瞬時に接敵する。
盾を構えて硬直した敵兵の死角から脚の腱を鋭く斬り裂き、そして、反撃されるよりも早くバックステップで安全圏へと距離をとった。
「俺はよ。ギュスターヴの脚を斬った男なんだよな」
「副長……!」
得意げに嗤うザックに、帝国兵たちは尊敬のまなざしを向けていた。
彼らの圧倒的な蹂躙の前に、王国兵は徐々に数を減らしていく。
そして、ついに屋敷の広場までたどり着いた。
そこには、数人の護衛とこの場の責任者らしき王国兵の指揮官が待ち構えていた。
男はこちらへ切先を向けて叫ぶ。
「ホーキンス・レイナード! 武人として一騎打ちを願おう! 我が勝った暁には、兵の逃走を許容しろ! 帝国兵は一騎打ちもできないとはいうまいな!?」
(こいつは、やるね。帝国は武を尊ぶ。正々堂々とこうされては、受けて立つしかない。……そして、いまここの責任者はこの俺だ)
ザックは小さく息を吐き、一歩前に出た。
「ザック・ローだ。狼と薔薇の軍、ライカ・ローサ将軍の副長だ」
「銀狼の副長!? ……我が最期に悔いなし。では!」
「おう、いくぞ」
二人が油断なく武器を構え、まさに地に足を踏み込もうとした、その時だった。
――突如、二人の間を凄まじい暴風が吹き抜けた。
一筋の、白銀の線が閃く。
「……ライカ」
ザックが呆然と呟く。
石畳の上に音もなく降り立った菫色の瞳の銀狼は、血を振り払う残心をとってから、ゆっくりと立ち上がった。
「馬鹿が。貴様等に戦士の資格はない」
冷え切った、絶対零度の声が落ちる。
その言葉の直後。物言わぬホーキンスの首が、自分が斬られたことにすら気づかないまま、ズレるようにして胴体から滑り落ちたのだった。
* * *
トムは追いかけた。頭の中には帝国の後ろなど飛んでいた。あの銀色の女を追いかけなくてはと思った。思ったら足が動いていた。
懸命に走った。来た時よりも早く、早くは知らなければ後悔する。なぜかそう思った。
息がきれそうだ。倒れてしまいそうだ。でも走る。女の行先は広場だ。ところどころに王国兵が転がっている。
追いついた。
「――え?」
トムにはそれが芸術に見えた。走る馬から飛び降り風のように舞い、王国兵の首を一閃の元に斬り伏せた。残心が美しい。その後の立ち姿のなんと神々しいことか。
(でも、帝国兵なんだ!)
銀色の女はアレクの剣を薄緑色の鎧の男に投げ渡していた。
それで、もう駄目だった。
「ウォォォォォォ!!!!!」
咆哮を上げて走る。あの女がボスだ。ボスに一矢報いてやる。決死の突撃だった。
「戦士トム。気概は立派だ。だから、鍛えねぇとな」
だが、それも虚しく鎧の男に頭を押さえられて止められてしまった。
聞き覚えのある声である。
男は兜をとる。
「……アレク!?」
「事情は明日な。とりあえず皆で屋敷の地下に集まっていてくれ。食料は全て使っていい。俺もあとで地下に行く」
「帝国と組んだの? は、離せ! ていうか脚!?」
「だから明日の朝、そこの将軍から説明あるさ。今日はもう皆つかれたろ。休むぞ、寝るぞ。ユベールのとこの屑共はいねーんだ。たんまり食うぞ」
そういってアレクはトムを担いで屋敷に入っていくのだった。
「ザック、みんな。私たちの勝利だ。旗をあげよ」
「おう!」
大陸歴1453年、ガルヴェリア帝国ドラグの季節、オルディス王国メトスの季節。帝国将軍ライカ・ローサ――オルディス王国旧ベルン領を占領。




