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1.神聖アスタロッテ

 ライカ・ローサという『女』がいる。

 最初は、ただの冷徹ないけすかねぇ女だと思っていた。しかし、ライドの野郎に無理やり相棒にされてからは、その内側がひどく熱く、苛烈であることを知った。


 ライカ・ローサという『隊長』がいる。

 ひでぇしごきの練兵をするかと思いきや、わかりづらいけど情に厚い。そうさ、熱いんだよ。本当に、わかりづらいけどな。


 ライカ・ローサという『将軍』がいる。

 ひとたび戦場に立てば、自ら先陣を駆け、常人には理解の及ばないイカれた戦法と軍略で、勝利をもぎとっていく。


「――全軍、進め」


 先頭を行く馬上で、銀髪の将軍が剣を抜く。

 それに応えるように、ライカを慕ってついてきた兵達が腹の底から咆哮を上げた。

 俺は首元で揺れる、みすぼらしい布のお守りをそっと握りしめる。

 自慢じゃねぇが。

 俺らは、そんな不器用で最高にイカれた将軍を――心底、尊敬しているのさ。


 * * *


「……そうですか。御命令とあらば」


 帝都、皇宮デズロードの一室。フォルテから直々の話を聞いたライカの一言目は、ひどく淡々としたものだった。


「すまない……。私としても、これは命令しづらい案件だった。引き受けてくれて、ありがとう」


 若き皇子は苦渋の表情で、深く頭を下げる。

 創造神アスタロトを信仰する宗教国家、神聖アスタロッテ。

 彼らは、ライカ・ローサが民衆から戦乙女スフィーリアと呼ばれ、その名を利用していることを問題視した。そしてあろうことか、「異端の真偽を問うため、我が聖地へと巡礼しにこい」などと、慇懃無礼でわかりやすい脅迫めいた要求を突きつけてきたのだ。


 帝国としては、アスタロッテを敵に回すことは避けたい事情があった。

 何故なら彼らの領土は、険しいアズガルド山脈の峠道を抜かせば、オルディスと唯一、直接国境を接している国なのだ。交易の利や地理的有用度を考えれば、無用な摩擦を生むべき相手ではない。


 だが、懸念はそれだけではない。アスタロッテの民は、自らの教義のためならば狂気じみた笑顔で死をも厭わない、狂信者集団だ。

 そんな厄介な連中が、自分たちの信仰するアスタロトの尖兵スフィーリアを名乗るライカ・ローサを、ただの「帝国の使節」として無事に見逃すはずがなかった。


 数日後。ライカは副官のザックを伴い、神聖アスタロッテへの道程を進んでいた。

 ここまで抽象的な任務は初めてだ。「敵を殲滅する」わけでも「陣地を防衛する」わけでもない。だが、教義のためなら死すら受け入れる狂信者の巣窟へと丸腰に近い状態で乗り込むこの旅は、ある意味で戦場の最前線よりも危険度が高いと言えた。


 なにせ、奴らからすればライカは、自分たちの崇める神の尖兵スフィーリアの名を騙る、万死に値する不届き者なのだから。


「なぁ、ライカ。これは流石に危険じゃねーか? いつもの戦場とは勝手が違いすぎるというか……」


 馬に揺られながら、ザックが周囲を警戒しつつぼやく。


「どこであろうと、相手が何であろうと、我々のすることは変わらない。ただ『勝利』をもぎ取るのみだ」

「だから、その『勝利の条件』が今回は本当にわからないんだよ……。敵将の首を獲ればいいってわけじゃないんだろ?」

(ハッ、シンプルだぜ。奴らの心臓ごと、そっくりそのまま奪い取れば良いのさ)

『心に留めておく』


 脳内で上機嫌に嗤う大悪党の声を聞きながら、ライカは前方を鋭く見据えた。

 やがて一行の視界に、神聖アスタロッテの聖都『アルカディア』の威容が現れた。

 街の中心に天を衝くように聳え立っているのは、巨大な白亜の大聖堂。


 それは、壮大で豪奢な帝国の皇宮デズロードにすっかり見慣れているはずのザックたちでさえ、思わず息を呑み、圧倒されるほどの荘厳さを誇っていた。信仰の名の元に集められた莫大な富と権力の匂いが、むせ返るほどに立ち込めている。


『……どれだけ民から搾り取れば、あんな途方もない建物が作れるんだ』

(神ってのは便利だぜ、支配する側からすればな。教義一つ囁くだけで、人間は喜んで命も財産も差し出す。こんな都合の良い道具はねぇ)

『罰当たりな奴』

(おいおい、小娘。その『罰』ってのは誰が決めた? アスタロト本人の言葉か? お前は直接聞いたことがあるのか?)

『それは……』

(俺は神なんて信じちゃいねぇが……奴らの言葉を借りるなら、神ってのは偉大なんだろ? 名前を騙られたくらいでいちいち異端だ何だと目くじらを立てるなんて、ずいぶんとちっせぇ神様じゃねぇか)

『……』


 身も蓋もない、悪鬼ならではの痛烈な皮肉。反論の言葉を見つけられず、エルマは内心で押し黙るしかなかった。更に悪鬼は続ける。


(そもそも、だ。神を偽ることが『異端』だって言うならよ、この国そのものが異端だぜ?)

『なぜそう言える』

(奴らの教義をなぞるなら、神ってのは誰に対しても平等で救いの手を差し伸べる)

『それがなぜそうなる?』

(わからねぇか? 完全なる平等ってのは、何もしないってことさ。何もしないことが救いだ。それなのに、神の言葉を勝手に代弁して、金を毟り取る。……ハッ! 俺よりも、あいつらの方がよっぽど神を騙る『異端』で、タチの悪い『大悪党』だぜ。嫉妬しちまうぜ! ハーハッハッハッ!)

『……そんなことを大声で言えば、即座に殺されるな』

(な? 都合の悪い事実を殺して隠そうとする。それこそが異端の証明だろ?)


 身も蓋もない、だが反論のしようがない大悪党ならではの痛烈な皮肉。

 呆れを通り越して妙に納得してしまったエルマは、それ以上言葉を返すのをやめ、内心で小さく息を吐いた。

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