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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第三章 狂信者たちの鎮魂歌
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12.死人は戦士として蘇る

 作戦決行の時まで、ライカ一行はベルンの監視を続ける。東のアスタロッテが仕掛けたという伝令が来たら、それを合図に動く手はずだ。


 メトスの季節特有の、肌寒い風が吹いていた。侵攻ルートを最終確認するため、ライカは単身で麓へと足を運ぶ。複数人では目立つからだ。ティッタは心配そうに嘶いていたが、ザックがうまく宥めて残らせた。


 葉が腐りかけ、土と同化しそうな地面を踏みしめながら進むと、獣道は徐々に人の手が入った細道へと変わっていった。 かつてのベルン領の北門が、遠目に見えるほどの位置まで差し掛かった時だった。


「――よぉ。珍しい客人だな。こっちからくるなんてよ。わりぃな、死んでもらうぜ。森の番人を任されちまってるからよ」


 気配に全く気が付かなかった。道の端にある岩に、一人の男が腰掛けている。白髪でひどく痩せこけており、両目は固く閉ざされていた。男は左手をだらりと下げたまま、右足を引きずるようにしてゆっくりと立ち上がる。

 その右手には、鉈のような大剣が力強く握られていた。


「こっちからくる奴はロクでもねぇ。帝国しかいねぇだろうが。ハハ、こんなんでもな、元戦士だ」

「――!?」

(……)


 令嬢は絶句した。見るも無残な姿に成り果てているが、ティッタの時と同じく、見間違うはずがない。 


「死に場所を探しているんだ。……これは独り言だ。返さなくていい」


 男は大剣の切先を、静かにこちらへと向けた。


『アレク……おじさん……!』


 マーサに手を引かれて逃げる時に凶刃に貫かれ、倒れるところを見た。その驚異的な生命力で生き残ったというのか。あぁ、なんてことだ。


「――」

(言うな)


 アレクの名を叫ぼうとするも、悪鬼に阻まれる。口が動かない。


『なんで……!?』

(戦士として一戦やれ。それからだ)


 エルマは大きく目を開くと納得したように息を吸う。そしてゆっくりと息を吐くと、静かに剣を構えた。父・ガルムの大剣を。


「そうか。やってくれるか。我は黒曜……ちげぇな。肉屋のアレク。いざ」


 片足とびの踏み込みと共に、重い大剣が振り下ろされる。かつての彼なら、恐ろしい威力の斬撃だったのだろう。


「……」


 だが――今のエルマにとっては、容易に避けられるほど遅く、軽い太刀筋だった。


『アレクおじさん……! アレクおじさん……!』

(小娘、お前が戦うんだ。お前が戦わなくてはいけない)


