エピローグ
ダリア平原の片隅に、土の山がひとつ。その頂には主を失った大剣が突き立てられている。
ライカは一人、夜風に吹かれながらその前に立っていた。
彼女は懐から、一本の古びたナイフを取り出す。
それはかつて『ゼネビアの跡地』で彼女自身が拾い上げた、ゼノン一家バルバロッサ隊の団員が持っていた形見の品だ。
ライカは無言のまま、土の山の頂へ――大剣の隣に、そのナイフを深々と突き立てた。
(ライドよ、気に入ったぜ。お前は俺の一味に入れてやる)
精神の奥底で、かつて大陸を震え上がらせた大悪党が、ひどく機嫌良さそうに鼻を鳴らす。
それは、情など微塵も持たないはずの悪鬼が示した、戦士への最大の敬意。
『……勝手に決めないで。彼は、私の部下よ』
エルマは少しだけムッとしたように、内心でそう返した。
すると、悪鬼は呆れたような、しかしどこか満足げな声で嗤う。
(ケチなことを言うな子爵。……逝きな、俺のファミリー)
『……おやすみ。ライド』
帝国が用意したどんな勲章よりも重く、誇り高い『大悪党の身内の証』。
月明かりの下、墓標の隣に突き立てられたナイフは、戦場を強く生きた傭兵の最期を称えるように、静かに、そして気高く光を反射していた。
* * *
「……兄様。カルロス兄様なんでしょ?」
帝都の暗がり。戦の途中から姿を消していたカルロの姿を見つけ、フォルテは確信を持って呼び止めた。
「あれはぁー……戦場でぇ、ついぃ、感情が昂ってぇ言っちゃっただけでぇ、違うというかぁー」
「誤魔化さないでくれ。バモン将軍から聞いたんだ。それに、サモランを暗殺したのも兄様でしょ?」
フォルテの鋭い追及に、カルロスはピタリと動きを止めた。
纏っていた『ふざけた吟遊詩人』の空気が一瞬にして消え失せ、研ぎ澄まされた刃のような殺気が夜の路地裏を満たす。
「……バモンめ。フォルテ、気を強く持て。自分を持て。帝国は芯から腐敗している。私は、まだ表には戻れない」
「兄様……」
「ベルベット兄上は、まだどちらでもないと思う。だが、ゾーラだけは信じるな。……今言えるのは、それだけだ」
飄々とした態度とは裏腹の、真に迫る忠告。それだけを言い残し、第五皇子カルロスは再び帝都の深い闇へと姿を消した。
* * *
――アスタロトの季節が終わり、再びアーティアの季節がやってきた。
遊撃隊の合同宿舎は、連日異常な忙しさに包まれていた。帝国の英雄であるライカの軍に入りたいと、入隊希望者が後を絶たないのだ。
指揮をとれば連戦連勝、戦う姿は美しく戦乙女のよう。更に大陸最強ともいわれるギュスターヴ・アレクサンドライトとの一騎打ち。連日、吟遊詩人が酒場や宿舎でライカを讃える詩を歌っている。
「次、希望者! こっちだ! ザック副長との面接はあっちの天幕! ライカ将軍との実技試験はあっちの練兵場だ!」
大声で希望者に指示をだしているのは、祝勝会の夜に感銘を受け、本当に近衛を辞めて移籍してきた元近衛兵のファルコである。
ライカ・ローサ将軍。いまや爵位も持ち、民衆から圧倒的人気を誇る猛将。銀狼、スフィーリアなど、時と場合により呼ばれ方は様々だ。副長のザックなどはたまに『悪逆女』と呼んでいるが、本人の耳に入っているのかは定かではない。
時に、ライカは兵士を鼓舞するため、あえて伝説の『スフィーリア』の名前を使用する。
だが、それを「不敬」として由々しき事態と捉える連中がいた。
ガルヴェリアより南東、自由国家エルドラドよりさらに南に位置する宗教国家――神聖アスタロッテの連中である。
「ライカ将軍。皇宮デズロードより、至急の召集がかかっております」
「わかった。すぐに行く」
「俺も行くぜ」
「ザック、お前は駄目だろう。残って面接の続きだ」
「いいじゃねぇかよ……連日の書類仕事で、もう事務は疲れたんだぜ……」
「男爵のくせに泣き言を言うな」
軽口を叩き合いながら皇宮への準備を進める二人。その内側で。
(最近よくちょっかいかけてくる、アスタロッテの奴らだろうよ。ククク、国盗りのついでに宗教まで手中にいれたら……こいつはもう、極上の盤面だぜ)
魂の奥底で、最凶の同居人は新たな獲物の匂いに、上機嫌に嗤うのであった。
――第二章『狼と薔薇の輪舞曲』 完
2026/5/6 これにて二章は終わりです。ここまで読んでいただき大変感謝です。
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