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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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44.ギュスターヴ・アレクサンドライト

「な、なんだよありゃあ。死の気配がそこら中に撒き散らされてやがる。ライカも大概だけど、あいつもやべぇ……ッ」

「騎士王の国トラキアが作り上げてきた化け物の血筋、アレクサンドライト家の騎士だ……。こいつは、早く逃げねぇと」


 遠目からでも圧倒的な存在感を放つ『白銀』を見るだけで、ザックとライドの足は竦み、震えが止まらない。

 ギュスターヴがただ歩みを進めるだけで、強固だったはずの帝国軍の前線が、まるで紙切れのように易々と押し返されていく。


「やべぇぞ! 殿下はあの前線のすぐ近くにいるはずだ!」

「おう! ビビってる場合じゃねぇ! 早く戻らねぇと、あの殿下のことだ……!」

「ああ!」


 圧倒的な死の気配を前にして、二人は恐怖を怒声で無理やりに塗り潰し、主君の下へと戦場を駆け出した。


 * * *


「あんなの……反則だよ……」


 圧倒的な武による進撃。たった一人の騎士によって、フォルテが心血を注いで構築した強固な陣形もなす術なく崩されていく。


「殿下、呆けている場合じゃないよ。逃げよう」


 常に飄々としているカルロでさえ、その声に微かな焦りを滲ませてフォルテの腕を強く引く。が。


「だめだ」


 フォルテはその手を、震えながらも力強く振り払った。


「ライカ殿とザック殿、ライド殿が、まだ戻ってきていない。ぼく……私がここで指揮して陣形を保たないと、前線にいる彼らの逃げ道がなくなってしまう!」


 恐怖に足は震え、顔は蒼白になりながらも、若き皇子はその場から一歩も退こうとはしなかった。

 その時、陣形の崩れた隙間を縫って、連合軍の兵士の一人がフォルテの眼前へと迫ってきた。出で立ちからして、エルドラドの傭兵だろう。


「手柄ぁッ!!」


 皇子の首を狙い、凶刃が振り下ろされる。

 ――護衛の兵が反応するよりも早く。


「仕方ないなぁ。こういう時、お兄ちゃんってのはつらいよねぇ」

「え?」


 シュッ、と。

 一閃。傭兵の首が、あっけないほど軽やかに宙を舞った。

 何が起きたのか理解できず、突然極大の殺気を放ち始めた『吟遊詩人』に向かって、周囲の護衛兵たちも一瞬だけ目を剥いた。


「まぁ、僕も彼等は嫌いじゃないんだ。あの女はイマイチだけど」


 ニコニコと軽薄な笑みを浮かべて、カルロス第五皇子はフォルテを守るようにその前に立ちはだかった。

 直後、決死の形相のライドとザックが合流した。


「フォルテ殿下!」

「ザック殿! ライド殿! よくぞ無事で……! ライカ殿は!?」

「あ、あぁ!? ライカならすぐ後ろに――」


 ザックが振り返り、そして戦場の中央に『それ』を見つけた瞬間。

 彼の顔面から、血の気が引いた。


「お、おい……ッ!」

「ライカ! やめろ!! そいつは駄目だ!!!!!」


 ザックの喉が裂けるような悲痛な叫び。

「行くぞザック!」とライドが駆け出すが、もはや間に合わない。


 * * *


 ――白銀の騎士に対峙するは、同じく銀色の戦士。


「ごきげんよう、騎士様」


 ライカは血濡れた戦場にあって、菫色の瞳に静かな光を携えながら、見事なカーテシーを決める。その後、ギュスターヴの真正面へと悠然と歩み出た。


 周囲には兵が大勢いるのにも関わらず、不思議とライカには誰一人として攻め込んではこない。帝国兵は恐れ慄き、連合軍はギュスターヴに絶対的な信頼があるからだ。


(奴らが妙に折れなかったのはこいつが原因か。にしても……統率やら抜きにして純粋な武ならこいつが大陸最強だろう。流石にな)

 

「そこの令嬢に扮した戦士。名は」

「ライカ・ローサ」


 名乗った直後、白銀の騎士は目を細め、静かに、だが確信を持って告げた。


「偽りだな。……貴公は、名と体と心が合っていない」


 その言葉を受けた、瞬間。

 ライカの右目は本来の菫色が一段と深く輝きを増し――そして左目には、禍々しい黄金の光が強烈に煌めき始めた。

 一つの体に宿る二つの魂が、極限の闘志の中で同期する。


「知れたこと」

(知ったこっちゃねぇな)


 菫色の瞳と黄金の瞳を爛々と輝かせながら、辺境の男爵令嬢と最凶の悪鬼は獰猛に嗤った。

 そんな異形の戦士を前にしても、ギュスターヴは表情一つ変えることなく、手にしていた槍を放り投げ、腰に差した美しい光を放つ剣を抜いた。


「戦士よ、敬意を表す。我が、人の届き得る力の頂点と知れ。――喜べアストライア、出番だ」


 そして、その切っ先を静かに向けた。


(小娘。序盤は体の全権を寄越せ。プライドやら言ってる場合じゃねぇ)