 エルマは涙で滲む視界の中で大剣を振るう。風が頬を打つ。アレクは腐葉土に足を沈ませながらもそれを難なく防いだ。


「良い剣だ。それに筋もいい。……若い? な。強い。強いな。あぁ、戦士だ。戦士の剣だ」


 エルマにその言葉が深く染み込む。一合、二合と刃が交錯する。アレクは必死に剣を振るうが、元より限界を迎えていた体躯は、徐々にその動きに精彩を欠いていく。


「ハハ、皆、すまねぇ。俺だけこんな……牙、抜けちまったかよ……殺せ」


 そしてついに、糸が切れたように膝から崩れ落ちた。

 大剣を投げ出し、エルマは咄嗟に駆け寄ってその痩せこけた体を抱きとめた。軽い。これは本当にアレクの体なのか。


「もういいんだ! ……もう!」


 ライカは声を上げる。


「おいおい、女かよ。帝国兵。そりゃあ、いけねぇんじゃねぇのか?」


 アレクは返した。


「もういいんです! アレクおじさん!」


 そして、()()()は叫んだ。


 冷徹な帝国の将軍としての仮面が剥がれ落ち、そこにあったのはただ、家族を失い絶望の暗闇を歩き続けてきた当時を思わせる令嬢の姿だった。


「え……?」


 その声に、アレクはハッと息を呑む。

 震える手を伸ばし、目の前にいる少女の顔をなぞる。見えない目で、それでもゆっくりと確かめるように。


「お、嬢……お嬢?」

「うん……。お嬢だよ……おじさん。エルマお嬢だよ……」

「ああ、あぁぁぁぁ……」


 それからはもうだめだった。アレクはエルマの手を力強く握り締め、子供のように泣き崩れた。

 エルマもまた、清潔とは言えないアレクの大きな体にすがりつき、大粒の涙を溢れさせる。


「ありがとう。ありがとう。生きていてくれて」

「うん。おじさんも生きてくれていてありがとう。ね、帰ろう?」

「ああ……」


 冷たい風が吹く森の中で、エルマは満身創痍の戦士に肩を貸し、静かに自陣へと歩き出すのであった。


 * * *


「なんかまた連れてきた!」


 ライカが戻るなり、ザックは開口一番にそう叫んだ。


「も、戻った」


 ライカはなにやら盛大に目を泳がせながら言った。

 彼女が連れ帰ってきたのは、ボロボロの白髪の男だ。黒馬の次は、ザックよりも一回り以上は年上の満身創痍の男である。閉じた目が痛々しい。


「すまない。世話になる。……ライカ将軍一行。おれはベルンの戦士、アレクだ。ライカ将軍には昔、助けられたことがある。恩を返したい。協力する」


(嘘だな)と、ザックは即座に思った。

 男は淀みなくスラスラと言っている。が、隣にいるライカが明らかに動揺している。ものすごく不自然である。


「アレクお、アレク。とりあえず、ご飯、メシを食え。体力を戻すんだ」

「ありがたい。ライカ将軍」

「しょうがねぇな……」


 どうもライカがそわそわしていてらしくない。心から喜んでいるように見える。


(ふん、小娘が随時過呼吸なったら使いもんならねぇからな。まぁいいだろう)


 悪鬼はそうつぶやいて目を閉じた。

 白髪の男はものすごい勢いで食事をとっている。目が見えていないはずなのに、手探りすることなく的確に食料を掴み取る姿は異様だった。心なしか、萎んでいた体がみるみる大きくなっているような気もする。


(……ただのおっさんじゃねぇな?)


 ザックは目を細めた。

 ライカの露骨な動揺。そして、この男の異様なまでの食事のペース。ザックの勘が、目の前の男から漂う得体の知れない気配に警戒をしていた。

 ザックは探りを入れるため、ほんの僅かに――針の先ほどの鋭い殺気を、食事中の男の背中に向けて放った。


 ピタリ、と。

 男の食い意地の張った手が止まる。


「っ……!?」


 次の瞬間、ザックの全身から冷や汗が噴き出した。

 なんだ、この重圧は。

 巨大な獣に真後ろから首筋を食いちぎられそうになっているような、殺気。


 ライカとも違う。ギュスターヴとも違う。サハグとも違う。もっと単純な、暴力の恐怖。

 息ができない。指先一つ動かせない。数々の修羅場を潜り抜けてきたザックの本能が「これ以上はやめろ、殺されるぞ」と警鐘を鳴らして悲鳴を上げている。


「帝国は粒ぞろいじゃねぇか」


 男は振り返りもせず、閉じた両目をザックの方へと向けて、ニィッと口角を上げた。

 その顔に張り付いていたのは、先ほどまでの敗残兵のそれではない。獰猛な肉食獣の笑みだった。


「あ……あんた、一体……」

「おっと、飯が冷めちまう」


 男がそう呟いた瞬間、ザックを縛り付けていた致死量の殺気が嘘のように霧散した。男は再び、何事もなかったかのように食事に戻っていく。


(嘘だろ……)


 ザックは滝のような冷や汗を拭いながら、大きく息をついた。


(ライカのヤツ、またとんでもねぇ『化け物』を拾ってきやがった……!)


「ライカ将軍にはな、いい所見せなきゃ、いけねぇんだ、よ。っと」


 食事を終えたアレクはそう呟き、左足だけで立ち上がった。

 そして、


「ウラァ!!!」


 怒号を上げると、動かないはずの右足を地面に叩き付けるように強く踏み鳴らした。

 骨と筋が強引に噛み合わされるような、おぞましい音が周囲に響く。


「よし、動いたな。なにを驚いている。戦士の基本だ」

「いやそんな馬鹿な。お前、どうなってんだよ。めちゃくちゃだよ……」


 肉体の損傷を気合と暴力的な意志の力だけでねじ伏せて笑うバケモノの姿。ザックは深い溜息と共に頭を抱えるしかなかった。だが、その顔には微かな頼もしさに対する諦めの笑みも浮かんでいた。

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