7.ディザスター
「なんだよ! なんだよなんだよ! アーティア!?」
ライカの全身が、神々しい水色の羽衣に包まれる。背中に生えた光の翼を羽ばたかせながら、上空へと急上昇する。
「ライカ、お前はどこまでいくんだ。いくら俺が副長だって、翼までは生やせねぇぞ……」
ザックは空高く飛んでいった自身の上司を見上げポツリとこぼした。
「アーティアァァァァァァ! また僕を罰するのか!!!!!」
「うるせぇ! 人違いだクソガキ!」
心臓を掴み上げるような咆哮をあげる異形の怪物に対して神の因縁など知ったことかと言わんばかりに、ライカは勢いそのまま大剣を力任せに叩き付ける。
サハグは左手の爪を立てて防ごうとするが、凄まじい神威と膂力の前に為す術もなく吹き飛ばされ、市街地の建物へと激しく墜落した。幾重の石壁を貫通し瓦礫を派手に撒き散らしながら、邪神の巨体がクレーターを作り出す。
「ハーッハッハッハッ! 聴け! 民衆よ! 我はライカ・ローサ! 泣け! 喚け! 絶望と蹂躙と殲滅にその身を捧げよ! ハーハッハッハッ!」
「……どっちが、邪神なんだよ」
「イ、イエス! ボス!」
「アーティア様のお言葉……い、一字たりとも書き漏らすな!」
ザックとその部下四人は変わらず空で暴れるライカを見上げて声をあげる。
白みがかった空を背に、神聖な光を放ちながらも負けじと黄金の瞳を爛々と輝かせ獰猛に嗤うライカは大魔王のようでもあった。
《ああ……私の子供たちが……》
『あの、ごめんなさい』
頭上で高らかに笑う『大悪党』の圧倒的な力と存在感の前に。
恐怖か、それとも畏敬か。民衆はただ無言でひれ伏す。
《この魂の濃度……。あぁ、そうか。そうなのね……。スフィーリアが落としてしまった、戦士の魂……》
『……?』
「湧き上がる! 湧き上がる! ワカル! ワカルぜぇぇぇぇ! そら、『フィフスランス』だ!」
「ガアアアアアアアアッ!」
ライカが槍を天に投擲し指を鳴らした瞬間、上空の空気が異常な密度で圧縮され、黄金の魔法陣が展開される。天から雲を引き裂いて現れた神の槍。それが神速をもってサハグを深々と貫きクレーターにさらなる拡大工事をもたらした。
「『ディザスター』!」
大地が割れ、雷鳴が響き、暴風が吹き荒れる。無事なのは、消えたスフィーリアが遺した光の障壁に守られている大聖堂のみである。
「調子に乗るなよ! 少し顔がいいからって! 僕の想いを無碍にしやがって!」
サハグは自身を貫いた神槍を引き抜くと、ライカへと力任せに投げ返す。
あまりの勢いに、大気を裂いて紫電が走る。音を置き去りにした一投は、空間そのものを歪ませながらライカの眉間へと殺到した。
「あん? おめぇ惚れてたのか? ハッハッ! ガキが色気づきやがって!」
『アーティア様……?』
《性格が……ちょっと、タイプじゃなくて……》
精神の奥底での気まずいやり取りをよそに、ライカは迫り来る神槍をつま先で蹴り上げて回転させると、空中で柄を掴み取り、そのままの勢いで再びサハグへと投擲した。
(フハハハハ、フハハハハ!)
『悪鬼、ちょっとやりすぎだ』
(あ?)
《そうよ! 早く私に――》
『私にも使わせろ。ずるい』
《え?》
(まぁ、いいだろう。おれはここで別嬪さんとよろしくするぜ)
《ちょ、まって! キャアアアアアア!?》
黄金の瞳は菫色に変わっていく。
「なんだ。邪神よ。蓋を開けてみればただのモテない男の逆恨みか。それを八つ当たりに弱き者に当たって笑っているだけの矮小な存在か。神話? 笑わせる。ただの痴話ではないか」
「貴様ァァァァァ!」
激昂するサハグに向かいライカは水色の羽衣をはためかせ、流星の如く急降下する。
「これが、魔力……。これが、神威……」
普段の自分にはあり得ない、力。ライカは己の肉体に宿る神の動作を一つ一つ確認するように、軽やかに大剣を振るう。
一切の力みがない、流麗な一閃。
たったそれだけで、邪神の強固な鱗が容易く弾け飛び、どす黒い血が噴水のように溢れ出した。
「グググッ!」
(なぁ、いいじゃねぇかよ。なぁ?)
《よくありません! 頭が高いのよ! 私はお前たちのいう――》
(いーや、ただの女だ。えれぇ美味そうだ)
「私を侮るなよ! アスタロッテが何百年もかけて集めた怨念の力だ。その身に刻め!」
サハグの口から、可視化された呪いのような超音波が吐き出される。
『返します』
《え?》
主導権が入れ替わり、瞳が菫色から神々しい新緑の光へ変わっていく、まさにその刹那。
力の女神アーティアは、何百年分もの怨念の直撃を、一切の防御なしで顔面から存分に受けてしまったのだった。
「貴様等……」
全身が焦げて煙が上がる。神々しい水色の羽衣がいまや泥水のようになり、白磁のような美しい頬は煤まみれになっている。
「許さん……。我は力を司る者、アーティア」
歓喜に震えていた大地が、大気が、万物が恐怖に震える。
大聖堂に避難した人々はもはや声すら発せず、ただ震えながら必死に祈り続けることしかできなかった。
「ちぇっ、依り代の分だけ君の方がパワーが上か」
「砕け散れ、サハグ。――ガンマ・レイ」
アスタロッテ上空の天蓋が反転し、空が突如として変貌する。暗闇に光が点在する。それは天体の瞬きであった。
無数の天体が輝く中、アーティアが静かに腕を振り下ろすと――星々から放たれた光線が無数の束となってサハグへと殺到した。
「完全じゃないとはいえこれをやられたらね。まぁ、僕は久々に君にこれをやられてうれしいって感情しかないよ」
破壊の光に呑まれる度に、サハグの肩が、足先が、塵となって宇宙の闇へと消滅していく。
「じゃあね。アーティア。やっぱり君は綺麗だ……」
「二度と顔を見せるな。気色が悪い」
(おー、こえ)
『さぁ、悪鬼』
(ああ)
『用済みだ』
(用済みだな)
《貴様等!?》
ライカの右目が菫色に、左目が金色に変容していく。そして、アーティアの思念が抜けていく。権限を使い過ぎたか力が底を尽きたのか。ただ、目の前には裸のジャネバがいる。ガタガタと震え、祈るようにこちらをみて喚いている。
「か、神よ! 許し給え! 救い給え! 私はこんなはずでは――ガッ」
「てめぇの神はクソして寝てるよ」
(てめぇの神はクソして寝てるぜ)
ライカは躊躇せずその身を切り裂いたのだった。




