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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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40.信仰を踏み潰す森の悪さん

 二日目の朝。


 昨日バモンに連れ去られたはずのカルロは、ニコニコと笑みを浮かべながら何食わぬ顔でフォルテの近くにいる。

 陣形を形成しているときに、ライドは呆れたようにカルロに声をかけた。


「おまえさん、何をしたんだよ」

「僕の歌が素晴らしいってことで、歌ってたのさ! バモン将軍のお気に入りの歌は『若娘のうなじ』さ!」

「……バモン将軍」

「ちがう!」


 突如割り込んできた老将の否定より早く、ライカがサッと自身のうなじを隠した。丁度、数日前に長くなってしまった髪を無造作に切ってしまったばかりなのだ。


「ち、ちがうぞ!」


「まぁ、良い。私は前線に行く」


 顔を真っ赤にして弁明する帝国軍の重鎮を冷たくあしらい、ライカはさっさと馬の首を返した。


 * * *


「少年皇子、意識合わせをするぞ」

「了解、ライカ殿」


 前線へ向かう道すがら、ライカとフォルテは馬を並べ、周囲に聞こえない声で密談を交わす。


「俺たちの役目は、モルス山脈迂回ルートの本隊が来るまでの足止めだ」

「うん。だからこそのバモン将軍だよね。攻撃に関してもライカ殿のおかげで、敵は消極気味になっていると思う」

「であれば、今日の動きはおのずと導き出されるな?」

「戦うフリだね?」

「そうだ。ザックとライドは置いていく。チャリオットは四日目にお披露目だな。そして、俺はあそこに行く」


 悪鬼は獰猛に嗤いながら、遠くを指さした。

 その指の先にあるのは、初日に護衛を失ったエルドラドの傭兵団が逃げ込んだ、平原の端に広がる薄暗い森だった。


 * * *


 一方、三国連合軍の本陣。

 膠着状態となった平原を見下ろしながら、副官が忌々しげに報告を上げる。


「帝国側、昨日と打って変わって動きがありません。バモンの大盾陣形に籠もったままです」

「……まぁ、そうなるか。あの部隊はあくまで、モルスの山道とダリアの街を制圧されないための守備隊だ。そこに予測不能の銀狼がいるからタチが悪い」

「ですね。本隊は安全な迂回ルートをまわってきていることでしょう」


 トラキアの敵将は、ジリジリと太陽が昇る空を見上げ、深く息を吐いた。


「敵はあのオイボレだ。易々と守備陣を崩すことはあるまい。力攻めは愚策よ。……エルドラドの傭兵団を使え。奴らに夜襲を担当させるのだ」


 守りが固いなら、視界の塞がる夜を待つ。

 敵将の冷徹な判断により、金で雇われた手練れたちが、暗殺の刃を研ぎ始めた。


 * * *


「こういう場合のセオリーさ。連中は確実に夜襲を狙ってくる。その隠れ家、出撃の拠点として最適なのが……この森さ」


 鬱蒼と茂る木々の影。

 夜を待つまでもなく、すでにその森の奥深くには、息を潜めて待ち構える一団があった。

 木漏れ日を浴びて銀糸の髪を煌めかせるライカが、ニヤリと唇を吊り上げて解説を終えると、付き従っていた帝国兵の顔にパァッと尊敬の色が浮かぶ。


「ハッ、ライカ将軍! 敵の思考を完全に読み切るとは、まさに軍師の慧眼!」

「やめろ、むず痒い」


 目を輝かせて称賛してくる部下に対し、悪鬼はどこか居心地が悪そうに頬を掻いた。


「さて、エルドラドっていやぁ資金と資源に溢れた金欲の連中の集まりだ。そいつらが雇った傭兵団だ。無尽蔵に湧いてくると思っていい。更に言えば、質も高いはずだ。そういう奴らの行動は――」


 次の瞬間、木の上からターバンを巻いた男が音もなく飛び降りてきた。

 脳天へと振り下ろされる必殺の斬撃。だがライカは、半歩身をよじって立ち位置を入れ替えるだけでそれを躱し、すれ違いざまに男の腹部へと剣を深々と突き立てる。


「むしろ、読みやすい」


 血を吐く男を一瞥もせず、ライカは左手首を振った。仕込まれていた小型のボウガンがカシャッと展開し、矢が放たれる。

 何もないはずの草むらへと吸い込まれた矢の先から、くぐもったうめき声が漏れた。


「そして、傭兵稼業は命がけさ。命あってナンボだ。だから、わかりやすく蹂躙してやるのさ」


 先を進むライカ目掛けて、今度は前後左右、さらに頭上からと、息もつかせぬ勢いで傭兵たちが次々と襲い掛かってくる。

 だが、そのすべてを、銀髪の悪鬼は一刀の下に伏していった。


「おら、傭兵共。帝国軍将軍ライカ・ローサだ。とてもとても豪華な首級だぞ? そら、まだまだ獲れそうにないぞ?」


 遠距離からの狙撃はことごとく弾かれ、近距離の死角から仕掛けた者も、気づけば自らの血しぶきを上げて大地に転がっている。

 まさに圧倒的、一方的な殺戮。

 しかし――。


(妙だ)


