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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第三章 狂信者たちの鎮魂歌
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10.アズガルド山脈

『懐かしいな。何年振りか』

(さぁな。そろそろだ)


 ライカ達はバレリィの関所を抜け、険しいアズガルドの山道を進んでいた。

 そして中腹の鬱蒼とした森に入ったころ。先頭を歩いていたライカは、急に獣道すらない方向へと逸れた。


「ライカ! そっちは道がないぞ!?」

「大丈夫。ついてきて」

「……通ったこと、あるのか?」

「諸事情でね」

「そっか」


 ザックはいつもそうだ。怪訝な顔はするものの、それ以上深くまでは聞いてこない。

 彼なりの気遣いが、今のライカには大変ありがたかった。だから、ついいつも口から零れてしまう。


「ザック、ありがとう」

「……なんのことやら」


 ザックが照れ隠しのようにそっぽを向く。

 そうして正規の道から外れて進む。険しい崖を上り、冷たい川を横断する。

 やがて見えてきたのは、少し開けた場所。その奥に、蔦に隠されるようにして自然の洞窟が口を開けていた。


 中に入り、ライカが壁に剣の柄を打ち付ける。すると、衝撃に呼応して壁がほのかに光り始めた。


「光石だ」


 青白い光によって、洞窟内が目視できるようになった。

 ライカは迷うことなく奥へ進むと、地面に不自然に敷かれていた枝をどかせる。すると、土の中から油紙に包まれた燻製肉などの保存食が出てきた。


『流石に、もう食べられないか?』

(いんや、いける。時間が経った燻製肉。これがまたうめぇのよ)


 精神の奥底での脳内会議を即座に終えたライカは、迷いつつもその黒ずんだ肉の塊に齧り付いた。


 ――これはいける。


 令嬢の味覚が悲鳴を上げるかと思いきや、凝縮された塩気と獣の旨味が広がり、思わず笑みがこぼれた。


 やがて夜の帳が下り、洞窟の中にパチパチと焚火の薪が爆ぜる音が響き始める。

 揺らめく炎を見つめながら、ライカはふと、過去の記憶に引きずり込まれていた。


 数年前――故郷であるベルン領を焼かれ、命からがら逃げてきたあの夜。

 追手に恐怖しながらも帝国側に辿り着くまでは、文字通り不眠不休の逃避行だった。


 皆が死んだ。好きだった街は焼失した。

 歩きながら、心もとっくに死にかけていた。それでも、自身は『巨狼の娘』であり、誇り高き戦士なのだと己に言い聞かせ、前へ進み続けた。


 そんな精神状態で辿り着いたのがこの洞窟だったのだ。

 当時と同じようにパチパチと爆ぜる火の粉を見つめていると、あの時のどうしようもない絶望と、生き延びた安堵の記憶が鮮明に蘇り、不意に鼻の奥がツンと熱くなった。


「んで、ライカ。どうするんだ?」


 不意にザックの声が響き、ライカはハッとして意識を現在へと引き戻された。


「……あ、ああ。まずはこの山道を使うことで王国側の監視、関所を避けることができる。尾根を越えて王国側に入りこめたら、ベルン領が見えてくるはずだ。まずはそこを偵察する」

「ベルンか。前に帝国が『火弾槍』を使用したっていわれるところだな」

「うん……」


 ――火弾槍。

 その単語を聞いた瞬間、脳裏に再び、業火に焼かれて崩れ落ちる街の光景がフラッシュバックする。無意識のうちに、ライカの膝の上の拳がギュッと強く握り込まれた。


「ライカ。本当に平気なのか? 顔色わるいぞ」


 鋭い副長の指摘に、ライカは誤魔化すように慌てて表情を取り繕う。


「大丈夫よ。寝れば直るわ。最近すこし強行軍だったからね」


 動揺のせいか、ふと、普段の悪鬼ともライカのそれとは違う素の口調が零れ落ちる。

 ザックはそんな上司の明らかな不調と口調の変化に気づいたはずだが、やはり怪訝な顔をするだけで、あえて深くは突っ込まなかった。


「……そっか。なら、今日はもう休め。見張りは俺たちがやっておく」

「……ありがとう」


 * * *


 洞窟の入口の警備は部下に任せ、ザックは眠りについたライカの近くで、静かに火の番をしていた。


「うう、お父様……」


 苦しげに寝返りを打ちながら、ライカの口からか細い寝言が零れる。

 燃える薪を見つめながら、ザックには凡その予想がついていた。我が将軍ライカ・ローサは十中八九、オルディスの人間だ。そして間違いない、あのベルン領の関係者だろう。度々見える『火弾槍』という単語に対する強烈な反応が、何よりの証拠だった。


 あれは数年前、帝国軍がベルンを焼き払うために使用した非道な兵器だと聞いている。

 なぜそんな凄惨な過去を持つライカが、憎き帝国で将軍などやっているのか。深い事情まではわからないが、ザックの胸の内に何とも言えないやるせなさが広がっていく。


「なぁ、ライカ。お前は本当は……何を目指してるんだ……」


 薪をくべながら、誰に聞かせるでもなくポツリとこぼした、その時だった。


「国盗りだぜ」

「――!?」


 先ほどまでか細い声で泣いていたはずの口から、突如として、獰猛で聞き慣れた声が響いた。ザックは弾かれたように顔を上げる。


「……なんだ、イカレの方かよ」

「ハッ。ザック、おめぇも大概大物だぜ」


 見れば、ライカは静かに目を開け、輝く黄金の瞳で洞窟の天井を見つめていた。


「……令嬢の方は寝てるのか。いい加減、聞きたかったんだ。お前は、何者だ?」


 ザックの声のトーンが一段階低く沈み、同時に強烈な殺気が膨れ上がる。

 それは、かつてのうだつの上がらない傭兵のそれではない。ライカと共に数多の修羅場を越え続けた本物の戦士の重圧だった。


「ハッ、生意気な奴め。俺か? 悪鬼であり、悪党であり、とある男から呪いを受けちまった哀れなやつさ」

「わっかんねぇよ。具体的にはなんなんだ」

「ザック。おめぇ、元か今かは知らねぇが貴族の家系だろ?」

「――ッ!? なぜ!」


 予想外すぎるカウンターに、ザックの殺気が一瞬で霧散した。


「ばーか、おめぇよ。その辺の薄汚ぇ傭兵が、名家の『黒百合の印』の意味なんざパッと見でわかるわけねぇだろうが」

「あーっ!! あの、レッドオーガの時の!」


 ザックは完全に「しまった」という顔で、ガシガシと頭を抱えた。

 この大悪党は、ずっと前から見抜いた上で、黙って自分の副長として使い倒していたのだ。


「そういうこった。お互い、裏も事情もある。だから『深堀しねぇ』のがテメェのまぁ旨味だな。……寝るぜ」

「チッ、こっちの人格は可愛げもねぇ」


 勝負ありだ。

 悪鬼の言葉に、ザックは完全に毒気を抜かれたように息を吐くと、少しだけ口角を上げて再び焚火へと視線を戻すのだった。

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