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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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45.天に輝く剣の星とちっぽけな勇者

「オォォォォォ!」


 獣のような咆哮と共に打ち付ける。ギュスターヴはそれを防ぎ、力が拮抗する。

 同時に、ライカはつま先の仕込み針で脛あての隙間を狙うが、それも足先で容易く止められる。

 一合、二合、打ち合う。


 ――ギュスターヴの一振りが、ライカの脇腹をかすめた。


「――ッ!?」


 ただ掠めただけである。それなのに、強固な鎧がひしゃげ、ライカは強く背中から地面に叩き付けられた。

 地面を数度転がり、即座に立ち上がる。

 周りを見渡すと、帝国軍の退却はすでに大半が完了していた。


 血を吐きながら、ライカは笑った。


「俺の勝ちだぜ。ギンギラ」


 ギュスターヴは無表情だ。追撃はせず、ここから退却すればいい。

 が。


(……思い通りに、動かねぇ!?)


 骨が軋む。限界を超えた身体操作、そしてギュスターヴの重すぎる剣戟。それらによって、ライカの『器』はとうの昔に悲鳴を上げていた。


「終わりだ、銀髪の猛将よ。万の大軍よりも、貴公をここで討つべきと判断する」

「ハッ、ありがてぇ御言葉だぜ……」


 ライカは辛うじて剣を滑り込ませ、致命傷だけは免れた――そう思った直後、凄まじい衝撃に吹き飛ばされる感覚を最後に、バルバロッサの意識が闇へと落ちた。


『悪鬼!?』


 * * *


「ライカ!? ライカァァァァ!」


 叫びながらも馬を走らせる。

 ――見えた。


 ちょうど、苛烈で、どこか可憐で、誰よりも人を惹きつける将軍がボロ布のように吹き飛ばされるところだった。


「……ボス!?」


 白銀の騎士は悠然と、ライカの命を刈り取るべく歩みを進めている。

 その身から放たれるのは、圧倒的な光と、死の重圧だ。


「ザック。美味しいところはもらうぜ」


 絶望的なプレッシャーを前にザックの足が竦んだ、その一瞬。

 彼よりもさらに速度を上げ、前に飛び出した男がいた。

 大剣を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべたライドだ。彼は大声で叫ぶ。


「ライカ・ローサの将が一人、ライドだ! ……いくぞ優男!」

「ライド! だめだ! 死ぬぞ!」

『ライド!? くっ! 声がでない!』


 ザックの嗅覚が、かつてないほどの死の匂いを警報として鳴らし続けている。喉が裂けるほどの悲鳴で制止しようとしたが、止まらない。

 ザックは、自身が実行しようとしてできなかったことを先を越されたのだ。あと一歩のところで、ライドより踏み出す勇気が出なかった。

 