『唐突なスイッチを狙う訳か』

(ハッ、嫌だネェ。付き合いが長いっていうのは)


 魂の同期と同時に、ライカは動いた。

 地面の砂を思い切り蹴り上げ、ギュスターヴの視界を奪う目潰しの幕を張る。そしてその砂塵に紛れるように鋭く一歩を踏み込み、剣で突きを放った。


 ――しかし。ギュスターヴは飛来する砂を躱しもせず、あろうことか目に砂が入ったにも関わらず、瞬き一つとして閉じることすらしなかった。

 瞳を開いたまま、放たれた突きを、ただ単純に剣の腹で逸らす。


 悪鬼の放った一撃は、次を繋ぐための様子見の突きであった。そのため、体重は踏み込む前の軸足にしっかりと残してある。だからこそ、弾かれた反動で無様に吹き飛ばされる羽目にはならなかった。

 だが、


(……重てぇ)

『ライドとは比べ物にならない』


 ただ単純に軌道を逸らされただけ。その無造作な払い一つから伝わる反発力は、こちらの体重が完全に乗っていなかったにも関わらず、ライカの腕を根元から激しく痺れさせていた。


「――ッ!」


 すぐさま、悪鬼の長年の戦闘経験が警鐘を鳴らし、体を半身分ずらす。直後、『アストライア』が轟音を伴ってライカの横の地面を爆散させた。


 ――ライカから放たれる殺気が、明確に一段階跳ね上がる。


(たまらねぇ。たまらねぇよぉ!)


 気分がアがる。いや、ブチアがる。

『悪鬼!?』

(小娘ェ、耐えられねぇ。抑えきれねぇ。スイッチ? 渡せる気がしねぇ!)


 左目の黄金が、充血するように真っ赤に染まっていく。ライカの体中の血流が沸騰し、倍速で駆け巡るような異常な感覚。


『筋肉が、全身が、悲鳴をあげている……ッ!』

「ハッハァ!!」


 全身の筋繊維が断裂するのも厭わないリミッター解除の膂力。獰猛に嗤いながら、ライカは渾身の力を込めて剣を振り下ろした。


「くっ!?」


 常軌を逸した重い一撃に、それを受けたギュスターヴがたまらずたたらを踏む。

 無表情だった彼の顔が、ここへ来て初めて苦悶に歪んだ。


「ギュスターヴ様が、後ろに動かされた……!?」


 周囲の兵たちが信じられないものを見たようにざわめく。


「フハハハハ!」


 追撃とばかりに、銀狼が再び飛びかかってくる。ギュスターヴは即座に迎撃の構えを取る――が、来ない。

 ライカは予測された間合いよりも手前で急停止し、あろうことか足元の石を拾い上げ、次々と投げつけてきた。


 一つ、二つ、三つ……!?

 豪速の投石。躱すまでもないとギュスターヴは剣で弾き落とすが、三つ目の石を砕いたその瞬間、死角から首元へ矢が迫った。

(あの女。左手に小型のボウガンを……!)

 ギリギリのところで鎧が矢を弾き、肉体に届くのを防ぐ。


「見ろ……あの戦いぶり!」

「ライカ将軍! いや、スフィーリア様だ!」

「スフィーリア様!!」


 バケモノと互角に打ち合い、手段を選ばず敵を追い詰めるその姿に、帝国兵たちの士気が爆発した。呼応するように、かつてのスフィーリアの合唱が戦場に轟く。


「ギュスターヴ! ギュスターヴ!!」

 負けじと、連合軍も自らの絶対的支柱の名を叫び返す。


「帝国兵! 聞け! 退却陣を組んで退く準備をしろ!」


 怒号のような歓声の中、凛とした声が響き渡った。

 戦闘狂の悪鬼に肉体の制御を預けながら、もう一つの魂――エルマが、その声帯だけを使って冷静に軍の指揮を執っていた。


「俺と打ち合いながらも指揮を執るか。感服の極み」


「口調が変わってるぜぇ! キラキラ君よォォォォ!」


 余裕を失い、一人称が崩れたギュスターヴを悪鬼が嬉々として煽り立てる。

 だが、油断は微塵もできない。

 ギュスターヴの攻撃は受けてはいけない。初動も見えないが、長年の経験と闘気の流れだけでギリギリ躱す。そして、恐ろしいことに、彼の打ち終わりには一切の隙が生じない。


(だったら、こっちから隙を晒してやるよ……!)


 悪鬼は意図的に防御を緩め、致命的な隙を作ってみせる。


 ――だが、打ってこない。

 罠だと看破しているのか、あるいは最適解のみを選択するようプログラミングされているのか。目の前にいるのは、嫌味なまでの鍛錬に裏打ちされた、完璧な戦闘マシーンだった。

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