 次々と死体を築き上げながらも、悪鬼の内側で微かな警鐘が鳴った。


(ここまでやると、大体は尻尾まいて逃げるはずだ。だがなんだ……こいつら、まだ『勝利』を信じていやがる)


「あぁ、ライカ将軍。血に濡れたあなたはとても気高くも美しい。しかし、貴女様は邪悪な国の異教徒……。勿体ない、勿体ない」


 不意に、森の奥から声が響いた。

 現れたのは、半裸で全身がタトゥーに覆われた男だ。洗いざらしたような長髪の奥から、軽薄な笑みを覗かせている。


「お前ら、下がれ」

『こいつは……』

(ああ、ランクってな好きじゃねぇんだが、SからAの傭兵ってところだ)


 相対した瞬間に悟った明確な強者の匂いに、ライカは即座に部下たちへ後退を命じた。


「現世は天命。ならば、アスタロトの導きを貴女様に。私はアスタロトの僕。ああ、貴女様を天界にはやく送れと思し召しだ」


 直後、男の体がブレた。

 ライカが反射的に半歩体をずらすと、背後にいた部下が音もなく倒れ伏す。

 男の右手には細い紐が握られており、彼がそれを手繰り寄せると、掌の中には凶悪な円形の刃物が収まった。


「円月輪かよ。また珍しいものを」


「ああ、その美しさ、凛々しさ。もしや、スフィーリア様か。であればやはり天界にお送りするのが私の使命」


 得体の知れない戯言と共に歩み寄る男へ、ライカは容赦なくボウガンを射出する。だが、男はこともなげに腰から抜いた短剣で、その矢を弾き落とした。


 そして、地面を転がるように距離を詰めてきた男は、そのまま無造作に石を投じてきた。

 風を切る音すらない。だが、またもや背後の部下が何人か、くぐもった悲鳴を上げて倒れる音が聞こえた。


「フリースタイルかよ」


 悪鬼は面倒そうに呟き、自らも一気に距離を詰める。


「ああ、美しい。欲しい。貴女の死が欲しい」


 歓喜に歪む男の脳天へ、ライカは容赦なく剣を振り下ろした。


「ああ、スフィーリア。か弱い、か弱い。現世の貴女様はこんなにもか弱い」


 男は手にした二本の短剣を交差させ、ライカの剛剣を難なく受け止める。

 力比べでは勝てない。そう確信したように男が嗤った、その瞬間だった。


「育ちが悪いもんでな」

「――ガッ!?」


 ライカは剣を押し付けたまま、つま先に仕込んでいた毒針で、男の無防備な脛を容赦なく刺し貫いた。


「狂信者君。とっても刺激的な思し召しだぜ? 俺より育ちが良くて泣きそうになったぜ」


「アアァァァァ!」


(フハハハハハ! 小娘! この容姿はいいぞ! )

『……参考にさせてもらう』


 毒、あるいは急所を穿たれた激痛により、男は不自然なほど大きく仰け反った。そのままの姿勢で一瞬固まり、すぐさま体勢を立て直そうと身体を起こす。

 だが、その一瞬の硬直こそが、悪鬼を相手取るには致命の隙だった。


「さーて、久しぶりの本業だ」


 ライカの剣閃が、躊躇なく男の四肢を駆け巡る。

 悲鳴すら上げさせない。即座に男の両腕と両足の腱という腱を切り裂き、完全にその行動の自由を奪い取った。

 そして、地に崩れ落ちた男の首根っこを背後から掴み上げると、彼を生きた盾として前面へ掲げながら、再び森の奥へと練り歩き始めた。


「そら、お前らの拠り所にしていた狂信者君だぞ? 出てこい」


 静まり返った森に向けて呼びかけながら、ライカは事もなげに男の指を一本、刃で切り落とした。


「まーだ出てこないか。指はよう、20本しかねぇんだがな。……ハッ! よく考えたら21本あるか! 」


 悪党特有の酷薄なジョークが響き渡る。

 血を滴らせながら歩く銀髪の美少女のあまりにも異常な姿に、付き従っていた帝国兵たちの顔から、本能的な恐怖の色が濃くなっていく。


「ラ、ライカ将軍……」

「こいつはお前らも信仰していた神を侮辱したのだ。スフィーリアたる俺が、直々に罰を与えている。そうは思わねぇか?」

「ぎょ、御意!」


 顔を引き攣らせて直立不動になる部下たちを尻目に、悪鬼は鼻歌交じりに、手にした肉塊を少しずつ削りながら、暗い森を悠然と練り歩くのだった。

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