 ライドは狼と薔薇のマントをはためかせ、走り狂う馬から跳躍すると、ギュスターヴへと大剣を叩きつける。


「戦士の誇りは、戦士によって昇華される」

『ライド! よせ! ライド!』


 ひどく静かな声で、ギュスターヴは告げた。

 勢いをつけて叩きつけられたライドの剛剣は、片手で掲げられたアストライアに難なく受け止められる。

 その白銀の瞳に、一切の侮蔑はない。ただ純粋に、これから散る命への敬意だけがあった。


「喜べ、戦士。貴公の矜持は、いまここで我が手によって昇華される」

「ボスを早く連れてけ! ザック!」


 ライドは一度だけ背中越しに相棒を一瞥し、牙を見せて笑った。


「戦士として、ここは俺が先に貰う!!」


 ザックには分かる。それが、ただの強がりだと。

 イカレたボスを逃がすための、彼なりの不器用な自己犠牲なのだと。


「――っ!!」


 理解してしまったザックの絶叫を置き去りに、ライドの大剣が、無明を照らす白銀の光に易々と弾き払われた。


「貴公の剣は我に届かなかった。案ずるな、私は人の届き得る頂点である」

『ライドォォォォォ!』


 無慈悲にも美しく光るアストライアが、大男の心臓を一直線に貫いた。


「いかせるかよ……優男」


 白銀の凶刃に心臓を抉られ、口から大量の血を噴き出しながらも――ライドは倒れなかった。

 彼は血反吐を撒き散らしながら、強引にギュスターヴの身体へしがみつき、その圧倒的な機動力を力任せに封じ込めたのだ。


「――ライド、覚えておこう。美しき狼と薔薇の戦士よ」


 己を縛り付ける血まみれの元傭兵団長へ、ギュスターヴは最上級の敬意を込めて静かに告げた。

 だが、その言葉が彼の耳に届いていたかはわからない。

 栄光の騎士が与えた『戦士としての誉れ』など、ライドには何の価値もなかった。


 彼の霞む視線の先には、ボスのために必死で駆けてくるザックの顔があった。


「へへ、泣くなよザック。傭兵、だろ……」


 ゴボリ、と血の泡が口端から溢れる。


「おめぇらを入れた、俺の眼力は……わるく、なかったって、ことさ……」


 ふっと、戦士としての獰猛な光が瞳から抜け落ちる。

 暗転していく意識の中で、彼が見ていたのは――いつかの、ひどく貧しくて、けれど温かかった小屋の天井だった。


「おっかぁ、へへ、今日も……これだけかよ」


 泥臭く今日を生き抜いてきた大男が最後に漏らした、幼い子供のような笑い声。


「おれが……稼ぐからなぁ……」


 それが、砂塵の傭兵団の元団長、ライドの最期の言葉だった。


 彼が己の命と引き換えに作り出した、バケモノを縛る数秒の隙。

 ザックは、ライドが白銀の凶刃に倒れるまさにその瞬間を――決して逃さなかった。

 絶望している暇などない。悲しみに暮れて立ち止まれば、あいつの命が無駄になる。


「ライカをやらせるかよォォォォッ!!」

『ライド! いやだ! ライド! ライド!』


 血を吐くような咆哮と共に、ザックは動いた。

 ライドの決死の抱擁に、栄光の騎士の意識がほんのわずかに逸れた、決定的な隙。そこに決死の体当たりをぶち込み、もつれ込むようにして放った地を這う剣閃が――ギュスターヴの脚の腱を、浅いながらも斬り裂いた。


 致命傷には程遠い。だが、バケモノの機動力を奪うには、それで十分だった。

 体勢を崩したギュスターヴに追撃をかけるような、三流の真似はしない。欲を出せば確実に殺される。俺は凡人だ。凡人には、凡人の役割がある。


 ザックはそのまま地面を強く蹴り、動けなくなったライカを乱暴に担ぎ上げると、一度も振り向くことなく血の平野を全力で駆け出した。


 ライドが命を代償にして得た、たった一度きりの生存ルート。

 凡人はただひたすらに、前だけを見て駆け抜ける。


(後ろを向くな。今は意味ねぇ)


 肺が焼け付くように痛む。足がもつれそうになる。矢が一つ肩に刺さった気がした。それでも構うものか。


(動け、俺の脚。あとでぶっ壊れて、ちぎれてもいい。走れ、走れ、走れ!)


「ザック……」


 不意に、肩に担いだ小さな身体から、掠れるような声がこぼれた。

 それは苛烈な将軍ではない、ひとりの少女としての弱々しい響きだった。

 直後、彼女の身体からふっと完全に力が抜け落ちる。かろうじて保っていた意識が、限界を迎えて途切れたのだ。


(早く……ライカを、休ませてやらねぇと……っ!)


 奥歯を噛み締め、こみ上げてくる嗚咽を血の味ごと呑み込む。

 背後から迫る圧倒的な死の気配から遠ざかるように。友が命を懸けて繋いだ未来へ向かって。

 ザックは泥と血にまみれた戦場を、ただ一心不乱に駆け抜けていった。

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