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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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41.真夜中の吟遊詩人

 その後も悪鬼は、日が暮れるまで森を練り歩いた。


(おかしい、こいつじゃねぇのか)


 手元の狂信者の無残な姿を見せつけても、森に潜む傭兵たちに逃げる気配がない。それどころか、怯えすら見せず、淡々と波状攻撃を仕掛けてくる。


「とりあえず、今日はしめぇだ」


 悪鬼は面倒そうに吐き捨てると、狂信者の体を近くの太い樹木に叩きつけた。と同時に、エルドラドの傭兵から分捕っていた短剣を取り出し、男の四肢を幹へと無造作に縫い付ける。


「そうだな。この芸術としてはイマイチだ。これを足しておこう」


 そう言って、悪鬼は剣の切っ先を男の胸板へと突き立て、血肉を削りながら器用に文字を彫っていく。

 ――『神様だいすき』。


「よし、野郎共。撤収だ」

「ハッ!」


 およそ正気の沙汰とは思えない残虐なモニュメントを森に遺し、悪鬼は付き従う部下たちと共に、悠然と平原へと引き返していくのだった。


 * * *


「よぉ、戻ったぜ」

「ライカ! 無事だったか!」

「ボス、おつかれだぜ」


 本陣の天幕に戻ったライカを、フォルテたちが安堵の声で迎える。


「こっちはまぁ、上々だ。そっちは」

「チャリオットも出してこないで、そこそこに攻めてそこそこに守る。なんか、こっちの作戦と似通っていると感じた」


 フォルテの的確な報告に、ライカは顎に手を当てた。


「ふむ。こっちもよ、違和感があった。敵が怯えねぇんだよ。逃げねぇ」

「ライカ、お前また……」

「おれは聞きたくないぞ」

「うーん。まるで何かを待っているようだね」


 ザックとライドが顔を引き攣らせる中、フォルテは冷静に思考を巡らせる。


「こっちは本隊だ。てことは、向こうもって考えるのが筋だな」


『ハッハッハッ! 君タチ、何ていったってこの僕は吟遊詩人さ――』


 その時、天幕の外からカルロの陽気な声が響き渡った。戦場において、空気が張りつめ過ぎないように立ち回る彼の存在は、存外に兵士間でも人気があるとのことだ。


「フォルテ殿下、本当にアイツは居させて良いので?」


 胡散臭そうに外を一瞥し、ライドが問う。


「うん。……説明はできないんだけど、居てくれるとなぜか落ち着くんだ」

「殿下にいい影響を与えているなら、まぁいいですけど……」


 * * *


 夜も深くなってきた頃。

 交代の見張りの兵士だけが起きている、静まり返った刻。


 自身の天幕で横になっていたライカは、ふと何者かの気配を察知した。

 素早く身を起こし、音もなく剣を構える。


「夜中に女の天幕に入るのは感心しないぞ」

「やぁ」


 暗がりの中、侵入者の姿を捉えたライカの双眸が、鋭く菫色に光る。


「君は何者なんだい? ……申し訳ないけど、森の一幕を見させてもらった」

「気配を殺しながら着いてきたってわけだ。凄いな」


 ライカの称賛を遮るように、男は一歩、暗闇から踏み出した。


「全て見た。言え。お前は何者だ」


 侵入者――カルロの昼間の道化からは想像もつかない、特大の殺気。

 濃厚な死の気配を巻き散らしている。悪鬼の口角は吊り上がり、好戦的な金色へと瞳の色を変化させる。


「悪党だぜ?」

「お前は危険だ。フォルテはお前を信頼しているようだが、お前は危険すぎる」


 刃のように冷たい声。

 悪鬼は、カルロの本来の冷徹さを宿した青い瞳をまじまじと見つめ返し――やがて、フッと肩の力を抜いて嗤った。


「ハッ、そういうことかよ。……涙ぐましいねぇ」


 そう言って、悪鬼もまた殺気を天幕の内に撒き散らした。

 バチッ、と。目に見えない極大の暴力同士が空中で衝突し、空気が軋む。


「……。このクラスか。化け物だな」

「言葉そのまま返すぜ。ガキの癖に一端いっぱしじゃねぇか。だが、まだ『戦士』じゃねぇ」


 しばし、睨みあう。

 パチパチ、と外の焚火の音が聞こえる。

 今この場は、瞬き一つ、呼吸一つが命取りになる劇薬の空間。

 極限の緊張状態の中、先に口を開いたのはライカだった。


「発言するぞ、クソガキ」

「致し方ないから、許可する。アバズレ」


 互いに悪態をつき合いながら、口先だけで一時休戦のテーブルに着く。


「小僧は今、成長している」

「今のところは良い方向だがな」


 会話を交わしながらも、二人の間では水面下で小さな戦いが繰り広げられていた。

 ピクリとカルロが指を微動させれば、呼応するようにライカの指も微動する。ライカが僅かに重心を移せば、カルロは即座に腹に力を込め、いかなる斬撃にも対応できるよう身構える。


「クソガキからみた小僧はどうだ」

「……良い智将になるだろう」

「だろ? 俺のファンらしいぜ」


 先ほどと打って変わって、ライカからの微細な動きに対し、カルロが「呼応するように対応させられる」という図式に変わっていく。

 カルロには、分かる。


 ――この刹那。六度は殺されている。


「兄ってな、過干渉は避けるべきだぜ?」

「……ッ、チッ。貴様にも兄弟はいるのか」

「ファミリーならたんまり居たな」


 ライカが放った『兄』という核心を突く言葉と、肌で感じた圧倒的な実力差。その事実に、カルロの殺気がほんの僅かに揺らいだ。

 すべてを見透かされ、格付けを済まされたことを悟った皇子は、静かに言葉を紡ぐ。


「……今日は警告だ。俺が監視していることを忘れるな。フォルテに害なすと判断すれば、いつでも貴様の首を獲りに行く」

「皇子から直々に監視されるなんて、光栄だぜ」

「フン、言ってろ」


 捨て台詞の直後、瞬きをした一瞬の隙に、カルロの姿は天幕から音もなく掻き消えていた。

 後に残されたのは、夜の静寂と、微かに残る怪物の残り香だけだった。


(とんだ吟遊詩人がいたもんだ)

『また、闘いたいとか言い出すのかと思った』

(まだ熟れてねえ)

『なるほど』


 そんな頭の中の相棒との会話を終え、ライカはふてぶてしくもまた横になるのであった。


 * * *


 一方、ライカの天幕から十分に離れた暗がりで、カルロはふらりとその場に座り込んだ。

 ようやく、まともに呼吸ができた。

 全身から噴き出した冷や汗が止まらない。あの、息の詰まるような濃密な殺気。


 昼間、森でライカの戦いを見た。その常軌を逸した圧倒的な姿に、不覚にも見惚れてしまった。と、同時に恐怖したのだ。

 ――もし、この女がフォルテに刃を向けたら。

 只事じゃ済まない。だからこそ、牽制と警告をしに自ら赴いたというのに。


 結果は惨敗だ。


 行動原理を見透かされ、水面下の攻防だけで六度も斬り殺された。森で見せたアレよりもさらに濃密で、底の見えない殺気。いまでも皮膚が粟立っている。


 だが、絶望はしていない。勝機はある。


(僕は男だし、まだ成長期だ)


 研鑽を積めば、いつかあの化け物の領域に届き得るか……。

 カルロは悔しさに唇を噛みしめながら、自身の剣の柄を強く握り直した。

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