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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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42.火計

 ――三日目。

 ダリア平原の戦況は、膠着状態に陥っていた。


 互いに決定的な攻め手を欠き、小出しの兵を送り合っては小競り合いを繰り返すのみ。ジリジリとした無為な時間だけが、太陽の動きと共にゆっくりと過ぎていく。

 本陣にて戦況を見つめていたフォルテに対し、背後に控えていたライカが一歩進み出た。


「フォルテ殿下、申して良いでしょうか」

「うん、なんだい?」

「殿下もいずれは軍を指揮するお身。このような膠着した時こそ、学べる良い機会かと。殿下は前線で、私という火力のある人間の指揮をみてきました。今度は守備を見る意味で、バモン将軍の指揮を直に見られた方がよろしいかと存じます」


 ライカの真摯な進言に、フォルテは納得したように頷き、護衛の兵を連れてバモンの陣へと向かう。

 その背中を見送った後、ライカはふと、自分の傍らで呑気にリュートを弾く真似をしたまま残っている男を振り返った。


「……フォルテ殿下についていかなくていいのか?」

「最前線じゃないからね。この状況だと、僕は君の方が危険だと思うよ」


 ニコニコと人畜無害な笑みを浮かべて、カルロはあっけらかんと答える。


「そうか。では、私の隊は森へ巡回しにいく。ライド、ザック、こっちは頼んだぞ」

「おう」

「はーいよ」


(気が抜けてやがるな)

『無理もない』


 * * *


 巡回から戻った後、天幕にて戦況のすり合わせが行われる。


「森は更に傭兵団の数が減っていた。これは温存策だな」

「こっちも特にチャリオットが出てくるわけでもなく、動きは無だ」

「妙だね。大きな動きがあったのは初日だけ。それもライカ殿が奇襲の突撃をしたからだ」


 地図を見下ろしながら、フォルテが顎に手を当てて思案する。


「兵站ルートの確保という面でもほぼ同等。消耗戦を狙っている……?」

「向こうは共同貿易エリアを背にしているから、兵站ルートとしては向こうの方が一枚上手に見えるよなぁ」


 ザックの言葉に、フォルテは首を横に振った。


「そうなんだよ、ザック殿。だからそういう狙いもあるかなと思ったけど、引っかかるな。それだと時間がかかりすぎる。それに、こちらは今のルートの主軸はレーヌ川だけど、ここは国内だ。我が国の方が輸送ルートとしては何手も打てる」

「うーん……」


 敵の意図が読めず、重苦しい空気が天幕に漂う。

 そんな空気をお構いなしに、天幕の入り口がバサリと開かれた。


「邪魔をする」

「バモン将軍!? あ、日中はありがとう」

「いえ、大したことではございませぬ」


 突然の重鎮の訪問にフォルテが驚きの声を上げると、老将は恭しく頭を下げた。


「伝令によると明日の明朝、本隊が到着する」

「そうか」


 短く応じたライカに対し、バモンは力強く頷いた。


「サモラン・ゼッタ将軍、ゲイル・ギリル将軍、ダルトン将軍の併せて十万がくる」

「ほぼほぼ、西部の時と顔触れが同じだな」

「レゼン将軍とボーラ将軍が西側をみているからな。その分、ファラリス様の信に厚い武将をこちらに寄せたのだ」


 帝国の本気が窺える圧倒的な戦力。バモンは歴戦の将の顔つきで、ライカを真っ直ぐに見据えた。


「明日は頼むぞ。ライカ将軍」

「善処しよう」

「む? ……うむ。健闘を祈る」


 いつもなら不遜な態度でふんぞり返るか、悪鬼のように嗤うはずのライカが、拍子抜けするほど素直で普通の将軍らしい返答をしたことに、バモンは一瞬戸惑いを見せた。

 毒気を抜かれたように小さく咳払いをしてから、老将は天幕を後にするのだった。


 * * *


 そして、その夜。

 ダリア平原から、人の足でおよそ半日ほど離れた平野部。

 地平を埋め尽くすほどの松明の灯りが、異様な熱気と共に蠢いていた。明朝に平原へと合流する予定の、帝国十万の本隊である。

 その中央に設営された本陣の天幕で、本隊を率いるサモラン将軍の副官が、顔を青ざめさせながら声を震わせていた。


「サモラン将軍……。本当に、やるのですか?」

「ああ。ファラリス殿下から、レゼン殿の『秘策』として直々にいただいている」


 サモランは手元にある密書を冷たい目で一瞥し、無感情に答えた。


「しかし……バモン将軍が承諾するでしょうか。あの御方は、このようなことは激しく反対するかと……」

「何の許可が要るか。これは皇子のご命令ぞ。まぁ、それも最終手段とのことだ。だが、判断は早めにしろとのこと」

「ハッ……!」


 有無を言わさぬ一喝に、副官は頭を垂れるしかなかった。


 三国連合の兵は、ダリア平原に集結しているものだけではない。帝国の意識を分散させるため、各国の国境沿いにも大規模な陣が組まれている。

 軍師レゼンが立案した作戦の要旨は、合理的かつ、極めて冷酷なものだった。

 

 ――ダリア平原の敵兵力は、実質的な主力である。ならば、ここで即座に殲滅し決着をつけるべきだ。

 ――よって、あえてバモンの防衛線を下げさせ、ダリアの街を一度連合軍に占領させる。

 ――その前に街の至る所に燃料を仕込んでおき、敵が街に入り込んだのを見計らって、遠距離から火弾槍を一斉に撃ち込み、街ごと敵軍を焼き払うべし。


 それは、確実に敵の主力を屠るための、焦土作戦。

 そしてその密書のどこを探しても、ダリアの街に取り残された『民間人の避難』に関する記述は、ただの一文たりとも書かれていなかった。


 * * *


 ――四日目の朝。


 ついに、味方本隊の軍勢がダリア平原に到着した。


「ライカ将軍! 完成しました」

「上出来だ」


 本陣の裏手。ライカの指示で三日間、工作隊が不眠不休で組み上げていた即席チャリオットが、朝日に照らし出されていた。

 出来上がったそれを見て、隊員が不安げに頭を掻く。


「しかし、車輪も含めて見事に全て木材ですが……本当にこれでいいんで?」

「よし、荷台の耐久力は十分だな。大丈夫だ」


 悪鬼は仕上がったばかりの兵器の出来栄えに満足げに頷き、ポンポンと木張りの車体を叩いた。

 そして、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。


「敵のチャリオットとは違って、こちらのは()()()()だからな」

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